※本ページ内の情報は2025年6月時点のものです。

創業から100年以上にわたり、日本のコーヒー文化を牽引してきたキーコーヒー株式会社。現在は、コーヒーの製造・販売だけにとどまらず、小規模生産者支援やコーヒー文化を後世に継承するための取り組みなど多角的に事業を推進している。今回は、2030年までに目指す姿として掲げたメッセージ「珈琲とKISSAのサステナブルカンパニー」や、「心にゆたかさをもたらすコーヒー文化を築いていこう。」という企業理念に込めた思いなどについて、代表取締役社長の柴田裕氏に、話をうかがった。

コーヒー業界に興味を持つきっかけとなった農園訪問

ーーキーコーヒー(当時:木村コーヒー店)に入社した経緯を教えてください。

柴田裕:
もともとは外国と接点のある仕事がしたいと思い、海外展開している企業への就職を考えていました。そんな中、当時の社長である父から、インドネシア・トラジャ地方にある弊社の直営農園を見てくるよう勧められました。

直営農園の視察ではコーヒー豆の栽培過程に加え現地の社員や生産者の様子を見ることができました。中でも印象的だったのは、コーヒーの栽培が発展途上国の支援につながっていると知ったことです。農園を運営することで雇用を生み出し、利益の一部でインフラ整備を行っており、父の会社が単にコーヒーを売っているだけではなく、現地の方の生活を支えていることに気づきました。それがきっかけで、弊社の事業に興味を持ち始め、そして入社を決意しました。

ーー入社後はどのような経験を積まれたのですか。

柴田裕:
購買部門や営業部門などで、さまざまな業務を経験しました。30歳のときにはMBA(経営学修士)を取得するため、大学院へ進学。当時、弊社は上場を目指しており、MBAを持つ人材が社内にいた方が良いということで進学を決めました。

入社から10年目に取締役に就任するのですが、大学院で企業理念を軸に経営を行うパーパス経営などについて学んだことが、経営者になってからも活きています。経営者目線で仕事をするようになってから意識が変わり、販路を拡大し、より多くのお客様に商品を訴求しようと考えました。そのために、コーヒーマシンを導入いただいた企業様のオフィスでコーヒーの販売会を毎月開くなど、接点を広げることに注力しました。

自社商品のファンから意見を集めるための施策

ーー社長就任後の取り組みについてお聞かせください。

柴田裕:
38歳のときに社長に就任したのですが、特に力を入れたのが、株主の数を増やすことです。

食品会社の場合、販売している商品のファンが株主になるケースがほとんどです。そのため、株主になった方々から「近くのスーパーに商品が置かれていない」「商品の魅力が伝わるパッケージに変えた方がいい」など、貴重なご意見を伺うことができます。つまり、株主を増やすことはマーケティング調査につながると考えたのです。

多くの方に投資先として興味を持っていただき、株主になっていただきたい。そして、株主になった方々とは対話を深めていきたい。そのためにはどうすれば良いか。さまざまな試行錯誤を行いましたが、代表的なものとして株主総会の雰囲気を変えたことが挙げられます。

従来、株主総会といえば「会社主導型・対決型」が世の主流でした。私たちは2000年代初頭に生まれた「開かれた総会」を参考に、株主総会を株主参加型のオープンな場にしようと考えたのです。会場でのコーヒー提供や会場限定チャリティセールを実施するなど、話題のきっかけづくりになる施策を試みました。

すると、以前と比べて株主総会が和気あいあいとした雰囲気に変化しました。こうした株主とのコミュニケーション強化を続けた結果、株主数は約1万2千人から現在5万人を突破し、効果を実感しています。

ーー他に行った施策についても教えていただけますか。

柴田裕:
企業理念の改定です。創業時から掲げていた企業理念は、「コーヒーを究めよう。お客様を見つめよう。」「そしてくつろぎのひとときを提供しゆたかなくらしづくりに貢献しよう」でした。この後半部分を「そして、心にゆたかさをもたらすコーヒー文化を築いていこう。」としました。

創業当初、コーヒーは生活者にとって憧れの存在でしたが、100年の月日が経った今では、コーヒーは私たちの生活に定着し、飲用シーンも多様化しています。コーヒーは“ただ、飲むだけ”の存在ではなく、その周辺にある人々の営みや文化に思いを馳せるものになっています。コーヒーをとりまく環境や喫茶文化にも目を向けてほしい。心がゆたかになるような時間を過ごしてほしい、という思いを込めています。

コーヒーに情熱を持ち、コーヒーに真摯に向きあう

ーー貴社の強みや他社との差別化ポイントをお聞かせいただけますか。

柴田裕:
創業から100年を超える歴史は大きな強みです。看板に「キーコーヒー」のロゴを掲げる喫茶店は多く、中高年層を中心にさまざまな世代の方に認知をいただいています。また、企業理念に掲げている「コーヒーを究めよう。」も差別化のポイントです。「コーヒーを究めよう。」という言葉通り、社員一人ひとりにはコーヒーのプロであってほしいと考えています。

そのための教育の一環として、弊社では毎朝コーヒーの風味を確認するためのカップテスト(試飲)を実施しています。一日の始まりに社員が多目的スペースに集まり、コーヒーを試飲する姿はコーヒーの総合企業ならではの光景かもしれません。また、研鑽の時間としてだけではなく、普段は接点のない部署間のコミュニケーションの場にもなっています。

ーー貴社を取り巻く状況を教えてください。

柴田裕:
コーヒーの楽しみ方は、家庭でも店舗でも多様化が進んでいます。家庭では、出勤前に簡易抽出型やインスタントのコーヒーを利用する方も、休日にはハンドドリップしたコーヒーをゆっくり楽しんでいる。このようにシチュエーションごとに使い分けをする人が増えています。

また、店舗に目を向けると、傾向は二極化しています。セルフスタイルにして人手を減らし、価格を抑えるお店もあれば、高品質な商品とサービスを売りにしたフルサービスのお店もあります。コストパフォーマンス重視派とクオリティ重視派の、両方の動きが見られます。弊社は、生活者や社会のスタイルの変化に柔軟に対応し、ニーズに合わせたさまざまな活動を展開していきたいと考えています。

ーー貴社ではどのような人材を求めていますか。

柴田裕:
コーヒーが好きな人です。ひと言で「コーヒーが好き」と言っても、その形はさまざまです。生産国や栽培に興味がある人、淹れ方にこだわる人もいます。また、飲むことや、コーヒーを傍らにおいて会話を楽しむことが好きな人もいるでしょう。どのような形であれコーヒーに情熱を持ち、コーヒーに真摯に向き合える人を求めています。

喫茶文化を次世代に継承していきたい

ーー貴社の今後のビジョンをお聞かせください。

柴田裕:
私たちは2030年に向けて「珈琲とKISSAのサステナブルカンパニー」というビジョンを掲げています。

コーヒー業界ではいま、「コーヒーの2050年問題」という課題があります。世界のコーヒー生産量の約6割は「アラビカ種」というコーヒーが占めています。アラビカ種は香味特性に優れているのですが、気候変動に弱いという特徴があります。そのため、昨今の気候変動の影響から、2050年にはアラビカ種の生産地が半減すると予測されています。そこで私たちは、2022年にサステナブル活動を推進する専門部署「コーヒーの未来部」を立ち上げました。

この部署は研究所や調達、商品開発部門などの社員で構成し、私が部門長を務めています。現在は国際的なコーヒーの研究機関であるWorld Coffee Research(WCR)と協業し、気候変動や病害虫への耐性を持つコーヒー栽培の研究に協力中です。

ーーコーヒーの小規模生産者の支援にも注力しているそうですね。

柴田裕:
小規模生産者支援の一環として、2024年には環境省から「気候変動に脆弱な小規模コーヒー生産者の明るい未来提案業務」を受託しました。

具体的には、アラビカ種コーヒーの原産国であるエチオピアへ社員が訪問し、コーヒー栽培において気候変動がどのような影響を与えているかを調査しました。その結果をもとに気候変動に対応できる栽培方法を提案。現地の関係団体や小規模生産者にお伝えしました。

ーー「KISSA」に込めた思いについても教えていただけますか。

柴田裕:
「KISSA」という表記には日本の喫茶文化を継承したいという思いが込められています。日本の喫茶文化は、コーヒーを始めとする飲み物や食べ物、そして空間まで含みます。これらを若年層に継承し、世界に広めていきたいという考えからローマ字表記にしています。近年、訪日観光客や若い世代を中心に「レトロ喫茶」が話題になっています。その流れを生かし、喫茶文化を次世代に継承していくのが私たちの使命です。

おいしいコーヒーを生活者の皆様にお届けし、日本のゆたかな文化である「喫茶文化」を次世代に継承するために、私たちができること一つひとつに真摯に取り組みます。

編集後記

気候変動によるコーヒー豆の栽培環境の悪化や、喫茶文化の継承など、コーヒーに関わる課題解決に奔走する柴田社長。お話の中から「これからも人々にコーヒーの楽しみを享受してもらいたい」という強い思いが伝わってきた。キーコーヒー株式会社はこれからも、“コーヒーが身近にある生活”を次世代へつなげる大きな役割を担っていくだろう。

柴田裕/1964年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修了(MBA取得)。1987年木村コーヒー店(現:キーコーヒー)に入社。1997年に取締役、2000年に常務、2001年専務就任を経て、2002年に代表取締役社長に就任。2024年にはコーヒーに関する国際的な研究機関「World Coffee Research(WCR)」のボードメンバーにアジア人として初めて就任。同年「一般社団法人全日本コーヒー協会」の会長に就任。