※本ページ内の情報は2024年7月時点のものです。

靴は私たちの生活に欠かせない日用品であり、立つ、歩くという基本的な動作を直接支えるものである。また、「おしゃれは足元から」という言葉があるように、靴はその人のイメージを演出する大きな役割も担う。

足元を支え、履いている人の美しさをも引き出す。そんな靴づくりをテーマに多くの顧客から愛され続ける株式会社銀座ヨシノヤの代表取締役社長である野原丈郎氏に、時代を超えても変わらない企業理念と信念についてうかがった。

大切な家族の言葉を胸に同族経営の世界に飛び込む

ーー銀座ヨシノヤへの入社までの経緯を教えてください。

野原丈郎:
私は創業者である矢代徳次郎の曾孫にあたりますが、祖父や父は銀座ヨシノヤの経営には携わっておらず、商社マンの息子として育ちました。大学卒業を控えていた2000年代初頭は、ベンチャーという言葉が流行り出した時代で、実をいうと私も友人と起業を目指していました。そのため、銀座ヨシノヤに入社することは考えていなかったのです。

そんな中、保守的だった母からは「ベンチャー会社を設立するよりも、安定した会社で働いてほしい」と言われ、会話の中では自分のやりたい事を進めたいと話していましたが、そのやり取りの直後に母が事故で亡くなりました。母の急死は私にとって衝撃的な出来事で、母の言葉がまるで遺言のように私の心に刻まれ、家族や自分自身に対する考え方が一変しました。

自分の人生の優先順位や目標が見直され、父の後押しもあり「同族」「伝統」というものに新たな視点を持つようになりました。葬儀に参列してくれた銀座ヨシノヤの役員(親戚)から入社を勧められ、私は悩みはしましたが、家族や先祖に貢献できる意義を感じて入社を決意したのです。

一般社員と全く同じように面接や研修を受け、気がついたら現場で販売員を経験。正直なところ想定外でしたが、商売において最も大切な「現場を知る」という事が今に活きてますし、「お客様に喜ばれるものを売る、お取引先を大切にする、そうする事によって自然に徳が戻ってくる」という銀座ヨシノヤの信念である「三徳主義」を体感できた貴重な経験でしたね。

主人公であるお客様の美しさを引き出す靴づくりとは

ーー貴社の「履きよさは、美しさ。」という言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか。

野原丈郎:
「おしゃれは足元から」という言葉がありますが、足の形は人それぞれであり、さらには左右でも違っています。弊社は創業以来、どんな人にとっても履きやすいことを追求して靴をつくってきました。持ち主の足と靴がぴったりフィットすると、自然と立ち姿や歩く姿勢が美しくなるのです。私たちが丁寧に仕立てた靴をお客様に履いてもらい、凛とした品位を身に纏(まと)ってほしいという願いを込めています。

ーー靴をつくり販売する上で、どのような点にこだわっていますか。

野原丈郎:
靴をつくる過程で、時代のトレンドを取り入れ、視覚的に美しくする要素を入れることで、靴自体をお洒落にすることは簡単です。しかし、弊社がお客様にご提案したいのは、靴を履いたお客様に品位をもたらし、お客様自身に輝いてもらうことなのです。

以前、お客様から「銀座ヨシノヤの靴は、いい意味で足が小さく見えて素敵よね」というお言葉をいただいたことがありました。靴が主張し過ぎず、全体の美しさに貢献している、という意味に受け取れて、とても嬉しく感じましたね。

社員と向き合い伝統のレシピを学び直した先に見えたもの

ーー野原社長が注力されてきた取り組みについて聞かせてください。

野原丈郎:
社長就任時の2年前は、コロナ禍真っ只中で店舗を開けられない状態でした。私は「このようなときこそ社員と向き合いたい」と思い、1年近くかけて全てのスタッフと面談を行いました。そこで見えてきた課題は、意外にも「社員が靴のフィッティングや販売に自信を持てていなかった」ということでした。

自分たちが靴のプロであることを忘れてしまっていたとしたら大問題ですよね。そこから社員のプロフェッショナル化をスローガンに掲げ、本社で何度も研修を行いました。

弊社がお客様に提供したいのは、お客様に寄り添うおもてなしの姿勢でもあります。研修を通して靴の専門家としての自信とサービスの質を高め、「自分自身のファンをつくってほしい」ということを社員に呼びかけました。

コロナ禍がきっかけではあったものの、銀座ヨシノヤが大切にしてきたレシピを学び直し、結果として私たちがどうあるべきかを再確認するきっかけになりました。受け継がれてきた技術、時代に合わせつつも「いかに色濃くできるか」「いかに深化させられるか」ということに今後もチャレンジしていきたいと思います。

銀座六丁目本店3階に併設された「Ginza yoshinoya café」
銀座通りを見下ろす最高のロケーションでお買い物の合間にくつろぎのひとときを。

ーー人と人とのつながりを大切にする貴社の販売スタイルにおいて、ECサイトはどのような位置付けでしょうか。

野原丈郎:
弊社の販売スタイルは、インターネットで手軽に購入することではなく、販売員が現場で丁寧にお客様と向き合うことに重きを置いています。とはいえオンラインが持つスピード感や情報量は魅力的ですよね。

そこでホームページを一新し、全てのモデルの情報をオンラインに掲載しました。さらに店舗販売員がお客様に渡す販売員カードにECサイトへリンクするQRコードをつけて、ECサイトの利用をお客様に促しつつも、そのアフターフォローを実店舗で受けられるシステムを構築しました。これによってECと実店舗が双方向に顧客を誘導できるようになったのです。

このシステムは、お客様にもオンライン特有の不安感を払拭するメリットを感じていただけるのではないでしょうか。弊社では、ECサイトを実店舗の対極にあるものではなく、販売・サービスのサイクルの一部分と位置付けています。

ーー近年働き方改革が重要視されていますが、社員と関わる際はどのようなことを大切にしていますか。

野原丈郎:
弊社が掲げる三徳主義は、会社と社員の関係においても同じことが言えると考えています。会社が社員の思いを汲み取り、働きやすい環境を整えることで、社員のエンゲージメントが高まり、結果として会社に貢献してくれることになるのです。

このサイクルを回すために、まずは会社が社員のためにできることを最大限していきたいと考えています。近年の若年層には「転勤はしたくない」というニーズがあると感じています。幸運なことに弊社は全国に支店があるので、希望すれば地元の店舗に配属することができます。人とのつながりを大切にする銀座ヨシノヤとして、社員のエンゲージメントを高めることも人事の中に組み込むようにしていますね。

DX・AI化が急速に進んできた今だからこそ、人そのものの魅力や本質的なものに改めて目を向け、銀座ヨシノヤの中に長く根付いている決して数値化や言語化出来ない雰囲気やムードというものを温かく保つ事を一番大事にしています。それが銀座ヨシノヤの発展につながると信じています。

編集後記

近年、デジタルツールの進化によって、さまざまな作業や工程が短縮化・簡素化されており、それは販売スタッフと顧客のやりとりにおいても例外ではない。そんな時代の中で、野原社長の「人と人との関わり」を重視する理念は、その質の高さから今後ますますニーズや付加価値が高まるように感じた。

全てが進化すればよいのではなく、受け継がれてきたものを“深化”させる意義を今一度噛み締めつつ、株式会社銀座ヨシノヤの今後の発展に注目したい。

野原丈郎/1977年、英国生まれ。成城大学卒業後、2001年に株式会社銀座ヨシノヤに入社。銀座店での販売経験を経て商品部で主にイタリアからの輸入品の仕入業務および貿易実務を担当。同時に国内商品企画も担当し、仕入れ・企画統括でモノづくりに携わる。2020年、取締役管理本部長に就任。2022年に代表取締役社長に就任。