ライフスタイルの多様性によって、ちくわなどの練り製品が再注目され始めている。2021年の農林水産省の統計によると、水産物加工品の生産量は約143万トンであり、そのうち練り製品は約48万トンと、全体の約3分の1を占める。ちくわやかまぼこなど、家庭でお馴染みの水産練り製品でトップシェアを誇る株式会社紀文食品の代表取締役社長である堤裕氏に、食に対する考え方や、今後の展開についてうかがった。
仕事の楽しさを知り、がむしゃらにやってきた結果、社長に就任!一貫して行ってきた仕事術とは?
ーー入社のきっかけと、入社当時の印象的なエピソードを教えてください。
堤裕:
大学のゼミの先生が、弊社の顧問をしていたことがご縁となり、入社しました。事業内容などあまり詳しく知らないままでしたが、先生に強く勧められ、「それならば」と決めました。
入社してからは、まず、名古屋の百貨店にあった直営店で勤務しました。お客様に購入していただくためには、開店3時間前から商品をきれいに並べることが重要だと学びました。見せ方も大切だということを実感した貴重な経験でした。
ーー今までで一番楽しかった仕事は何ですか?
堤裕:
入社して3〜4年経った頃に経験した、マーケティングや商品開発です。
全国展開している弊社の商品が、地域ごとに異なる嗜好に合わせて工夫されている点が面白かったですね。たとえば、ちくわに関して言うと、東京では黒の墨文字で「竹笛Ⓡ」という商品名を書いた透明パッケージの商品を販売していますが、名古屋では赤文字で「ちくわ」と記載し、和紙で高級感を出したパッケージの商品に変えることで売り上げが向上したのです。この経験から、マーケティングの醍醐味を感じました。
この頃から、自分の業務が売り上げに影響することが楽しく感じられ、仕事に没頭するようになりました。
ーー社長に就任するまでの経緯を聞かせてください。
堤裕:
2001年、沖縄への出向から東京に戻った後のことです。当時、本社ビルは銀座7丁目にありましたが、諸事情により新たなビルを探さなければならない状況でした。ちょうどそのタイミングで、総務本部長に就任しました。
ビルを探し始めてから実際に当時の本社ビルを出るまであまりスケジュールの余裕がありませんでしたが、前会長が望んでいた1棟貸しの物件(現在の日の出オフィス)を1年以内に見つけ無事に移転することができたのが大きな転機でした。その後、役員に抜擢され、秘書室に異動しました。創業者である前会長をサポートし、亡くなるまで側で仕事をさせていただいたことが、社長就任につながったのではないかと思います。
ただ、私は何も特別なことを行ったつもりはありません。その時々で、目の前のことにがむしゃらに取り組み、手を抜かず、一つひとつ結果を出してきたことが、今につながっているのでしょう。
時代とともに変わる食べ方と、食の広がりを見てきた紀文食品の考え方とは
ーー貴社の取り組みについて教えてください。
堤裕:
弊社は、練り製品のイメージが強いかもしれませんが、総合食品グループになりたいと考えています。もともと築地場外市場の問屋として、全国から珍味や魚を集めて販売してきましたが、それ以外にもおいしいものをつくり、販売してきた歴史があります。
弊社のミッションは、「すこやかなおいしさ」を提供することです。練り製品は、まだ「食材」の域を出ていないと感じたことから、手軽に食べられる商品や、子どもにも喜ばれるキャラクターかまぼこなどを開発しました。ジムに通う男性にも人気のちくわやオリジナルのかに風味かまぼこ「したらばⓇ」など、片手で食べられる商品も好評です。
また、健康志向の方には「糖質0g麺」を開発しました。おからパウダーとこんにゃく粉を使用し、カロリーや糖質を気にせず食べられる商品です。このように、ターゲットやライフスタイルの多様化に合わせた食の提案を行っています。ただし、どんなに健康を意識していても、おいしくなければ続かないので、その点にはこだわりを持っています。
ーー社長が考える会社経営の理念とは何ですか?
堤裕:
前会長から、「世の中の役に立つ会社でなければ成功しない」と言われ続けてきました。会社として社会の役に立ち続けるためには、社会の変化に対応しながらも、創業時の理念や考え方を継続することが重要だと思います。
弊社には「企業は『人』だけ」という考え方があります。会社の財産は、同じ方向に向かって進む人材です。どんな事業を担当しても、社会をより良くする気持ちを持った人と一緒に働きたいと考えています。
2038年、創業100周年を見据えて今できることを考える。会社と日本の食の未来。
ーー3〜5年の中長期計画について教えてください。
堤裕:
2021年4月に、東証一部(現プライム)に上場しました。それにより、自分たちがやりたいことだけではなく、株主や社会の皆様から望まれていることをやらなければならないという思いを強くしました。また、基本的には会社を成長させていかなければならない。これが、根本です。
2038年、弊社が創業100周年を迎える際には、売上2500億円、営業利益175億円という、現在の2.5倍の目標の達成を目指しています。そのために逆算しながら、「成長戦略の推進と新たな価値創造」「資本効率の改善」「経営基盤の整備」の3つを進めていきます。
ーー社長ご自身の夢を教えてください。
堤裕:
日本には、和の心を大切にする文化があります。この良さを、食品を通じて世界に発信したいと考えています。また、食事は味だけでなく、家族や友人との大切な時間や空間として思い出に残るものです。これからも人々の心に残る食体験を提供し続けたいと思います。
編集後記
常に忙しくしている私たち現代人は、ファストフードやコンビニのおにぎりなどで済ませることも多いが、栄養価が高い練り製品は、手軽さと健康志向が同時にかなえられ、しかもおいしく味わえる。日本食の新たな可能性に向けて、さまざまな挑戦を続ける紀文食品は、日本の豊かな食文化を世界に広めてくれることだろう。
堤裕/1956年、静岡県出身。1980年、慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社紀文(現株式会社紀文食品)入社。取締役総務本部長、常務取締役マーケティング室長、取締役兼専務執行役員秘書室長などを経て、2017年、代表取締役社長に就任。