1699年に創業した株式会社にんべんは、325年経つ今でも人々に愛される鰹節専門店だ。半年ほどの熟成期間を要する「本枯鰹節(ほんがれかつおぶし)」をはじめ、「フレッシュパック」「だしパック」などを中心にさまざまな商品を展開している。
長年にわたり同社が業界をけん引する存在でいられる背景には、老舗でありながらも、新しいことへ果敢に挑戦する精力的な姿勢がある。
代表取締役社長の髙津伊兵衛氏に、同社の強さの理由と商品への思いを聞いた。
世代をまたいでも続く生産者との深い関わりを幼少期から実感
ーーにんべんの社長に就任するまでにどのようなキャリアを歩んできましたか。
髙津伊兵衛:
幼少期より祖母から会社を継ぐように言われ、製造現場や生産地を訪問する機会もあったため、家業については小さな頃から理解していました。自宅に生産者や得意先の方が来ることも多く、世代をまたいで家族ぐるみの関わりがあるところを見るにつけ、弊社と生産者様の間には強いつながりがあるのだなと感じていました。
大学卒業後は、販売や接客を学ぶために髙島屋に入社しました。3年ほど勤めてからにんべんに入社し、鰹節を選別する部署や生産に関わる部署、会社全体の製造原価を計算する部署に配属された後、百貨店を担当する営業部門や、スーパーを担当する営業部門を担当しました。
ーーいつ頃から会社を継ぐ意識を持ちましたか。また、社長就任までに取り組んだことは何でしょうか。
髙津伊兵衛:
大学生になる頃には会社を継ぐ決意をし、大学に通いながら毎年夏には1週間ほど泊りで鰹節の製造を体験する研修を受けていました。先代から「10年後に社長の座を譲る」と言われたのは、会社が創業300年を迎えたときです。
社長に就任するまでの10年間で、株式譲渡のほか、人事制度を変えたり、商品やサービスのブランドを再構築したりしました。本社の再開発にも取り組み、そのさなかで社長に就任しました。
時代に合わせて商品を「顧客のほしいもの」に変えてきた
ーー貴社ならではの強みは何でしょうか。
髙津伊兵衛:
弊社はお客様と長年信頼関係を築き、お客様からは「にんべんさん」と親しまれています。ものづくりに対して非常に真摯に取り組み、「本当に美味しいものをつくること」への徹底したこだわりが弊社の強みです。
新商品開発にも力を入れています。たとえば弊社の主力商品には「つゆの素」があります。つゆの素のような多くのお客様にご愛顧いただいている商品以外にも、シーズンごとに新商品を毎年提案することで、新しいファンを増やしています。実際に今年の春、金胡麻でプレミアムな付加価値をつけた「ゴールドつゆ 金ごま」という新フレーバーを発売し、非常に好評です。
ーー店舗づくりについての思いをお聞かせください。
髙津伊兵衛:
鰹節やだしを料理を通じて体験できる「日本橋だし場」というスタンディングバーを併設した日本橋の店舗は、鰹節やだしについて学べたり、味わえたり、感じられたりできる場をつくりたいという思いで始めました。
もともと日本橋の店舗は、決まった商品を求めて来るなど目的のある人が足を運び、若者がふらっと立ち寄るような場所ではありませんでした。しかし、今の店舗業態にして以降、世代を超えたお客様にご利用いただけるようになり、想像以上に来店客数が増えています。
SNSで情報を入手してから「可愛い」「映える」など、感覚で物を買う時代になってきている昨今では、お客様の「ほしいもの」を提供できるかどうかが重要です。過去には「鰹節は必要ない」と言われたこともありましたが、弊社は時代の変化に対応しながら、鰹節をお客様にとって「ほしいもの」に形を変えたことで、長く生き残れているのだと思います。
弊社の顧客層はもともと年配の方が多かったのですが、先述のとおり、お客様に鰹節やだしを体験いただける場をつくりコミュニケーションをはかったことで、それまで以上に世代を超えた多くのお客様ににんべんを知っていただけるようになりました。
また、商品展開の面で考えると、主力商品であるオレンジラベルの「つゆの素」のプレミアムラインとして「つゆの素ゴールド」を発売・リニューアルしたことで、30~40代の方々にも商品を手にとっていただく機会が増えました。
これからも、弊社の商品を長年使ってくれている方々を大切にしながら、その周りの方々に向けても新しい味や別の価値を提供していきたいと思っています。
製造を経験するからこそ商品に自信と愛情が持てる
ーー教育制度や求める人物像を教えてください。
髙津伊兵衛:
弊社では、入社後にいろいろな部署を回って研修をしてもらいます。実際に鰹節工場にも行ってもらい、生のカツオを捌(さば)く経験もしてもらいます。製造の原点から知ることで、鰹節がどのようにつくられているのかを知り、自信と愛情を持ってお客様にも話せますから。
弊社には鰹節やその美味しさを大切に思っている社員が多く、求める人物像としても、やはり食に興味がある人が理想です。また、今後も新しいことに挑戦したいと思っているので、一緒に挑戦して前へ進んでくれる方に来ていただけると嬉しいですね。
編集後記
無料の試飲ではなく、有料でだしを飲んでもらう「日本橋だし場」は、今までにない画期的なだしの提供方法として話題を呼んだ。
髙津社長は「弊社が他社(メーカー)と違うのは、商品を体験できる場所をつくったこと。そこから、弊社の商品により興味を持ってもらうことができる。ブランドとして奥行きができた」と語った。
長い歴史を持ちながら、過去にとらわれずに新しい取り組みを続ける同社が、次にどのような一手を打つのか楽しみだ。
髙津伊兵衛/1970年、江戸時代から続く鰹節を商う家の長男として東京で生まれる。1993年、青山学院大学を卒業後、株式会社髙島屋に入社、横浜店勤務。1996年、株式会社にんべん入社、2009年に代表取締役社長に就任。2020年、13代髙津伊兵衛を襲名。2007年から日本橋室町二丁目町会長を11年務め、現在は副会長。一般社団法人日本鰹節協会会長理事。NPO法人日本料理アカデミー正会員。