
かりんとう業界でトップシェアを誇り、伝統の味を守りながらも常に革新を続ける東京カリント株式会社。「蜂蜜かりんとう」などのヒット商品を生み出し、創立70周年記念に製作した「Largest karinto(最大のかりんとう)」がギネス世界記録™にも認定された同社だが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。同社を率いる代表取締役社長の西村光示氏は、予期せぬ困難にいかに立ち向かい、組織を変革してきたのか。若手社員による新プロジェクトの始動など、次世代を見据えた挑戦を続ける西村氏に、組織づくりの苦労や独自の経営信念、そして100周年に向けて目指す「良い会社」のあり方について話を聞いた。
会社の組織整備をゼロから手掛ける
ーーまずは、家業に戻られるまでのご経歴を教えてください。
西村光示:
大学卒業後、株式会社菱食(現・三菱食品株式会社)に入社しました。いずれ家業を継ぐことは想定していましたが、仕事にはやりがいを感じており、継ぐのはもう少し先のことだと考えていました。
しかし、弊社の工場で火災事故が発生し、転機が訪れました。主力事業の一つであったドーナツ製造ラインが止まり、会社全体が大打撃を受けたのです。その状況下で、当時社長だった父の疲労困憊した姿や、会社存続の瀬戸際を目の当たりにし、「家族として一緒に再建に取り組もう」と決意。急いで前職を辞め、製造現場に入り、一からかりんとう作りを学ぶところから私の弊社でのキャリアはスタートしました。
ーー入社当時、会社はどのような状況でしたか。
西村光示:
私が入社した頃は、ちょうど個人商店から個人会社へと切り替わる時期で、入社後は組織づくりが大きな課題でした。規定もマニュアルも何もないところから、つまり、ゼロといっていいところからのスタートでしたので、まさに1から組織をつくり上げてきたのです。何人か味方をつくって手伝ってもらって、組織や仕組みを整えていきましたが、苦労も沢山ありました。
当時の職人さんの中には、新参者に対して「気に食わない」「なんだ??」と思った方もいたわけです。「俺らは数字をみて仕事するわけじゃない」なんてね。なかなか分かってもらえないこともありました。そんな中で根気よく説明して、納得してもらって、徐々に仲間を増やしていきました。
ーー社長自ら品質管理部署を立ち上げたとのことですが、経緯はどのようなものだったのでしょうか。
西村光示:
会社の仕組みを整備する中で出遅れていたのが品質管理でした。立ち上げは25年ほど前のことです。世の中の動きを見ても、私は「品質管理をしっかりしないとダメだ」とひしひしと感じていたので、完成形はないと考え、今日に至るまで、品質管理部というセクションを少しずつではありますが強化してきました。
品質管理はまだまだこれから成長しなければならないセクションだと思っています。今でも、成長の途中です。他の組織も、「今のままでいい」といった妥協はせず、常に変化していく必要があると思っています。成長していく過程の中で、組織というのは常に変化して行くべきものだと考えています。
機械化と職人の「肌感」を融合させおいしさを追求する
ーー製造現場でのAI活用や機械化について、どのようにお考えですか。
西村光示:
将来的にはAI活用や機械化を進めるべき部分は確実にあります。しかし、現時点で全てを機械に任せられるかというと、そう単純ではありません。私たちはよく「かりんとうは生き物だ」と言っています。AIを使ってデータを分析し、生地を発酵させる最適な温度や発酵時間を導き出すことは可能です。しかし、生地の発酵は、その日の気温や湿度によって微妙に変化します。最終的な生地の状態を見極める「肌感」とも言える職人の判断は、依然として不可欠です。
データによる精密さと人の五感による判断。この両方の技術を組み合わせることが重要です。「考える」ことは人間の最大の強みです。機械頼みになるのではなく、試行錯誤しながらより良いものをつくろうとする「考える人」が集まる組織でありたいです。
ーー貴社の理念やモットーをお聞かせいただけますか。
西村光示:
何よりも「おいしいかりんとう」をつくりたいというのが、祖父の代からの一貫した考えであり、モットーです。食べ物ですから、お客様が本当に美味しいと感じていただけるものをつくり、美味しいものをお届けしたいという思いが今も昔も我々の原動力です。
価格帯としては200円台くらいの商品が中心です。「それいけ!アンパンマンおやさいかりんとう」は、小さなお子さまにも安心して召し上がっていただけるように原料をこだわり抜いています。そして、まずはかりんとうを食べてみてもらいたいという思いで、よりお試しいただきやすい価格帯で展開をしています。ヘビーユーザーの方に向けた商品では300円を超える価格帯のものもあり、原料にこだわりにこだわり過ぎた結果、この価格となっています。
弊社では原料選びからこだわっているものが多いですね。祖父の時代につくった「蜂蜜かりんとう」が代表的な商品です。
蜂蜜かりんとう誕生秘話

ーー「蜂蜜かりんとう」誕生までには多数の工夫があったとのことですが、どんな工夫があったのでしょうか。
西村光示:
かりんとうの生地は生き物です。生地は発酵するので、気温や湿度で違うものができます。戦後すぐの頃のかりんとうは、硬くて満足がいく味のものが少なかった。その中でもっとおいしいものをつくろうという思いがありました。
祖父は天ぷら屋さんの揚げ方を参考にしていました。2度揚げだとか、温度の調節だとか、工夫をしながら改良はできたのですが、どうしても1本1本の仕上がりにばらつきが出てしまう。
試行錯誤の末、蜂蜜を利用することでばらつきが少なくなることを突き止めました。戦後、蜂蜜は高級食材でしたが、今よりもかなり甘いものが求められていた時代でしたから破格の高品質で提供し、その美味しさから人気商品になりました。
さらに、主原料に弊社こだわりの小麦粉を使ったり、油も米油に変えたりと、常に高みを目指し続け、今の蜂蜜かりんとうになっていきました。
ーー創立70周年の記念「ギネス世界記録™」のエピソードをお聞かせください。
西村光示:
かりんとうといえば、「黒いかりんとうしかない」くらいに思っている方もいらっしゃいますね。しかし、それだけではお菓子のカテゴリーの1つとして認知してもらえなくなると考え、弊社では毎年毎年、売れなくても新商品を必ず出すようにしました。
昔ながらのお菓子をそのまま作り続けるだけでは時代の変化に取り残されることもあります。「スーパーから消えてしまった昔ながらのお菓子はいろいろとありますが、かりんとうは今も売っている」。その違いはこういう努力の積み重ねからです。
創立70周年には、それまでいろいろな方の協力があって、かりんとうづくりに取り組んでこれたことへの感謝を「何かの形で表したい」と思っていました。ところが、コロナショックでパーティなど、大勢で集まることができなくなってしまいました。それで「ギネス世界記録™で行こう!」ということになったのです。社員が「挑戦したい」と企画したもので、世界最大のかりんとうを製作してギネス世界記録に認定され、おかげさまで大きな話題になりました。
100周年に向けては、お子さまにもっとかりんとうを食べてもらいたいと思っています。小さいころからかりんとうに触れる機会を増やすことが、日本のお菓子文化のひとつであるかりんとうの将来のためになるという思いから、お子さまに人気の「それいけ!アンパンマン」をパッケージデザインに使用しています。
また、もっと色んな方にかりんとうを楽しんでいただきたいという思いで、マラソンやウォーキングなどのスポーツイベントでの配布や、SNSでの同時実食企画の開催など、様々な喫食機会の創出にも力を入れています。
新たな市場開拓と次世代プロジェクトの始動
ーー販売チャネルの開拓や、海外展開についてはどのようにお考えですか。
西村光示:
既存のお取引先との関係を深めることはもちろんですが、これまでアプローチできていなかった新規の販路開拓も重要視しています。具体的には、お菓子売り場だけでなく、アイスクリームのトッピング材料として使っていただくなど、食材としての可能性も広げていきたいと考えています。
海外展開については、食文化の違いという高いハードルが存在し、特に「黒い食べ物」に馴染みがない地域では見た目で敬遠されてしまうこともあります。以前、フランスの方に食べていただいた時は「美味しい」と好評でしたが、自ら進んで手に取ってもらうまでにはハードルがあると感じました。「食べてみれば美味しい」と評価していただく自信はありますので、文化の壁をどう越えていくか。新しい仕掛けを模索していくことが今後の課題であり、楽しみでもあります。
ーー現在、注力されている取り組みはありますか。
西村光示:
2023年3月に立ち上げた「ネクストジェネレーション」というプロジェクトです。これは、各部門や拠点を横断して選抜された若手社員だけによるチームが、次世代を見据えた新商品の開発を目的に活動するものです。これまでは経験豊富なベテランが開発を主導することが多かったのですが、このプロジェクトでは若手ならではの感性や発想を最大限に活かしてもらうことを重視しています。
そのため、基本的には彼らの自主性に任せており、私が横から意見を出すことはありません。経験則から「それは難しいのではないか」と助言したくなる場面もありますが、そこはぐっとこらえて、最低限の修正にとどめています。彼らが試行錯誤し、自分たちで考え、つくり上げた経験を積むこと自体が、組織にとっても大きな財産になると考えているからです。現在、鋭意開発中で、2026年春には本プロジェクト初となる新商品が発売される予定です。どのような商品が生まれるのか、私自身も非常に楽しみにしています。
会社創業100周年に向けての展望

ーー100周年に向けてのゴールは、どういったものでしょうか。
西村光示:
売上など、単純な数値の目標は、しっかり事業を行っていれば達成の見通しは立つものです。それより目標としたいのは、顧客にとっても従業員にとっても、「より良い会社」にすることです。良い会社なら、従業員が「自分の子供も弊社に入れたい」という気持ちになると思います。従業員は会社の良い面も悪い面もよく知っているので、本当に自分の子どもを入れたいと思ってもらえるようになるのは難しいことです。
60億、70億円と稼げる企業というのは「良い企業」だと思います。ただ、30億円でも「良い会社」はいっぱいあると思うんですね。なので重要なのは売上だけではなく、人として「良い会社」だと思える会社であることが重要だと思っています。そういった思いが強い会社さんは「良い会社」なのかなと思いますね。
実際に、弊社でも従業員の子どもさんが入ってきていることもあります。今、従業員は約300名くらいいて、一番若い従業員は高卒からで、中途も多いですよ。しかし、10代、20代の数自体、工場勤務がある所などでは減っていることも実感しています。
ーー経営者としての役割やスタンスについてお聞かせください。
西村光示:
経営者として、社員が進むべき方向を示す「羅針盤」になることだと考えています。私は心配性でつい口を出してしまうこともありますが、現場では社員が率先して動いてくれているので、私は方向を示すだけで十分です。
迷わず方向を示すためには、私自身が確固たる判断軸を持つ必要があります。そのための「学び」として稲盛和夫さんなどの本を読むこともありますが、書かれている名言をそのまま真似ることはしません。その内容はあくまで「その時代の正解」に過ぎないからです。書いてあることと自分の考えを比較し、何が同じで何が違うのかを問い続ける。そうやって自社に合った形に咀嚼して取り入れることを大切にしています。
ーー20代からの成長に対して、社長の思いをお聞かせいただけますでしょうか。
西村光示:
特に夢は応援したいですね。そう思いながら話をする機会を設けています。
たとえば、自分で目標を掲げて、壁を乗り越えていくためには今まで通りのことをやっていてはだめなんです。「着実に積み上げる」という部分は確かに大事で、基本だと思います。でも、「時には熱い思いをもって思い切った挑戦をしないとだめな時もある」と伝えています。つまり、時には自分自身で状況を打破し、勇気を持ってチャレンジをする。このような果敢な気持ちを持ってほしいということです。僕らはそんな挑戦を応援してサポートしなければいけない、と思っています。
ーー最後に、貴社ではどのような人物を求めていますか。
西村光示:
まじめなのが一番ですね。あとは思いやりだと思います。仕事って、誰かほかの人にやってもらう場合もありますよね。そのとき「こうしてね」とだけ言う人がいる。一方、インプットからアウトプットの方向性まで示すことができる人もいる。こうして言葉だけではない思いを示せることが「思いやり」というものですよね。
就職活動で多くの方が口にする「社会に貢献したい」という思いは、とても立派なものです。ただ、一歩進めて、「みんなの力が合わさって仕事は成り立っている」ということを受け入れることができるかがポイントではないかな、と考えています。「私はできるんだ」という奢りを持っていると成長しない。業務を進めるうえで、自然と人との連携・つながりを考えられるかどうかという部分は、とても重要だと思っています。
編集後記
「個人商店」からの脱却をリードした西村氏は、正確な仕事ぶり・まじめな仕事ぶりが何よりと語る。そして、ここぞという挑戦の際には、「伝統を守るためには、変わり続けなければならない」という熱い思いで後押しをする。火災という危機を乗り越え、組織を近代化し、今は若手プロジェクト「ネクストジェネレーション」で次世代の育成に注力するその姿勢からは、老舗企業のトップとしての覚悟と柔軟な思考が感じられた。100周年に向けた同社の新たな挑戦が楽しみだ。

西村光示/1971年京都府生まれ。慶應義塾大学卒業後、株式会社菱食(現・三菱食品株式会社)に入社。同社退社後、1998年に東京カリント株式会社に入社。2014年に同社の5代目代表取締役社長に就任。現在に至る。2021年10月の巨大かりんとうの製作ではプロジェクトの総合プロデューサーとして指揮を執った。