昨今、持続可能な開発目標であるSDGsがメディアで頻繁に取り上げられ、環境問題についてより身近に感じられるようになった。限りある資源を大切にし、廃棄物をできるだけ少なくするため、「補修」業界は注目されている。
株式会社スズキは、自動車補修用機器の専門商社である。自動車の板金塗装を得意とし、環境保護の観点からも補修業に特化してきた同社が、今後注力する分野とは。代表取締役社長である鈴木康之氏に、事業を進める上で大切にしていることや今後の展望をうかがった。
前職の経験が導いた新たな挑戦
ーー高校卒業後、家業を継がずに別の会社に入社した理由を教えてください。
鈴木康之:
もともと父の会社に入社するつもりはなく、一度は東京で働いてみたいと思っていました。
私が「自分の好きなことをしよう」と考えていたころ、弊社とつながりがあった五味屋株式会社(現株式会社ジーネット)に就職し流通業に携わりました。その当時は、まさか自分が父の跡を継いで経営者になるとは思ってもいませんでした。
ーー現在に活かされている前社での経験を聞かせてください。
鈴木康之:
機械の設置業や営業を通じて、人との関わりを経験したことが貴重な体験だったと思っています。高校を卒業してからすぐの就職だったこともあり、職場の方々には可愛がってもらいました。
私はもともと人と触れ合うことが好きだったので、楽しみながら仕事をしていました。そして、「商売などの人と関わる仕事って面白いな」と思えたことが、今につながっています。
ーー前社を離れるきっかけは何でしたか。
鈴木康之:
「違った場所や業種で何か挑戦してみたい」という気持ちがきっかけでした。さまざまな経験を積んだことで、「今までとは違うことに挑戦してみたい」と思うようになり、退職して家業に入ることに決めました。
「人を大切にする」こと、それが企業としての強みとなる
ーースズキに入社後は、代表に就任するまでどのようなことに取り組みましたか。
鈴木康之:
意識して取り組んだことは、取引先の開拓です。弊社の主力商品である消耗品や副資材にとどまらず、付加価値の高いオリジナル商品を提供することにも注力しました。販売店を通じて、顧客の困りごとや地域の課題に対応するために、取引先にさまざまな提案をしました。
ーー貴社の強みは何でしょうか。
鈴木康之:
働く人間がみんな良い人だということです。私自身も弊社で働く中で、「企業は人」であることを改めて実感しました。関西で自動車の板金塗装に特化した商社は弊社だけですが、63年も続けてこられたのは、実際に現場に赴いて直接お客様の声を聞いてきた結果だと思います。
一般的な商社では販売店との取り引きが主なので、ユーザーの声を直接聞く機会がありません。しかし、弊社は実際に使用する方の困りごとや考えていることを聞いてから、図面を描いたりレイアウトを考えたりしています。
「スズキに聞けばなにか返答してくれる・提案してくれる」と信頼されてお客様から相談を受け、そのお客様からの紹介で、新たな取引先が増えるという横のつながりもあります。日頃より、人を大切にしている結果だと自負しています。
また、工具1本からドローンまで多岐にわたる商材を取り扱っているため、お客様のニーズに幅広く対応できるところも強みのひとつですね。
大地震という辛い経験を乗り越え、家族のような絆がある
ーーなぜ、人とのつながりを意識するようになったのですか。
鈴木康之:
阪神・淡路大震災を経験したことです。幸いにも弊社は荷物が少々崩れる程度の被害でしたが、従業員の3分の2が阪神間に住んでおり、取引先にも被災された方が多く、半年は仕事になりませんでした。
そんな中、全国の販売店が弊社にテントや水を送ってくれたのです。そして、弊社も近隣の方々と協力して倒れたものを起こすなど復興に尽力しました。その時に感じたご恩は生涯忘れません。
また、被災された方の息子さんが「親父がお世話になりました」と言ってくださったことがありました。震災は辛い体験でしたが、その中には嬉しいエピソードも残っています。
ーー貴社には長く勤める方が多いと聞きますが、どのような点が魅力だと考えますか。
鈴木康之:
定年を65歳まで延長したり、元気であれば70歳まで働いてもらうなど、従業員を家族のように思っている点ですね。現在は従業員が50人いますが、従業員が全員4人家族だと仮定した場合、私は「200人の身内を守らなければならない」という責任感を持って社長業を行っています。
働く従業員を幸せにし、「弊社で働いてよかった」と思ってもらえるように、まだまだ頑張っていきたいですね。
ーー今後注力したい事業について教えてください。
鈴木康之:
新しい戦略として、ECでの販売に注力しています。今やネットで調べると最安値が出てくる時代ですよね。しかし、競合相手が1円下げれば、こちらも1円下げるといった対応の繰り返しでは誰も幸せになりません。そのため、弊社は「弊社にしかない商品を販売しよう」と考え始めました。
たとえば、スイスのメーカーが販売しているピーラーの日本における独占販売権を取得し、累計2万5千個を売り上げた実績があります。こだわりが詰まった商品のため、一度使用しただけですぐに気に入ってもらえたり、質を重視する料理人の方に購入していただけたり、現在も高い需要があります。
こうした実績を活かしつつ、工場に生産を委託して、弊社がメーカーとして製品を販売するオンリーワンのECショップを目指しています。目標としては、3年後までに売上を10億円にしたいですね。
さらに、本業とは別の柱をもう1本つくるために商品開発に力を入れています。現在、自動車補修・EC販売・機械エンジニアリングと3本の柱で業務を行っていますが、もう1本柱をつくることで、不景気を吹き飛ばしたいと思っています。
ただし、あくまでも弊社の本業は自動車補修に関わる分野です。北海道から沖縄にまで広がるたくさんのお客様に価値を提供するためにも、悪いところは改善し、良いところは伸ばしていきたいですね。
編集後記
取材中「人を大切に」「従業員は家族」と何度も繰り返していた鈴木社長。時代が変化するにつれて企業が求められるものも変化するが、基本方針を持ち続けるのは困難なことだろう。しかし、鈴木社長の「人を大切にする」思いは従業員へと伝わり、結果として同社の強みになっている。
株式会社スズキは今年で創業63年目を迎える。本業である自動車補修業はもちろんのこと、EC販売と機械エンジニアリング部の拡大に注力し、100年企業を目指すという。今後どのような分野で活躍するのか、大いに期待したい。
鈴木康之/1960年、兵庫県生まれ。大阪北陽高校卒業。五味屋株式会社(現株式会社ジーネット)へ入社。7年7ヶ月の間、流通業の経験を経て1985年、株式会社スズキに入社。2011年に代表取締役社長に就任。