近年、生成AIなどの人工知能(AI)を中心とするICT(情報通信技術)の発展は急速に進んでいる。しかし、2023年の一般社団法人データサイエンティスト協会の調査によると、日本の職場におけるAI導入率は13.3%と、世界の中でも低い水準にとどまっている。
Arithmer(アリスマー)株式会社は「数学で社会課題を解決する」という使命を掲げ、最先端のAIエンジンを駆使したソリューションなどを開発している会社だ。一体、社会課題をどのように解決しているのか。代表取締役社長兼CEOの大田佳宏氏に、同社の事業内容や強み、そして今後の展望についてうかがった。
AIと数学で未来を変えるーー社会課題解決への挑戦
ーー創業のきっかけと、会社のビジョンについてお聞かせください。
大田佳宏:
小さい頃から数学が好きでしたが、数学の道を追究して企業に就職するのは難しいと聞き、コンピューターサイエンスの道に進みました。しかし、研究所に就職してAIの基礎を学び、AIをつくればつくるほど、数学の知識や能力の重要性を感じました。
日本では、数学を学ぶ優秀な学生も就職を機に数学から離れる人が多く、それを非常にもったいないと感じていました。AIの最先端技術の開発には数学が非常に重要であり、日本の産業の発展のためには、もっと多くの数学者が必要だと考えたことが創業のきっかけです。
数学を使うAIの会社をつくり、それを成功させることで、数学を学んでいる学生に道筋を示せるのではないか。最先端の数学を学んでいる人たちをいち早く社会で活躍させることで、技術の進歩が加速し、社会問題の解決に貢献できるのではないか。その思いで起業しました。
ーー事業内容と、幅広い業種の顧客と関わっている理由を教えてください。
大田佳宏:
数学を軸にAIシステムの開発を行っています。AIシステム開発会社は大きく分けて、BtoCとBtoBに分類されますが、弊社はBtoBの大規模なAIシステム開発を手がけています。顧客の業種はエネルギー、製造、金融、物流、建設と、多岐にわたります。
幅広い業種の企業と関わる理由は、「数学で社会課題を解決する」という弊社の理念を実現させたいからです。たとえば、気候変動による大規模水害という課題に対し、ドローンとAIを使って事前に水害を予測することによって、被害を軽減させることができます。また、被害状況を瞬時に把握・解析して、保険金を迅速に支払える体制づくりにも取り組みました。このようにして事業を発展させ、理念の実現へ向けてひたすら努力をしています。
他社ではつくれないAIを、数学的な観点から開発
ーー貴社の強みは何でしょうか。具体的な事例もあわせてお聞かせください。
大田佳宏:
弊社のエンジニアのほとんどが博士号を持っています。自分でプログラムをつくれる人だけを採用しているため、現在の世の中に存在するAIプログラムよりも精度の高いものを開発することができます。
たとえば、エネルギー分野では、枯渇せず持続的に使えるクリーンエネルギーが注目されています。その中でも、風力発電は世界的に期待されていますが、風車内の油圧装置の損傷を原因としたオイル漏れによる火災事故が増加しています。透明なオイルは人の目には見えず、モニターでの監視にも限界がありました。
しかし、弊社はモニターの画像を細かく観察する中で、ドットの間隔にわずかな変化があることに気づきました。この変化をAIで数値化し、見える化することにより、検知を可能にしました。さらに、異常が発生する1週間前に予兆を知らせるAIシステムも、数学的なアルゴリズムを用いて開発しました。
ーー新技術開発への取り組みと、その展望についてお話しいただけますか。
大田佳宏:
弊社が取り組んでいるのは「マルチエージェントAI」です。人とAIが会話をして作業効率を上げるのではなく、AI同士が連携して作業を完了させることにより、自動化することを目指しています。銀行や保険の手続き、書類作業の自動化に向けて、大手企業とともに取り組んでいます。
学ぶ場とインセンティブでエンジニアのモチベーションを向上
ーー質の高いエンジニアをどのように育成しているのでしょうか?
大田佳宏:
大学と連携し、共同研究を行うことで、弊社のエンジニアが一緒に学べる環境を提供しています。また、論文や特許を出願すると1本10万円の報酬を与えるというインセンティブを設定しているので、志が高い人はより意欲的に取り組めます。中途採用が9割ですが、年齢に関係なく優秀なエンジニアも多いので、最近は中途採用だけではなく、新卒採用も増やしています。新卒採用は、従業員の知り合いの研究室からのリファラル(推薦、紹介)と人材派遣会社を通じたアプローチという、2つの方法で行っています。
大手企業からのクチコミが呼ぶ新たな顧客の広がり
ーー新規顧客の開拓方法について教えてください。
大田佳宏:
業務提携先や株主からの仕事を委託開発で行っています。大手企業が多いため、そこで開発したものが業界内にクチコミで広がり、中小企業にも導入されています。しかし、まだ大手企業が約8割です。最初は導入コストが高額なため、どうしても大手企業との取引が多いのですが、導入が広がることで価格を抑えることができます。今後はさらに、さまざまな企業への導入を広げていく予定です。
新規顧客獲得には、今までつくったプログラムを標準化した「Arithmer AI」を活用しています。これまでのノウハウを組み合わせることで、多様なソリューションを実現できるのです。通常の委託開発では半年〜1年かかっていたところを、1ヵ月ほどで納品できるようになりました。
ーー最後に、今後の展望についてお願いします。
大田佳宏:
現在、顧客は国内の主要メーカーに広がりつつあります。海外からの問い合わせも増えていますが、もう少し実績を積んで、5年後くらいには、グローバル市場でもシェアを獲得したいと考えています。そのために資本を増強し、人員も増やす予定です。
編集後記
大田社長は取材中、「各業界の5年後、10年後をつくり出していくのは、弊社のようなBtoBのAIの会社です」と語った。さまざまな業界の最先端で、好奇心や活力を持って活躍する社員が多いArithmer株式会社。AI導入率で世界に遅れをとる日本において、今後も革新的なAIシステムの開発に挑み、AIを活用して社会課題を解決する未来をけん引していくに違いない。
大田佳宏/1997年、東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻修士課程を修了後、IBM東京基礎研究所、日立製作所中央研究所にて勤務。その後、東京大学大学院数理科学研究科特任教授などを経て、2016年にArithmer株式会社を創業し、代表取締役社長兼CEOを務める。現在はBtoBのエンタープライズAIを中心に高度AIの開発と導入に注力している。