食品メーカーは新型コロナウイルスの蔓延による経済の停滞に加え、原油価格の高騰やロシア・ウクライナ情勢の影響などによる原価高騰が追い打ちとなり、苦境に立たされている。
食品製造業生産額指数は2017年以降横ばいで推移していたが、2019年から2020年にかけて下がり、2022年には対前年比2.6%とわずかに上向いたがまだコロナ前の水準には達していない(※)
※令和2年度「食品製造業をめぐる市場経済動向」(農林水産省)より
また2020年を基準にした消費者物価指数(総合)の2022年平均は、総合指数が前年比2.5%(※)の上昇と、価格高騰が続いている。
※2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)平均(総務省統計局)
食品業界に逆風が吹く中、社会の変化に対応しようと試みるのがヤマモリ株式会社だ。同社は三重県に本社を置く創業134年の食品メーカーで今回、事業再構築プロジェクトを発足させた。
2021年から「生産性向上」や「原価低減」「社員満足度向上」「マーケティング強化」など、社内を横断した23のワーキンググループによるプロジェクト『YTA:Yamamori Turn Around(ヤマモリ・ターン・アラウンド)』を始動。
2021年3月期、コロナ禍の中でも、過去最高の売上高である単体で262億円、連結で314億円を記録した。
2022年6月にヤマモリの5代目社長に就任した三林圭介氏は、「“Be a Venture”と“凡事徹底”、この一見、矛盾しているような方針を両立することが付加価値を生む」と語る。
「名古屋と言えばヤマモリと言われるくらい認知度を高めたい」と話す三林社長の思いを聞いた。
社長就任時の苦悩
――社長交代から1年を振り返って今の心境をお聞かせください。
三林 圭介:
昨年は、まさにVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)を象徴する1年でしたね。
元々食品業界は価格変動が少ない業界ですが、新型コロナウイルスの蔓延やロシア・ウクライナ情勢の影響で原材料・包装資材・エネルギーの価格が跳ね上がり、未曾有の環境変化に対応しなければなりませんでした。
まだ新型コロナウイルスが収束していない中で社長を交代し、陣頭指揮を執ることになり、まさに困難の連続となった1年でした。
環境変化に適応できる組織能力を構築する必要があると常々思っていまして、“Be a Venture”と“凡事徹底”という2つの行動指針をメインに掲げて2年前からYTA(ヤマモリ・ターン・アラウンド)を始めたんですよ。
ヤマモリは創業から134年経つ老舗企業ですが、様々な挑戦をし続けてきたのです。そこで、「ベンチャーマインドを持ってこの劇的な環境変化の中に飛び込んでいこう」という思いを改めて共有しようと、意識改革に挑戦してきました。
一方で食品メーカーにとって凡事徹底こそが最も重要であり、たとえば、2020年の8月頃から私が提唱したのが、社会の変化に柔軟に対応するための「工場のフレキシビリティの向上」でした。
例えば、今回のコロナウイルスの蔓延によって当社の商品の需要が増え、一時的に生産を拡大しましたが、今は巣ごもり需要も落ち着いてきました。
このような外部環境の変化に柔軟に対応するため、生産・営業・マーケティング・R&Dが一体となって変化に適応するための組織作りについて考え抜いてきました。
環境変化に適応していくためにビジネスの凡事徹底を行いながら挑戦をしていく、つまり相反するものを組み合わせることによって他社が簡単に真似できないような付加価値を生むということですね。
――新しい取り組みを進めたことで、数字上の成果や従業員の方々の行動変化などはあったのでしょうか。
三林 圭介:
実際に一昨年の営業利益率は業界平均と比較しても遜色ないレベルと言える数字まで改善しましたし、生産性向上の効果が出ていると言えますね。
みんなが頑張ってくれた結果これだけパフォーマンスを上げられたっていうのは、組織能力が上がってきたことの証だと思います。
外部環境にどう適応していくかも大切なところですが、持続的な競争力を獲得するためには内部資源と自社の強みの戦略的管理が重要であり、これらはジェイ・B・バーニー教授が提唱したVRIO分析のフレームワーク(経済的な価値、希少性 、模倣可能性、組織)を参考にしました。
私がこの考えに出合ったのは20年ほど前の大学院時代でしたが、自社の経営資源における強み・弱みを把握する考え方は、急激な外部環境の変化や価値観の多様化に対応するための迅速な意思決定を行う上で、先行きが不透明なこの時代にもマッチしていると感じました。
またYTAで始めに行ったのが、到達できそうな目標を掲げるのではなく、まず目指すべきゴールを決め、目標を達成するために今の課題解決をするというアプローチ方法に変えたことです。
――食品メーカーでは安定志向の企業が多く、思い切ったチャレンジをしているところがあまりないように感じます。今回の目標設定の変更は大きな変革だったのではないでしょうか。
三林 圭介:
この目標変更への対応は私だけではなくて、三林会長、三林(憲)副社長や前田常務も同じ熱量で推進してくれましたね。
会長と私が“Be a Venture”担当で、常務と副社長が “凡事徹底”を意識した多様性のある経営チームですが、一枚岩となり、全社の意識改革に向けて取り組んできました。
会長は社長歴40年を誇る経営の超プロフェッショナル。副社長は味の素、常務は三菱UFJ銀行での勤務経験があり、2人もマネジメントや仕組み作りに貢献してくれ、リーダーシップも発揮してくれる頼もしい存在です。
会長・副社長・常務と一丸となって経営陣の本気の思いを伝えるプロモーションビデオを流したり、YTA合宿を行ったりして社員の団結力を強めてきました。
会社を存続させるにはもっと利益率を高めなければいけない、そのためには強い組織構築が重要だということを社員に繰り返し訴えてきました。
今は常務が営業&マーケティングカンパニー本部長として営業改革を進めていて、営業を強くしていこうと動いてくれています。
私が今後やらなければいけないのはマーケティング戦略やグローバル戦略を立て、組織改革を行っていくことですね。加えて、生産についてもっともっと勉強しなければなりません。
今はYTAの各チームごとの取り組みについて発表会を毎月行っていて、まずは全社的な意識改革と生産性向上を図っていますが、それができた次のステージとして、より付加価値の高いブランド構築や商品開発に着手し、バリューアップを図るという戦略について話しています。
つまり、YTAをベースとして、ここから競争力を上げて付加価値を高めていこうとしています。
経営者になることを意識し始めた時期
――もともと経営者になることは意識なさっていたのでしょうか。
三林 圭介:
20代後半からいずれ経営者になりたいと考えていました。そこで、社会人を一定期間経験した人を対象とした経営大学院に行きました。
当時は“失われた10年”と言われていた経済低迷期で起業するには厳しい時代だったのですが、根拠もなくいつかは社長になるだろうと思っていましたね。
大学時代には自分でサークルを立ち上げて大きくしていったので、組織を作って仲間を率いる志向はあるかもしれません。
私の仲間でベンチャー企業を起業している人もいましたし、周囲に経営に携わっている人が多かったことも影響し、博報堂に入社してからは社内ベンチャー制度を利用してグループ会社を自分で起業しようと思ったこともありました。
私が以前勤めていたトヨタ自動車は社会的に確立した組織であり、また博報堂時代に担当していた大手IT企業は日本で一番のベンチャーと言える会社だったので、それらの文化や仕組みを間近で見てきたのも良い経験だったと感じています。
社内の反発もあった意識改革
――YTA発足後この3年間で目標達成に向けてチャレンジしようという文化がさらに強まったように見受けられます。
三林 圭介:
老舗企業の改革ということで剛腕を振るうような推進をしてきましたが、器用な経営者ならばもっと違うやり方もあったのではないかなと、今振り返ると自分自身の未熟さを感じています。
ただこの3年間、経営陣をはじめ、社員一人一人が頑張ってくれたおかげでベンチャーマインドが浸透しつつあると実感しています。
――組織改革をするとどうしても反発が生じると思いますが、社長が剛腕を振るったのが結果的に良かったように感じます。
三林 圭介:
百年以上もの歴史がある会社を経営するのは本当に難しいものです。
それでもなんとか社員の人たちに理解してもらえたのは、YTAをはじめとするマーケティングに関する挑戦や生産性向上等、会長が私の考えを理解した上で伴走してくれたからだと思っています。
当然、私のやり方に異なる意見を持つ社員もいたでしょうし、そうあるべきだとも思います。
それでも、おそらく会長は同じ目標を追ってもらうため、異なる意見を持つ社員とも対話を重ねていたはずです。それによって、少しずつ改革を推進できた部分もあり、会長にはとても感謝しています。
経営者にとって必要なマインド
――これまでの経験を踏まえて大切にしている学びや考え方を教えてください。
三林 圭介:
「喜びは人の為ならず」という言葉を10代後半~20代前半の頃に考え、それを座右の銘として大切にしています。
「人の為にしたことが結果的に自分に返ってくること」を表す「情けは人の為ならず」という言葉とは少々異なり、単に自分がやったことに対して人が喜んでくれたら嬉しいと感じるからです。
先日、ベトナム出張に行った時にも現地の人々の生活に触れ、彼らがおいしいものを食べて幸せになったら私も嬉しいなという想いが込み上げて、やはり、「喜びは人の為ならず」が気持ちの根幹にあることを実感しました。
経営的な観点では、アカデミックな世界で学び、社会人としていろいろな経験を積んできましたが、会社を経営するには常に考え方をアップデートしていかなければいけないと感じています。
YTAの意識改革を考えるために参考にした稲盛和夫さんの本を読んだ際、自分は中小企業を経営していることがわかっていなかったと気付かされました。今は社長を1年やって、そこをもっと理解しなければならないと強く思っています。
それまで成功ノウハウをそのままインプットしたら他社と差別化できると思っていたのですが、違った価値観を持った社員のことを理解できていないと意味がないんですよね。もっと言えば、私が食品製造業の価値や製造プロセス、勤務実態などの本質を勉強し、そこで働く社員の考えや価値観をもっと理解することが一番重要です。
そこからは自分のやり方を見直し、だめだったら反省をして改善する、といった繰り返しですが、自分たちの置かれている環境や社員の思いを理解した上で事業を進めるよう意識しています。
また、父から経営の参考になればと渡されたのが、荻生徂徠氏が『政談』に記した言葉なのですが、今の時代の経営者にも当てはまりますね。
あと会長からよく言われるのが、型を守りながら新しいものも取り入れ、独自のものを生み出す「守破離」の考え方で、これが本質であり一番効率的なのだと最近ようやくわかるようになってきました。
ヤマモリの強みと今後の課題
――貴社の強みやこれから力を入れていきたいことについてお聞かせください。
三林 圭介:
私たちの強みは老舗ながらの「様々な挑戦をしてきた歴史」「多様かつ大量の商品を製造してきた事実」「圧倒的な量を誇るレシピのデータベース」「高いレベルの品質管理力」「醤油醸造などに関する研究開発力」と、40年近く前からタイに製造販売拠点を持っていることです。
一方でマーケティングにおいてデザインは重要です。パッケージや広告をはじめとする制作物が、私たちのブランドとの接点となります。それらに対する印象の蓄積によって、ブランドが構築されるのです。
ヤマモリは名古屋では相応の知名度がありますが、BtoB向けの商品が多く全国的にはあまり知られていません。そのため、強みを生かした自社ブランドを増やし、ヤマモリの認知度と認知の質を高めていきたいと考えています。
ヤマモリの今後の展望について
三林 圭介:
今は“エンターテインメント”と“健康”という2つのコンセプトで商品開発を進めています。
また、消費者の特性に合った商品を提供する一対一のマーケティングをするために、会員獲得にも注力しているところです。
それに加えて工場のDX化も図っていかなければいけないと思っています。
そして何よりも食品製造業の本質をもっと理解しなければなりません。
一緒に働いてくれる仲間が何を考えているのか、どんなことを思っているのかを理解した上で、
コミュニケーションを深めていく必要があることを痛感しています。
編集後記
不安定な社会情勢の中、義理の父親である先代から経営のバトンを引き継いだ三林社長。「このような状況で、どのようにリーダーシップを発揮するかが問われてきましたが、これも経営者としての通過儀礼だったのでしょう」と語る。
日本を取り巻く世界情勢は刻一刻と変わり、需要も大きく変動する。基本を徹底しながら新たな挑戦を続けるヤマモリ株式会社の今後に注目だ。
三林 圭介(みつばやし・けいすけ)/1975年11月11日生まれ。名古屋大学経済学部経済学科を卒業し、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院単位取得。トヨタ自動車、博報堂を経てヤマモリに入社し、社内を横断した23のワーキンググループによるプロジェクトYTA:Yamamori Turn Around(ヤマモリ・ターン・アラウンド)を始動。2022年6月に5代目社長に就任。