
森永乳業グループの一員として、流動食や栄養補助食品で医療・介護現場の栄養管理を支える森永乳業クリニコ株式会社。設立から約50年、利用者のQOL(生活の質)向上を徹底的に追求する製品力と、全国に根差した営業力を強みとしてきた。代表取締役社長の遠藤悟氏は、長年所属した森永乳業株式会社での経験を礎に、「継承と変革」を掲げ、組織を牽引する。超高齢社会が本格化する2040年の未来を見据え、同社が描くビジョンとは何か。社員一人ひとりの成長を支える企業文化とともに、その戦略の核心に迫る。
事業部長時代の経験が導いた「継承と変革」という指針
ーーこれまでの歩みと、印象深い仕事について教えてください。
遠藤悟:
1985年に森永乳業株式会社へ入社し、医療従事者へ育児用ミルクを提案する業務に携わっていました。医療現場は、製品の質だけでなく、担当者自身が信頼に足る人物かどうかが厳しく問われる世界でした。若手時代、お客様との関係作りに悩んでいた際、上司から「全員と気が合うわけではない。だからこそ、相手の良い所を一つでも見つければ、向き合うのが楽になるよ」と助言をもらいました。この「まずは相手を肯定する」という教えは、40年近く経った今も、私にとって大切な仕事の指針となっています。
中間管理職時代は、組織の力を最大限に引き出すことに注力しました。中でも、2014年から4年間務めた事業部長職は、非常に印象深いです。当初の2年間は、収益が悪化した栄養食品事業部の再建に挑みました。後半はウェルネス事業部にて、対象をシニア層まで拡大しました。グループ全体のヘルスケア事業を牽引する重要な役割を担い、組織の舵取りに邁進した時期でした。そのような経験を経て、森永乳業グループの中でも病態栄養部門を担う森永乳業クリニコの社長に就任することとなりました。
ーー社長へ就任された際、組織に対してどのような印象を抱きましたか。
遠藤悟:
森永乳業グループ内では親和性のある領域を経験してきたつもりでしたが、いざ着任してみると、独立した会社として独自の歴史や風土が根付いていることを実感しました。ただ、それに戸惑うのではなく、むしろどんな組織でも変化に対応していくことが重要だと改めて思いました。
そこで、就任後の最初のメッセージとして、継承すべきことと変革すべきことの両方を明確にしていく大切さを全社員に伝えました。伝統を守りつつ、時代に合わせて変わっていく必要があると考えたからです。
ーー具体的にどのようなことに取り組まれたのか、教えていただけますか。
遠藤悟:
継承すべきことは、社員一人ひとりが持つ誠実さや真摯さ、そして自社やその事業に対する強い誇りや愛情です。これらは素晴らしい企業文化であり、強みだと感じました。一方で、変革すべきだと感じたのは、営業スタイルです。優秀な人財が多く在籍していましたが、個人の力に頼る部分が大きく、属人的になっていました。
また、国の方針として在宅医療・介護へのシフトが進む中で、在宅市場へのアプローチも組織として十分とは言えませんでした。そこで、営業戦略を明確にするための組織改正に着手しました。2024年には、在宅市場や保険薬局などの新規販路開拓を担う専門部署として、チャネル創造推進部を設立しました。
生活の質向上を追求する製品力と営業の体制
ーー他社と比較した際、貴社だけが持つ独自の優位性を教えてください。
遠藤悟:
弊社の強みは製品力と営業力の2つです。製品力においては、単に栄養を摂取するだけでなく、利用者の方それぞれに合わせ、選べる味やラインアップを充実させることで、食の楽しみを提供することを重視しています。一方で、一般食品と比べて必要な栄養素をぎゅっと詰め込むことで、どうしても独特の風味や苦味が生じやすく、自然な味わいを再現するのは容易ではありません。そこで、森永乳業の研究部門と連携し、技術とこだわりを結集することで、おいしさと栄養価を両立させ、“続けたくなる味”を追求しています。さらに営業力においても、現場の声を丁寧に拾い上げ、製品開発や提案に反映させる体制を整えています。こうした製品力と営業力の掛け合わせにより、他社にはない独自の価値を提供できていると自負しています。
ーー製品開発において、特に大切にされていることは何でしょうか。
遠藤悟:
何よりも、利用者のQOL向上を第一に考えている点です。2025年7月に発売した粘度可変型流動食「わのか(和の奏)」を一例にお伝えします。この製品は、摂取時は液体の流動食が、酸によって物性が変わる(粘度可変する)ことで体内に留まりやすくなり、栄養の吸収が穏やかになることが期待されます。また、開発担当者がこだわった点でもある和を基調とするネーミングやパッケージは、流動食では珍しいこともあり、優しさや親しみやすさも感じるとご評価いただいております。
さらに、細やかな配慮も弊社の誇りです。たとえ意識がないように見える患者様でも、感覚は残っています。げっぷの際に風味を感じるかもしれません。そのため、流動食にも、丁寧な味付けを施しています。患者様の尊厳を守る、こうした姿勢を大切にしています。
ーー営業体制における、貴社ならではの強みや特徴についてお聞かせください。
遠藤悟:
最大の特徴は、全国各地に拠点を構え、それぞれのエリアに深く根差した活動を行っている点にあります。弊社の営業拠点は森永乳業本体を上回る規模であり、より地域に密着してお客様と向き合える体制を整えています。この体制があるからこそ、医療・介護の現場で働く方々の細かなニーズや課題を直接うかがうことができ、それを製品開発やサービス改善のフィードバックとして活かせるのです。現場との強固なリレーションシップが、営業力の源泉と言えるでしょう。
2040年超高齢社会の課題を解決する事業戦略
ーー次なるステージとして、どのような組織の未来像を描いていますか。
遠藤悟:
私たちは今、2040年を一つの重要な節目として捉えています。2040年には、日本の65歳以上の高齢者人口が約3900万人となりピークに達すると予測されています。その状況において、長年医療・介護の栄養分野に携わってきた私たちが何をすべきか、何ができるのか。すでに社内プロジェクトを立ち上げ、ゼロベースでの議論を始めています。
短期的な目標に留まらず、15年後という長期的な未来を描いています。その実現に向けたロードマップの構築こそが、経営陣の責務です。社会課題に対し、持続可能な計画を策定し実行する。これこそが、私たちが果たすべき最大の役割です。
ーー事業を拡大する過程で、特に注力される領域の可能性を教えてください。
遠藤悟:
従来の病院や介護施設に加え、在宅療養されている方々へのアプローチを強化しています。保険薬局なども、在宅の方々とつながる重要な拠点だと考えています。
また、全く新しい領域として歯科分野に注目しています。近年、リハビリテーション・栄養・口腔の三位一体の取り組みが重要視されています。弊社では、食事記録の可視化により歯科医院での効率的なお食事相談をサポートするシステムを開発し、2021年よりサービスを開始しています。この領域は他社がまだ着手しておらず、先行者として大きな可能性を秘めています。
多様な人財が輝く組織へ 社員の成長を支える企業文化

ーー社員の育成については、どのような取り組みをされていますか。
遠藤悟:
次期経営層や管理職の育成に力を入れています。会社の未来を担う人財を、計画的に育てていくことが重要です。候補となる人財をピックアップし、どのような経験を積ませるべきか、戦略的なジョブローテーションを計画しています。これまでは営業一筋といったキャリアパスが主でしたが、今後はマーケティングや管理部門なども経験させ、多様なロールモデルを創出していきたいと考えています。
ーー働く環境づくりで大切にされていることは何でしょうか。
遠藤悟:
弊社は社員の約7割が女性ということもあり、それぞれのライフステージに応じて最大限のパフォーマンスを発揮できる仕組みづくりが不可欠です。その一環として、転居を伴う異動のない「エリア社員制度」を導入し、本人の希望や育児や介護といった事情に応じて勤務エリアを選択することが可能となりました。社員一人ひとりを大切にし、長く活躍してもらえる環境を整えていきたいです。
ーーグループの環境を、人財育成にどう活用していますか。
遠藤悟:
最近、森永乳業本体との戦略的な人事交流を始めました。より広い視野を持つ経営人財を育てるためには、一度外の世界で学ぶことも大切です。弊社の社員が森永乳業本体の営業企画部や人財部等の重要なポジションで経験を積み、その知見を弊社に還元してもらう。グループの相乗効果を活かした、新しい人財育成の形です。
編集後記
森永乳業クリニコは、流動食や栄養補助食品という「食」を通じて、単に栄養を届けるだけでなく、食べる喜びや生きる活力を提供してきた。遠藤氏の言葉から見えてきたのは、製品の根底に流れる利用者一人ひとりへの深い共感と、未来の社会に対する真摯な責任感だ。2040年という明確な未来像を掲げ、歯科領域といった新たな事業の種をまき、社員の成長を支える土壌を育む。継承すべき誠実なものづくりと、未来を拓く変革への挑戦。この両輪こそが、同社を次のステージへと導く原動力なのだろう。

遠藤悟/1961年生まれ、神奈川県横浜市出身。1985年に森永乳業株式会社へ入社後、栄養食品、ウェルネス事業部長や東北支店長として活躍。2020年に森永乳業北海道株式会社の代表取締役社長、2023年に株式会社クリニコの代表取締役社長に就任。2024年、社名変更により、森永乳業クリニコ株式会社の代表取締役社長に就任。