2023年における日本国内の新車販売全体に占める電気自動車(EV)の割合は2.22%(自動車販売会社の業界団体が2024年1月に発表)。これは統計をさかのぼれる2009年以降では最高の数値であり、電気自動車は今後市場が拡大する注目分野の一つだ。
ユビ電株式会社は、そんな電気自動車の充電サービスを設置・運営する会社で、ソフトバンクの社内起業制度をきっかけに立ち上がった。同社の代表取締役、山口典男氏に、電気自動車事業の魅力や今後の展望を聞いた。
これまで挑戦してきたからこそ分かる学びと社員への思い
ーー会社員時代の印象的なエピソードと社長就任後の思いを聞かせてください。
山口典男:
私は学校を卒業して最初に就職したKDD研究所ではエンジニア、研究者として従事していました。KDDがDDIに買収されKDDIになった年にKDDを辞め、日本ヒューレット・パッカード(現日本HP)でのコンサルタント業を経て、2006年にソフトバンク(当時はボーダフォン)に移り、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)事業の責任者となりました。会社を移る度にそれまでとはまったく違う世界に入っていくことは新鮮な体験の連続でした。もともと新規事業を企画立案するのも好きだったので、結果的にこの変化は私にとって良い体験となりました。
実際、研究者として働いていたころは上司や同僚からは「事業企画や営業に向いている」と言われ、事業側に移った後はそこでの同僚や先輩からは「研究者みたいだ」と言われるようなどっちつかずなところがありました。転職しながら経験を重ねる中、自分が何に向いているのかを理解するためには、自分の企画に自ら挑戦するのが一番だということが分かりましたね。
現在は経営者として日々精進していますが、私自身、会社員生活が長かったこともあって会社員として働く心情が分かります。自分が経営の側に立った今、その経験をもとに私なりに「働きやすい」環境をプロデュースしていきたいと考えています。私がつくったスタートアップの会社の趣旨に賛同して入社してくれている社員たちの人生を大切にしたいという思いが強いのです。
人生の大切な時間を弊社に使ってくれているわけですから、会社が成果を上げたら還元し、社員たちが「この会社に来て良かった」と思えるような環境を提供したいと思っています。
通信業界の変革から着想を得たビジネスモデル
ーー事業内容について教えてください。
山口典男:
電気自動車充電サービス「WeCharge(ウィーチャージ)」をマンションの駐車場などに設置・運営しています。
私は通信業界に長年居た経験から「固定電話から携帯電話に移行したときの革命的な変化を、エネルギー業界に活用できないだろうか」と思い、弊社を立ち上げました。
たとえば、固定電話は距離が遠い場所に電話をかけると費用が高くなりますが、それに対して携帯電話は誰に電話したかで料金が変わります。このように通話という概念とその料金体系が根本的に変化する現場に私は居ました。
エネルギーの業界に応用すると、単純に電気の使用量で料金を決めるのではなく、電気は「誰がつくり、誰が運び、誰の何にどのくらい使ったのか」という単位を用いればいいという結論になります。ただ、この考えを適用して事業化できるような分野がなかなか見つかりませんでした。
そのような中、運よく電気自動車の普及が始まりました。電気自動車は私が持っている家電の中で最も電気を消費します。しかもその家電は家の外にある。走り回る。つまりエネルギー需要はよりダイナミックになっていくのです。
そんなエネルギーの使い方の転換期に、私のアイデアを活用できると考え、具体的な事業として、電気自動車の充電サービスを始めたというわけです。
ーー電気自動車にはどういったメリットがありますか。
山口典男:
電気自動車を利用しない方の中には「チャージスポットが少ないから」という理由を挙げる方も少なくありません。しかし、自宅でチャージすればゆうに1日もつため、わざわざ出先で充電する必要はほとんどありません。つまりまだ電気自動車を日常の乗り物として使ったことがない人が、「不便だ」と想像しているだけなのです。
私も毎日の通勤や休日のレジャーに電気自動車を使っています。夜自宅のコンセントで充電して使っていますが、全く問題なく使えています。それ以外に特殊な事例として、離島や山奥などガソリンスタンドが無いか少ない場所に住む人にとっては、自宅で充電できる電気自動車は非常に使い勝手が良いと言われています。
ーー貴社の強みは何でしょうか。
山口典男:
消費者の視点を持ち、実用的でリーズナブルなサービスを提供していることです。弊社では、社員の7割が電気自動車を所有し、日常的に利用しています。どうすればより良い充電サービスをつくれるのかフィードバックの機会も設けています。電気自動車の購入代金は、会社が一部補助しています。
また、弊社の充電サービスには無駄なものが付いておらず、堅牢性が高く丈夫で長持ち、シンプルでリーズナブルというのも大きな強みです。それだけではありません。IoT技術を用いた充電設備とクラウドとの接続に関するテクノロジーの秀逸さもさることながら、クラウド上に人工知能を配置して充電の最適化を行うなど、最先端のテクノロジーをさり気なく実装しています。これは人工知能の応用研究をしていた私の経験と、弊社の優秀な研究員および技術者の努力の成果です。それがお客様のニーズを満たすことにつながっています。
社員が成長できる場をつくることが経営者の役目
ーー今後の展望について教えてください。
山口典男:
社員が自身の成果をより発揮しやすい環境づくりに力を入れたいと思います。多様性を受け入れ、リラックスした環境で成果を上げる、それが会社の成長、成功につながります。変化のスピードが速い市場だからこそ、自由度が高いことが大切だと考えています。
電気自動車はまだ黎明期であり、電気自動車がある生活というものをよく知らないまま、充電環境をどのように整えるかを立案しなくてはならない方もよく見かけます。私たちは弊社が提供できるソリューションについて説明する以前に、電気自動車がある生活の実感を伝えていく役割も担っていかなくてはならないと考えています。
私たちの事業はパッと売れてすぐに利益が得られるわけではありませんが、近未来の生活においては非常に重要な位置を占めるようになると、その将来性を確信しています。私たちはこの事業領域で誠意をもって邁進していきたいと考えています。
編集後記
山口社長からは「成長の機会を与えたい」など社員について触れる言葉が多く、ともに働く仲間を大切にしたいという優しい人柄が伝わってきた。
今後はAIの分野にも力を入れていきたいとのこと。成長が期待される電気自動車分野での同社の活躍が楽しみだ。
山口典男/1987年より株式会社KDD研究所(現株式会社KDDI総合研究所)および本社開発部門にて分散オブジェクト技術、人工知能の応用研究に従事。2001年より日本ヒューレット・パッカード(現株式会社日本HP)で新サービス構築コンサルティングに従事。2006年ソフトバンク株式会社にて事業責任者としてディズニーモバイル立ち上げに成功。その後、社内起業制度(コンテスト)にて「ユビ電」の事業プランが優勝。特許多数取得。長年の試行錯誤を経て2019年4月より、ユビ電株式会社を創業する。博士(システム情報科学)。