
2023年、鳥インフルエンザの流行により鶏卵業界に激震が走ったことは記憶に新しい。店舗での卵価格高騰や品薄状態は、業界関係者のみならず一般消費者の生活にも大きな影響を与えた。大正10年に創業し、100年以上の歴史を持つ株式会社籠谷は、卵の専門会社として自社養鶏場と工場を持ち、量販店向けの商品製造を中心に業容を拡大してきた。それだけでなく、電気設備工事事業も50年以上継続するなど、独自の多角経営で地域社会を支えている。
近年では、直営店「たまごとジェラートのお店 yellow」の運営や、陸上競技部のアスリート社員を介した若者の地元定着支援にも注力し、さらに100年先の未来を見据えて挑戦を続けている。相次ぐ試練を乗り越えながら、創業100周年の節目に代表取締役社長に就任した小畑成久氏に、同社の知られざる事業の強みと組織改革、そして未来への展望について話を聞いた。
現場の叩き上げから、創業100周年の舵取り役に
ーーこれまで、貴社はどのように事業を拡大されてきたのでしょうか。
小畑成久:
私が入社した時の売上高は約40億円でしたが、現在会社の規模は当時の3倍にまで拡大しています。主要顧客である大手量販店様の多店舗展開に合わせ、近隣に2つの工場を増設するなど、供給体制を強化してきた経緯があります。
主力である鶏卵事業においては、量販店向けの殻付き卵に加え、卵を割って中身を供給する「液卵(えきらん)」事業が大きく伸長しました。弊社が拠点を置く兵庫県高砂市は、洋菓子文化が根付く神戸市にほど近く、多くのお菓子メーカー様と取引をしていただいたことも、スイーツブームとともに事業を拡大できた大きな要因です。
また、弊社の歩みを語る上で欠かせないのが、50年以上の歴史を持つ電気事業の存在です。地元の工場や学校、球場の電光掲示板といった公共インフラの電気設備工事も請け負っており、高砂市周辺ではトップクラスの実績があります。
一見すると無関係に見える「食品」と「電気」ですが、この2つの柱が支え合う多角的な経営スタイルこそが弊社の強みです。経営の安定性を保つだけでなく、地域インフラを支える企業としての信頼を積み重ねてきたことが、現在の成長につながっていると感じています。
ーー食品事業では、どのような商品を手がけているのでしょうか。
小畑成久:
実は、皆様が普段何気なく手に取っている商品の多くに、弊社の卵が使われています。たとえば、大手ハンバーガーチェーンの月見商品に使われる卵や、大手コンビニなどで販売されている「味付き半熟ゆで卵」なども弊社が製造・供給しています。業務用の商品は表に社名が出ないことが多いですが、外食産業やコンビニエンスストアを通じて、全国のお客様の食卓に関われていることは私たちの誇りです。自社グループで養鶏場から加工工場までを一貫して保有しているからこそ、こうした大手企業様の厳しい品質基準にも対応でき、安定供給を実現できているのだと自負しています。

ーー社長就任の経緯と、目指されている組織像についてお聞かせいただけますか。
小畑成久:
前社長までは籠谷家の一族が経営を担っていましたが、私自身は創業家との血縁関係はなく、一般入社から社長に就任しました。創業家の息子さんは別の事業をされており、社内に次代を担う血縁者が不在という状況の中、現場からの叩き上げで営業幹部を務めてきた私に、創業100周年の節目に6代目社長として指名を受けました。
これまでは強いリーダーシップによるトップダウン経営で着実に成長してきましたが、時代の変化は激しく、従来のスタイルだけでは対応が難しくなっています。だからこそ私は、社員一人ひとりが自ら考え、行動できる組織への変革を進めています。
現場の最前線にいる社員が、自身の判断でベストな選択を行い、その完遂に誇りを持てる。そんな個々の自律性を重んじる風土を築くことで、不確実な時代においても、次の100年先まで地域に価値を届け続けたいと考えています。
地域の人に会社を知ってもらおうと直営店をオープン
ーーアスリート社員の採用や新商品の開発などには、どのような狙いがあるのでしょうか。
小畑成久:
弊社には現在、現役選手として活動しながら総務や営業、工場などの各部署で業務に従事する「アスリート社員」が在籍しています。アスリートたちの視点や専門性を活かして開発したのが、アスリート向けのカステラ「+CASTELLA(プラスカステラ)」や「PLUS EGG PROTEIN(プラスエッグプロテイン)」です。
管理栄養士の資格を持つアスリートたちが「パフォーマンスに少しでもプラスになりますように」という思いを込め、「美味しく手軽に栄養補給ができないか」と試作を重ねたプラスカステラは、神戸マラソンでランナーの方々に提供されるなど、スポーツを通じた地域貢献の象徴的な事例となっています。
また、兵庫県では、県内の大学に進学しても、就職を機に県外へ出てしまう若者が少なくないという課題があります。そこでアスリート社員がスポーツ活動を通じて、「地元にもこんなに面白い会社がある」「働きながら競技を続けられる環境がある」といった地元企業の魅力を伝える役割も担っています。陸上競技部の存在は、企業活動だけでなく、若者が地元で挑戦し続けられる環境づくりにもつながると考えており、地域に根ざす企業として、スポーツを通じた人材育成と地元定着に貢献していきたいと思っています。
ーー今後の経営方針についてお聞かせください。
小畑成久:
販売戦略として、パック卵の量販だけでなく、卵が本来持つ価値をさらに高めていく必要があると考えています。これまで以上に付加価値を高めたマヨネーズや卵サラダなどの加工品の開発・販売にも力を入れていきます。
直営店「yellow」は、2026年1月に3店舗目がオープンしました。これらは単に商品を売るだけでなく、地域の方々に弊社の卵の美味しさを直接知っていただくためのアンテナショップとしての役割も担っています。わざわざお店まで足を運び、ジェラートや明石焼きを食べたり、つくりたての商品を買ってくださるファンの方を大切にしたい。「yellowがあるから高砂に行こう」と言っていただけるような、地域に愛されるブランドを確立していきたいですね。

女性活躍推進と風通しの良い職場づくり
ーー組織づくりにおいて、どのような改革を進められているのでしょうか。
小畑成久:
社長就任時に、新たに導入したのが「ジュニアボード制度」です。これは、次代を担う若手や中堅の幹部候補による擬似取締役会のことで、現場の柔軟で斬新な発想を経営に取り入れるための仕組みです。会社のルールや現状の課題を自分たちの視点で見つめ直し、従業員全員がより働きやすい環境をつくるための議論を重ねています。
また、特に力を入れているのが女性活躍の推進です。私が代表に就任する前は、コミュニケーション不足が大きな課題となっていました。弊社の従業員は約400名のうち、パートの方も含めると約7割を女性が占めています。だからこそ、彼女たちが真に輝ける環境を整えることが、組織全体の活性化に直結すると考えています。
そこで、若手女性社員が中心となって働き方の改善案を出し合うプロジェクトチーム「KNC(籠谷なでしこチャレンジ)」を発足させました。現場を支える女性たちが働きやすい環境を整えることは、結果として男性社員も含めた全従業員の働きやすさにつながると考えたからです。実際に、女性たちの意見から「妊婦特別休暇」、「配偶者出産休暇」などの特別有給が新設されたり、コミュニケーションを活性化させるために「1on1面談(部長×社員、社長×社員)」や「メンター制度」が始まったりしました。その結果、仕事と生活の調和に積極的に取り組む企業として「兵庫県ワークライフバランス表彰企業」を受賞したり、子育て支援企業として、厚生労働省より『くるみん認定』を受けたりするなど、確かな手応えを感じています。
ーー人事面に関する方針を教えてください。
小畑成久:
弊社は本社と自社工場を高砂市に構えており、社員の多くが神戸市から姫路市までの地元出身者です。地域との結びつきが強い会社だからこそ、社員が安心して長く働き続けられる環境づくりを最優先に考えています。
その取り組みの一つが、私自身が毎年実施している全社員との「1on1面談」です。新入社員からベテランまで、一人ひとりと直接向き合い、現場の声を聞かせてもらっています。経営層だけで会議をしていては見えてこない、些細な意見や現場のリアルな声を知ることができ、社内の風通しも以前より良くなったと感じています。
また、私は「大企業で働くことだけが幸せではない」と感じています。大都市に出て大きな会社に入っても、転勤続きで、家族との生活やライフプランが描けず辞めていく若者を多く見てきました。その点、弊社には、「転勤がなく、住み慣れた街で腰を据えて働ける」という確固たる強みがあります。結婚や育児、親の介護など、人生のさまざまなステージにおいて、家族のそばで支え合いながらキャリアを築ける。そんな「地方企業だからこそ提供できる幸せ」を追求し、今後もサポート体制を整えていきたいと考えています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
小畑成久:
これからもBtoBでの強みを維持しつつ、BtoC(籠谷ブランド)をさらに強化していきます。しかし、何より大切なのは従業員とその家族の幸せです。社員が「この会社で働いてよかった」「仕事が楽しい」と心から思えなければ、お客様に喜んでいただくことはできません。
私が目指しているのは、社員が「やらされている仕事」ではなく、仕事を自分事として捉え、「もっとこうしたら良くなるのではないか」「こんな商品をつくってみたい」と主体的に考え、行動できる組織です。一人ひとりが仕事の中で自分がのめりこめるものや、やりがいを見つけ、自ら考えて動く。その積み重ねが会社の成長につながり、結果として社員にも還元されていく。そんな好循環を生み出しながら、全員で地域の未来をつくっていきたいと考えています。
編集後記
同社は近年、プレミアム卵「ご縁高砂」を発売するなど、新商品の開発にも余念がない。(ECサイトでも購入可)小畑氏はインタビューで「楽しくて毎日通いたいと思う会社にしたい」と語った。社員から率直な意見を引き出そうとする対話重視の姿勢が、こうした新しい発想を生む土壌となっているのだろう。身近なコンビニ商品から地域のインフラ設備まで、多角的な事業で地域社会に貢献する同社。アスリート社員の採用や女性活躍推進など、次々と新しい種をまく姿勢は、まさに時代の変化にマッチしたものだ。地域と共に歩み、社員の幸せを起点に挑戦を続ける同社のこれからの歩みを、しっかりと見守っていきたい。

小畑成久/1965年兵庫県生まれ。兵庫県立社高等学校卒業。スポーツ専門学校卒業後、スポーツクラブへ入社。1991年、27歳のときに株式会社籠谷へ入社。3年間工場勤務の後、営業に従事。2004年執行役員本部長、2009年取締役、2014年常務取締役を歴任し、2021年代表取締役社長に就任。