
生産者の顔が見えるオーガニック素材をアピールする事業者を見かけるようになったが、それを一貫して追求し続ける経営者はどれほどいるのだろうか。東京都世田谷区に本店を置く株式会社ラ・テール代表取締役の小林健太郎氏は、間違いなく追求派の一人だ。
2017年、同氏は北海道美瑛町の広大な土地に「フェルム ラ・テール美瑛」をオープンし、食と農の究極の接点を目指すプロジェクトを稼働させた。小林社長に食と農への情熱、そして展望についてうかがった。
マーケティング会社の事業として始まった洋菓子店経営
ーーラ・テールとの関わりはどのようにして始まったのですか?
小林健太郎:
ラ・テールという洋菓子店は、私の父である小林孝次が経営している株式会社ミックブレインセンターが1998年にオープンしたものです。
私は新卒でキリン・シーグラム株式会社に営業として就職しましたが、いずれは独立したいという考えがあったため、まずは事業の運営に携わりたいと言う思いがあり、2001年にミックブレインセンターに参画することとなりました。
ただ、ミックブレインセンターの主力事業はマーケティングやブランディング、それにデザインなので、洋菓子事業は異質なジャンルです。そのため、洋菓子事業を主軸とする株式会社ラ・テールとして独立することになりました。
ーー社長就任の経緯についてお聞かせください。
小林健太郎:
事業が軌道に乗って売上げが10億円を超えた時点で、社員数も増え、組織管理、人事管理、経営管理などを体系立てて展開する必要性が出てきたときのことです。当時はミックブレインセンターの社長がラ・テールの社長を兼任していましたが、これからは代表権を持つ形でラ・テールの事業に専念することが社長に求められること、そして経営をサポートする人材の配置が必要なことから、2015年に私が代表取締役として就任することとなりました。
食と農の究極の共存を実現し、事業のリブランディングを図る

ーー事業を展開するうえで、大切にしている考え方は何ですか?
小林健太郎:
「自然に生きる」ということです。私たちは高い志を持った生産者が育む大地の恵みを受け継ぎ、それを職人の手仕事で仕上げ、できたてのおいしい商品をお届けしています。
とはいえ、無添加やオーガニックを前面に押し出すことはしていません。それが当たり前という基準だからです。「おいしさ」を重視したものをお客さまに楽しんでいただけるよう注力しています。
ーー北海道の美瑛町に店舗を構えていますが、概要を教えてください。
小林健太郎:
現在、美瑛町の広さ15ヘクタールの広大な土地に約200坪の建物があり、美瑛産の小麦、牛乳、野菜、豆などを中心に、できる限り美瑛とその近郊の農産物を使用してパンやお菓子、そして料理を提供しています。
北海道ならではの素材を生かしたチーズやハム、ソーセージ、クラフトジンやクラフトビールなどの展開を計画しています。
可能であればいずれ宿泊設備も備えたいですね。このプロジェクトの目的は、素材の生産地に拠点をつくり、食と農の共存による「自然に生きる」という理念を深化させることです。この取り組みによって、ラ・テールをリブランディングすることができると考えています。
ーー取り組まれている計画・プロジェクトについて詳しくお聞かせください。
小林健太郎:
私たちは、このプロジェクトを「美瑛10年計画」と呼んでいます。この計画で大切にしているのは、人が集まる土地に出店するのではなく、私たちの「フェルム ラ・テール美瑛」に人が集まってくださること、そのためのコンテンツを充実させることです。
地元の自然に育まれた素材を使ったお菓子やパン、チーズやハム、地元でできたアルコール類があって、宿泊もできる。自然と人が集まるような場所づくりを目指しています。
ーー北海道を選んだ理由は何だったのでしょうか。
小林健太郎:
北海道は弊社の強みであるオーガニック、無農薬の素材の生産拠点です。これを基盤にした北海道ブランドを新たに立ち上げることによって、東京で流通している商品をリブランディングしようというのが最初の発想でした。北海道ブランドであれば、首都圏はもちろん、アジアを中心とした海外でも勝負できると考えています。
基本理念「自然に生きる」を貫きつつ卸ビジネスへの参入を目指す
ーー東京でのお菓子やパンづくりに関してはいかがですか?
小林健太郎:
卸ビジネスの分野に進出するという取組みの一環として、「自然に生きる」という理念を守り抜いたうえで賞味期限を延ばしたいと考えています。
弊社が直接出店するのではなく、販売コーナーに商品を置いていただくことで売上を確保する仕組みづくり、具体的には観光土産菓子の分野ですね。現在も羽田空港や東京駅などで商品を販売していますが、この分野をさらに広げていく必要があると考えています。もちろん賞味期限を延ばす技術が高まれば、オンラインショップの拡充なども可能になります。
ーーその場合の課題はどんな点でしょうか?
小林健太郎:
技術的な課題は、技術スタッフの技量を考えれば大して心配はしていません。ポイントは販路の開拓を担う営業人材の充実です。今はまだ、先方からオファーをいただいて卸している状況であり、攻めの体制には入っていません。
本格的に卸事業を展開しようとしたら強力な営業戦略が不可欠です。何といっても、観光土産菓子のジャンルは名立たる商品が目白押しです。そこをこじ開けて私たちの商品を置いていただくには、十分な戦力が必要だと思います。
ーー10年後のラ・テールはどんな姿になっているでしょうか?
小林健太郎:
「美瑛10年計画」の達成によって、ラ・テールのリブランディングも含め北海道ブランドが確立されているだろうと思います。
一つだけ変わらないことがあるとすれば、スタッフが「自然に生きる」という理念を共有しながらも、それぞれの技術や経験を生かした仕事をしていることですね。こちらに関しては、さらに深化しているような気がします。これからラ・テールに参画してくれる人たちも、「自然に生きる」という理念を踏襲したスタッフの一員になってくれると期待しています。
編集後記
「美瑛10年計画」にかける熱い思い、そして食と農のつながりに力を入れ、それを発信していく真摯な姿勢が強く伝わったインタビューだった。この二つがあるからこそ、人が集まる土地への出店ではなくフェルム ラ・テール美瑛に人々を集めたい、という小林社長のコメントに説得力を感じるのだと思う。「自然に生きる」基本理念を徹底するところにこそ未来への大きな足がかりがあることを再認識した。

小林健太郎/1973年東京都生まれ、1995年法政大学法学部卒業。キリン・シーグラム株式会社へ入社。2001年に株式会社ミックブレインセンターに入社し、ラ・テールブランドの洋菓子、パンの製造販売、レストラン経営に携わる。現場での経験を積み、2007年に株式会社ラ・テールを設立し取締役に就任。2015年5月同社代表取締役に就任。2021年株式会社美十と資本業務提携を結びグループ入り、現在に至る。