※本ページ内の情報は2024年7月時点のものです。

2024年4月より、物流業界では労働時間の制限や労働力不足など、多くの問題への対応が本格化している。そして、2050年にはカーボンニュートラルの実現を目指し、化石燃料から新燃料への転換や、再生エネルギー技術の普及など大きな変革を進めていかなければならない。

この世界的な潮流の中で、社会課題に向き合いビジョンを刷新した上野トランステック株式会社は、石油製品のタンカー輸送をメイン業務としている総合エネルギー物流会社だ。代表取締役社長 COOの上野元氏に、物流業界全体が抱える問題への視座や次世代を見据えた事業への取り組みについてうかがった。

リーマン・ショックからの立て直しに奔走

ーー上野グループの役員に就任した頃のエピソードを教えてください。

上野元:
弊社は主な収益が国内事業だったので、私は先を見越して「外航海運の経験を積んだ方がよい」と感じ、留学後、日本郵船に3年半勤務しました。その頃は好景気だったのですが、弊社グループの役員に就任した頃はちょうどリーマン・ショックの真っ只中で、海外事業が大変困難な状況になっていきました。

外航海運の市況には10年サイクルという大きな波があり、好調な2年で不況8年分の損失を取り返すということが常でした。弊社は安定収益である国内事業で損失が出ないことだけに徹底的に注力していたため、海外事業が伸び悩み、再構築には常に頭を抱えていました。

リーマン・ショック後は急いで立て直しを図り、国内事業の見直しやコスト削減、取引会社との統合など、さまざまな施策を講じました。その中で、何よりも大変だったのはお客様からの信頼回復でした。

多様な事業部門と積み重ねたノウハウで総合的な課題解決に導く

ーー貴社の事業内容と強みは何でしょうか。

上野元:
上野グループは石油やケミカル製品の輸送、貯蔵、販売事業など多様なセグメントの事業部門を持つ総合エネルギー物流企業です。上野トランステックは、グループの中で中核を担う海運会社として、石油製品の内航輸送を主体とした物流に携わっています。

その他にもグループは、太陽光発電事業、海上防災・船舶代理店・通関事業、再生エネルギー事業にも携わっています。

これらの多様なセグメントの事業部門によってシナジー効果が高められ、付加価値の高いサービスを提供してお客様の多くのニーズに応えています。経営資源を投入してエネルギー関連以外の新規事業分野にも積極的に挑戦できるところも強みですね。

また、創業から150年以上にわたり積み上げてきた技術やノウハウがあり、安全・安定的かつ効率的に海上と陸上の輸送サービスを提供できます。グループで連携して物流ワンストップサービスを実現し、お客様の課題を解決できるところも弊社の大きな強みです。

エネルギー転換の時代のキーワード「CROSSING」

ーーITによる安全管理を導入されているとうかがいました。

上野元:
世界的にCO2を排出しない新エネルギーへの転換が求められる中で、弊社はエネルギーの総合物流を担う立場として、石油製品だけでなく新規事業分野を模索しました。その過程で生まれたキーワードが「CROSSING(クロッシング)」です。

この言葉は、Chemical(石油化学)、Renewable Energy(再生可能エネルギー)、Overseas(海外)、Safety(安全)、Storage(保管)、IT&IoT(情報技術、モノのインターネット)、New Energy(新エネルギー)、Gas(ガス)というそれぞれの頭文字を取った言葉ですが、その中にITも入っています。

海運業界では船員の高齢化や労働力不足が業界全体の課題であり、その解決策としてITを導入しました。当初は、時間、場所(船内・陸上)を問わず船員が安全運航に必要な研修を受けられるe-Learning(WEB学習システム)を独自に開発して導入したもので、このシステムは事故リスクを低減することが評価され、当時(令和元年)、運輸安全マネジメント優良事業者として国土交通大臣表彰を受賞することができました。

このシステム開発を契機に、海運業界の抱える課題への解決策としてIT活用をさらに推進し、他社との連携による障害物を察知する画像認識システムなどの導入へとつながり、現在の安全運航、安全管理に大きく寄与することとなっています。

ーー脱炭素に向けた取り組みを教えてください。

上野元:
私たちは「地球環境に優しいエネルギーの輸送を地球環境に優しい方法で行える」をテーマとし、そのために水素燃料を使った電気推進船の実証実験航行を行う予定です。

その他にも、次世代エネルギーとして注目されるアンモニアの輸送やCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)を備えた船の建造についても検討しています。CCSは、火力発電所などから排出されるCO2だけを分離して地中や海底に埋めるという技術です。

現代では、急速に脱炭素に向けた技術が開発される中、液化したCO2を圧縮して運ぶ仕事が出てくる可能性もあります。時代の流れに合わせて柔軟に対応できることが、今後の展望を切り拓く鍵となるでしょう。

ーー海外展開についてどのようにお考えでしょうか。

上野元:
現在、台湾、フィリピン、シンガポールに拠点を持っていますが、それぞれで独自のエネルギー革命が進行中です。台湾は電気の供給が不足に近い状況であり、その対策として太陽光発電が急速に普及しています。フィリピンでは現地企業とのジョイントベンチャーで太陽光発電を施工し、シンガポールではチャンギ空港で給油する航空機燃料の50%を弊社が運んでいます。

今後は潜在的に土地や資源、環境が太陽光発電に向いていると思われる諸外国(たとえばオーストラリアなど)へも、積極的に新エネルギーとしての開発プロジェクトを検討、手掛けていきたいと考えています。

業界外のチャンスをつかんで新しい可能性を切り拓く

ーー事業ポートフォリオ拡充に向けた取り組みについてお聞かせください。

上野元:
上野グループは、「石油関連事業」「ケミカル事業」「新規事業」の3つの事業分野を軸に先進的な取り組みを進めています。

新規事業分野のひとつとして15年以上前から東京メトロの構内作業を行っており、主にバリアフリーや店舗の設置、汚水槽や構内の清掃など幅広い活動を行ってきました。その中で、設備を撮影し画像を解析する技術に着目した東京メトロから、車両混雑の見える化プロジェクトについて声をかけられたのです。

当時、IT製品を納品したことはありませんでしたが、このようなチャンスを逃がしてはいけないと思い、AIを使った画像解析を得意とする会社と共に混雑を計測するシステムを開発しました。

列車内の混雑状況を5段階評価で分析できるシステムで、すでにアプリ化だけでなく東京メトロの全線全駅でこのシステムが活用されています。

IT関連の実績がないにもかかわらず話をいただいたことは奇跡に近いことですが、10年以上構内作業や清掃を継続してきたことに信頼やポテンシャルを感じてチャンスをくださったのだと思います。

「経験がない仕事でも、世の中の大事な流れさえつかんでいれば認めてもらえる」ということを身をもって証明できた出来事でした。このような取り組みもポートフォリオを変えていく大きな流れのひとつであり、今後も時代に合わせて新しいものに入れ替えていくことが大事だと思っています。

編集後記

「会社は人ですからね」と語った上野社長。幾度となく大きな時代の変化を乗り越え、今も物流や環境変化の中で成長し続けている。その背景には、古きを守りつつ変化を厭わずに挑戦し続けた意志の強さ、そして人を大切にする温かさが感じられた。今後、総合物流業界の中でどのような新規分野を手がけていくのか、目が離せない。

上野元/1976年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。2002年に上野グループに入社。入社後、米国留学、他社出向を経て、2009年より上野グループ各社の役員に就任。2014年に上野トランステック株式会社代表取締役副社長COO就任。2021年に代表取締役社長COO就任。他にグループ10数社の役員を兼任。社業の他、全国内航タンカー海運組合会長、日本内航海運組合総連合会副会長を務める。