1788年に履物問屋として創業した宍倉株式会社は、味噌や醤油の醸造やホームセンターを経て、食品スーパーマーケット事業を展開する老舗企業だ。同社で改革に挑戦しているのが、2024年3月から代表取締役に就任した伊東建介氏。同族経営で歴史を歩んできた同社に外部から入り、さらに次の100年、200年先にも続く企業となるべく改革を進めている。改革にかける思いについてうかがった。
老舗企業として300年続く企業としてふさわしい店舗づくりを
ーー社長就任のきっかけは何ですか?
伊東建介:
私は社長に就任するまで、スーパーマーケットの経営には携わったことがありませんでした。大手都市銀行の海外支店などで経験を積んだのち、メーカーの海外展開推進や事業再生、経営などを手掛けてきました。そんな折にご縁があったのが、宍倉株式会社です。8代目のオーナーに、次期経営者として力を貸してほしいとお話をいただきました。オーナーの「300年続く会社に」という言葉に共感して参画させていただくことになりました。
ーー現在の事業内容についてお聞かせください。
伊東建介:
現在は、スーパーマーケット「LEO(レオ)」「主婦の店」など、合計5つのスーパーマーケット経営を手掛けています。時代の変化とともに大手スーパーマーケットやドラッグストア、コンビニエンスストアなどがどんどん郊外に進出し、地方でも小売店の競争が激化しており、結果的に特色のないスーパーは淘汰されてしまう危機にさらされています。
ーーまさに、市場環境が変化していますね。貴社が打ち出す今後の施策はどのようなものですか?
伊東建介:
スーパーとしての個性が大切です。「LEO」は、価格訴求型のスーパーマーケットです。また「主婦の店」は、ジェンダー平等が進む現代において、店舗名そのものが時代に合っていません。そこで、店舗ブランドを1つに統合し、改革していく方針を打ち出しました。これを皮切りに、300年続く企業にふさわしい店舗づくりに取り組んでいます。
ーー新ブランドのコンセプトは何ですか?
伊東建介:
価格で集客するのではなく「あの店に行くとなんだか楽しいよね」という体験の魅力で集客できる店舗づくりを目指しています。店舗名は、「Carney’s(カーニーズ)」。お祭りという意味のcarnivalという言葉をもとにしています。
弊社が出店しているエリアは、価格の安さで勝負する店舗が多い地域です。あえてレッドオーシャンでは勝負せず、価格以外の体験を大切にしていく店舗づくりが「Carney’s」の戦略です。また、インターネット通販も大きな競合ですが、インターネット通販には店舗ならではのエクスペリエンス(経験や体験)がないため、差別化の活路があると見ています。
体験価値提供の支えとなるのは「人」の力
ーー今後の店舗展開はどのような構想をお持ちですか?
伊東建介:
多店舗展開をすることよりも、一つひとつの店舗づくりをじっくり行いたいと思っています。まずは「Carney’s」を5年かけて定着させ、ブランド認知度を高めること。良いイメージを定着させなければ、多店舗展開など次のステージはありません。「価格」ではなく「体験」で差別化を図るには、やはりそこで働く「人」という側面から経営改革をする必要があります。
ーー「人」を中心とした経営改革とはどのようなものですか?
伊東建介:
「Carney’s」は商品ではなく、サービスで勝負する店舗にしたいと思っています。スーパーマーケットはレジ係以外の従業員はほとんどお客さまに背を向けて仕事をしておりますが、これが当たり前という意識から「スーパーマーケットは小売業ではなくサービス業だ」というマインドに変えていきたいと考えています。
店員とお客さまが「今日はマグロが美味しいよ」「昨日のあの食材どうだった?」といった会話ができるような店舗になれば、他のスーパーとの大きな差別化ができるはずです。
ーーそのためには、従業員の意識改革も重要ですね。
伊東建介:
そうですね。そのため、今後の採用計画も大きく変えていきたいです。今までの採用ではスーパーマーケットでの勤務経験などを聞いてきましたが、これからは接客業経験も重視していくつもりです。また、組織そのものも変化が必要です。これまでは文鎮型組織で、自分で考えて行動できる人材が育ちにくい環境にありました。接客は「自分で考え、自ら行動する」ことが強く求められるため、今後はそこからの脱却を目指していきます。
オーナー企業には、意思決定スピードが速いという良い面がある反面、自分で考えて行動できる人材が育ちにくいというリスクが伴います。300年続く企業を目指すには、一人のリーダーに依存する文鎮型組織を抜け出し、各分野、各階層から次のリーダーが育ってくるような環境と組織にしていく必要があるでしょう。
ーー組織変革する上で具体的にどのような取り組みをしていますか?
伊東建介:
本部組織では、デジタルマーケティング人材を採用しています。おかげさまで大手IT企業に勤めていた人材もたくさん集まってきました。また、人事制度も大きく変えるべく、変革を進めています。人事評価がオーナーの一存で決まるのではなく、パートさんを含めた社員のみんなの努力が報われるような人事評価制度を構築しようとしています。
他にもアドバイザリーボードとして、各分野のプロフェッショナルを副業や兼業という形で受け入れています。作業の平準化やバイヤー育成・レシピ開発など分野は多岐にわたり、「テック&タッチ」を改革のキーワードに、DXも進めています。
テックは「テクノロジー」、タッチは「ヒューマンタッチ」を意味しており、テクノロジー一辺倒ではなく、人と人とのつながりや、地域とお客さまとのつながりが今後の大きな武器になると感じています。
老舗企業として守ってきた変わらぬ価値観を次の世代へ
ーー大きな改革を進める一方で、変わらない価値観もありますか?
伊東建介:
宍倉株式会社は創業237年の老舗企業です。業種は履物問屋に始まり、味噌や醤油の醸造、ホームセンターなどとその時代に合わせて変遷を繰り返してきましたが、「地域の人々に必要と思われる存在でいつづけること」という基本となる考えは一貫して不変です。今回、スーパーマーケットのブランドを大きく変えたとしても、この基本的な考え方は今後も変わりません。
ーー最後に今後の抱負をお聞かせください。
伊東建介:
私が常に考えているのは、従業員が主役の経営です。どんなに素晴らしい経営計画やビジョンを掲げても、従業員一人ひとりがやる気にならないと意味がありません。従業員の皆さんが「Carney’sで働くのは楽しい」「Carney’sに勤めて本当に良かった」と思ってもらえることが顧客満足度を高める第一歩です。
だからこそ、私は従業員満足度ファーストの企業経営を目指しています。今進めている改革は、短期的に見れば慣れないやり方に戸惑うことも多いかと思いますが、長期的な視点に立てば、それは全ての従業員の幸せとして戻ってくるものだと信じています。
編集後記
次の100年をつくるための経営改革に乗り出した伊東社長。従業員ファーストを掲げながら「外部からの視点を持っているからこそ、できることがある」と話すその姿からは、老舗企業への敬意と、伝統を守りたいという強い意志が感じられた。
伊東建介/1965年神奈川県生まれ。慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了。1988年に住友銀行(現:三井住友銀行)に入行。国際業務部、サンフランシスコ支店などにて勤務の後、日本山村硝子株式会社に入社。海外展開を推進。その後はファンドの投資先での事業再生や、外資系オイルメーカー日本支社の副代表、欧州人材会社日本支社の役員などを歴任。2024年から宍倉株式会社の代表取締役社長に就任。