※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

1942年の創業以来、佃煮の老舗企業として確かな地位を築いてきた株式会社ヒロツク。同社は昆布を中心とした伝統的な佃煮から、介護食や和スイーツの製造まで幅広い商品を手がけている。縮小傾向にある佃煮業界において売上を伸ばし続ける同社代表取締役社長の竹本新氏に話をうかがった。

尊敬する祖父の背中を追い、4代目として家業を継ぐ

ーー社長に就任するまでの経緯を教えてください。

竹本新:
私が家業である弊社を継ぎたいと強く思ったのは高校生の頃です。私は幼い頃から祖父のことが大好きでした。祖父は2代目として弊社を大きくした人物で、佃煮に人生を捧げた人です。仕事に真摯に向き合う姿を見て、自然と「少しでも近づきたい」という思いが芽生えたのです。

大学卒業後は流通を学ぶため、広島の大手食品問屋である中村角株式会社に入社しました。そして、2年後の24歳のときに弊社へ入社し、製造部や営業部で経験を重ね、2014年に4代目として社長に就任したのです。祖父の思いを受け継ぎ、佃煮業界を守るという使命感を持って経営に取り組んでいます。

ーー貴社に入社する前の経験は、現在の経営にどのように活かされていますか?

竹本新:
中村角での2年間は、自分の視野を広げる貴重な機会となりました。流通業という立場で、製造業と小売業の両方の視点を学び、原料調達から加工、販売までの一連の流れを理解できたことで、各段階の課題や工夫すべき点を把握できるようになったのです。この経験は、弊社の商品開発やマーケティング戦略にも活かされていると感じています。

妥協なき品質へのこだわりが生み出す競争力と顧客からの信頼

ーー貴社の事業内容について教えてください。

竹本新:
弊社の主力事業は佃煮の製造・販売で、創業以来80年以上にわたり、昆布を中心とした佃煮づくりに取り組んできました。現在は市販用と業務用の両方で展開しており、市販用は主にスーパーマーケットや生協で販売し、業務用は外食産業や介護施設に提供を行っています。特に生協との取引は売上の約50%を占める非常に重要な柱です。

また、「煮る」「炊く」という佃煮の製造工程を活かして、佃煮の範囲を超えた商品開発も進めています。具体的には惣菜や煮豆、和のスイーツなど、幅広い食品カテゴリーへの展開を図っています。

特に近年は介護食分野に注力しており、食材を柔らかく調理する技術を活かして、人参やタケノコなど、見た目はそのままに歯がなくても噛めるようにする製法の開発に成功しました。これは長年佃煮をつくり続けてきたからこそ開発できた技術であり、今後の成長分野として期待しています。

ーー佃煮業界が全体的に縮小傾向にある中で、成長を続けている秘訣は何でしょうか?

竹本新:
弊社が成長を続ける秘訣は、味や品質へのこだわりにあります。原材料費や物流費、人件費、エネルギーコストなどすべてが上昇する中において、適切な値上げを実施しながらも、品質を一切妥協しないことで顧客からの信頼を獲得しているのです。競合が追いつけないほどに味と品質にこだわり続けることで、値上げをしても取引量が減少せず、結果として売上を伸ばすことにつながっています。

食育活動を通じて日本の食文化を未来につないでいく

ーー今後、特に力を入れていきたい事業分野はどのようなものでしょうか?

竹本新:
今後特に注力していきたいのは、介護食事業とEコマース事業です。介護食の市場は着実に伸びており、弊社の技術が活かせる分野です。介護現場では人手不足で調理時間の確保が難しい状況があり、包丁を使わずに提供できる調理済み食品へのニーズが高まっています。そこで弊社の技術が力になれるのではと考えています。

また、ECサイトを通じた販売は現在、売上全体の2%ほどにとどまっているため、今後10%以上に引き上げることを目標としています。先日、テレビショッピングのショップチャンネルに出演した際、30分の放送で反響が大きかったことからも、消費者へ直接アプローチする手法に可能性を感じているところです。佃煮という日本の伝統的な食文化を未来へつなぐために、柔軟な発想で挑戦を続けていきます。

ーー佃煮の認知度を上げるためにどのような取り組みをしていますか?

竹本新:
「佃煮って何ですか?」という質問をする子どもたちが多いため、まず「知ってもらう」ことから始めています。おむすびに入っている昆布も佃煮の一種ですが、現代の子どもたちはそれを佃煮だと認識していないことが多いのです。そうした現状に対して、弊社では幼稚園から大学まで、依頼があれば出向いて佃煮についての知識を伝える食育活動に力を入れています。

同時に、従来のご飯のお供というイメージから脱却し、子持ち昆布とパスタを合わせて和風たらこスパゲッティをつくるなど、日常の食事に気軽に取り入れられる方法を提案しているところです。佃煮を「名脇役」として位置づけ、日常の食卓に寄り添う存在として残していきたいと思います。

編集後記

「佃煮だけでは会社は残らない」と語る竹本社長の言葉に、伝統産業が直面する課題と可能性を感じた。伝統を守るためにこそ、変化を恐れず新しい市場を開拓していく姿勢は多くの企業にとって参考になるだろう。祖父から受け継いだ技術と思いを基盤に、現代のニーズに合わせた商品開発と提案を続けるヒロツクの姿に、伝統食品業界の未来を見た思いがした。

竹本新/1983年、広島県生まれ。大学卒業後、地場最大手の食品問屋である中村角株式会社に入社し、流通業を学ぶ。24歳で株式会社ヒロツクへ入社し、製造部や営業部を経験。2014年に同社代表取締役社長へ就任。趣味は詩吟(しぎん)で、師範の階級を持つ。