温室効果ガスの排出を2050年までに全体としてゼロにすることを目指すカーボンニュートラルによって、地球温暖化の防止を目指す世界的な流れが進んでいる。
Nature株式会社は、「⾃然との共⽣をドライブする」をミッションに掲げ、電気の使い方を最適化し、世界をよりクリーンにできるような製品を開発してきた。同社を率いる塩出晴海代表が、クリーンテック分野での起業に踏み切ったのはなぜか、話をうかがった。
家族の影響と起業への思い、自己啓発の旅で得たビジネススキル
ーー起業への思いをどのように実現させましたか?
塩出晴海:
幼稚園の頃から、起業した父が仕事をする姿を見て育ち、小学校5年生の時には、3Dレーシングゲームの製品化のために意見を聞かれたり、一緒にプレイしながらバグチェックを行ったりもしました。起業家として毎⽇趣味に没頭するかのように仕事をする⽗を⾒て「こういう生き方いいな」と思い始めたのがそもそもの契機となっています。
大学から大学院まで、留学で海外経験を積みつつ、プログラミングを学ぶことに集中した結果、「父にもっとビジネス経験があれば、父の会社はさらに成功していたかもしれない」と考えるようになりました。ビジネスの経験を積むのに最適だと考えて入社したのが三井物産でした。
ーーどのようにしてビジネススキルを獲得したのですか?
塩出晴海:
仕事だけでなく、休日にも会計の勉強やビジネススクールに行くための語学の勉強を続け、3年目には、インドネシアの電力プロジェクトを開発するチームに配属されました。その頃は、インドネシアのホテルに半年間ほど滞在しながら、寝る間も惜しんで仕事をしましたね。
最初にアサインされた業務は、事業の収益性を評価する財務モデリングでした。そこでの努力が認められ、数ヶ⽉後には財務モデルの仕事と併せて現地での⽯炭調達や電⼒売電契約の交渉業務も担当するようになりました。その頃には、ビジネスの全体像を理解できるようになり、⾃律してチームに貢献できるようになっていたと思います。
ーーそうした情熱はどこから生まれたのでしょうか。
塩出晴海:
「自分で事業をやるために、三井物産にいる間に少しでも多く勉強したい」という気持ちが源泉になっていたのだと思います。「そのためには、自らいろいろな案件に取り組むのが一番だ」と考え、成長できる機会をがむしゃらに求めていました。
エネルギー問題解決への端緒となるIoT製品の誕生
ーー起業までの道のりについて、お聞かせください。
塩出晴海:
三井物産に入社した直後、希望していたユビキタス事業部が解散し、改めて自分が人生のテーマにするべき事業の領域が何なのかを考えました。その時に、大学院の修士論文を早く仕上げて、入社までの3ヶ月間で父と広島から沖縄までヨットでの洋上生活をしたのです。洋上で風に呼応して進むヨットで感じた心地良さや、自分が育ってきた広島県向島の自然豊かな環境を感じ、⾃然というものが⾃分にとって⼤きなテーマであると気づきました。
自然をテーマに考えたときに、僕が35歳から45歳になるまでの間に、⼤きく成長する領域が何かを考え、クリーンテックに⾏きつき、自身のキャリアをITから電力にシフトしました。配属されたインドネシアの電⼒事業の仕事は、クリーンテックではありませんでしたが、電⼒の勉強をするには最⾼の環境でした。そして、実際に火力発電所の建設現場や⽯炭の炭鉱を見る中で、やはり再生可能エネルギーを増やすために自分にできることをやりたいと考え始めました。
当時読んだ「Energy for Future Presidents」というRichard Mullerさん(UC Barkley教授)が書かれた本に、「エネルギー⽣産性を上げることがもっとも安価な電力のリソースだ」という指摘がありました。この考えには、僕が今までやってきたITを活用できる余地がありました。そこから、さらに⾊々と調べていくうちにデマンドレスポンス(需要側の出⼒を調整することで発電所の代替とする仕組み)という事業領域を専⾨とするEnerNocという会社が北⽶で上場していることもわかってきました。その具体的な⼿法として、家庭向けのエアコンに着⽬し、それが空調を制御する「Nature Remo(ネイチャーリモ)」の誕生につながったのです。
ーー製品について、もう少し詳しくご説明いただけますか。
塩出晴海:
スマートリモコン「Nature Remo」は、スマホアプリやスマートスピーカーから家電を操作できるIoTデバイスです。これによって、外出先からのエアコンの温度調整や電気のオフが可能になり、節電に役立てることができます。
エネルギーのモニタリングと制御を行う「Nature Remo E」は、エネルギーマネジメントを容易にし、電気利用の効率化を実現します。
ーー貴社の事業の強みは何でしょうか。
塩出晴海:
事業の強みは、デザインを含めたユーザビリティの⾼いプロダクトをエネルギーマネージメントの領域で⽣み出していることだと思います。
Nature Remoは、それまで学習リモコンと呼ばれていたマニア向けのガジェットを、誰でも使えるスマートリモコンとして新しいカテゴリーをつくりました。また、スマートスピーカーと連携できるデバイスが他に存在しない時期に、「『Nature Remo』ならできる」と独⾃の競争優位が築けたのが最初に爆発的に販売できたポイントだったと分析しています。
そして、プロダクトをより使いやすくするために、SNSや製品レビューで顧客の声を拾い、直ちにそれを製品に反映させるなど、敏感に対応するようにしてきました。
また、すでに評価されているスマートホームブランドの知見を自社のエネルギーマネジメントに取り入れ、最近では特にパートナーシップも強化しています。
中長期的な事業展望、2050年のカーボンニュートラルに向けた目標と人材採用戦略
ーー今後の事業の中長期的な展望をお聞かせください。
塩出晴海:
2050年までにカーボンニュートラルの目標を達成するには、2030年までに温室効果ガス排出量を半減する必要があります。再生可能エネルギー比率を増やすことが最大の課題ですが、この短い時間軸で再⽣可能エネルギーを増やすためには太陽光と⾵⼒を⼤量に導⼊していく必要があります。そうなると、発電側の変動性が高まり、その変動を吸収するために需要側にも調整力が必要となります。
今後6年間で劇的に調整力を増やすには、蓄電池、エコキュート、EVを調整力として活用することが重要です。その上で、顧客のみならず社会全体の経済効果を実現するためには、ソフトウェアの開発がキーになります。
その先には、エネルギーの大きなリソースを制御できるハードウェア開発に踏み込む展開が想定されます。重要なのは、エネルギーマネジメントをより確実に実現できる製品を展開していくことだと思っています。
ーーそうした取り組みには、どのような人材が必要だと考えていますか。
塩出晴海:
ミッションへの共感は最重要ですが、それがあるとして積極的精神の持ち主です。そういう人は、基本的に好奇心と粘り強さがあるので、どのような状況でもプラスに捉えて困難を乗り越える可能性が⾼いと考えています。
編集後記
自身の夢は「世界をヨットで回り小説を書くことと、未だ世の中にない自然と同調し、⾃動で動くヨットをつくること」と語る塩出氏。カーボンニュートラルという環境課題を自らのミッションとする根底には、故郷の自然やヨットを愛する気持ちがあるのだろう。今後もエネルギー問題解決の一助となる製品の開発努力を続け、時代に先行する製品を提供するに違いない。
塩出晴海/広島県尾道市向島出⾝。北海道⼤学⼯学部⼯学科卒業。2008年にスウェーデン王立工科大学でComputer Scienceの修士課程を修了。その後3ヶ月間洋上で生活。大手商社に入社し、途上国での電力事業投資・開発などを経験。2016年、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA課程を修了。ハーバード大学在学中にNature株式会社を創業。