飲食業界に特化した人材サービスとして2007年に設立したクックビズ株式会社。人材紹介の新たな可能性を打ち出した同社は爆発的に売上を伸ばすも、コロナ禍での大打撃に直面した。困難を乗り越えた先に得られたものとは?「食産業に関わる全ての人を笑顔にしたい」と語る藪ノ社長に、起業のきっかけや今後のビジョンについてうかがった。
取引先からの相談で「飲食店×人材」のマッチングサービスを考案
ーー起業までの経緯を教えてください。
藪ノ賢次:
大学を卒業して1年後の2005年、携帯電話販売の代理店事業を立ち上げました。近くにある飲食の専門学校で販売していた際、「学生のアルバイト探しを手伝ってあげたいが、なかなか手が回らない」と先生方から話を聞き、学生と地域の飲食店のマッチングサービスを提案したのが現在の事業のはじまりです。
学生は在学中に飲食店で経験を積むことで、やりがいや大変さなどを体験し就職後のギャップを埋めることができ、飲食店としても、ある程度専門学校で飲食について学んでいる人材を採用できることはメリットになります。
専門学校・飲食店の双方から好評いただき、私としても、携帯電話という他社製品の販売ではなく「独自のサービスやコンテンツを持ちたい」という思いがあったことから、本格的にビジネスとして取り組んでいくことにしました。そこで人材紹介業の免許を取得し、2007年にクックビズを立ち上げたのです。
ーークックビズ立ち上げ後は、どのような苦労がありましたか?
藪ノ賢次:
最初は求人案件を集めるのに苦労しましたね。専門学生を対象にしているため求職者は多く集まったものの、いつどこの飲食店が人を探しているかは1軒1軒問い合わせなければ分かりません。創業時はメンバーも3人程度しかおらず、自ら飛び込みで営業するというかなり非効率な方法で案件を集め、最初の2〜3年は売り上げも低空飛行でした。
そこで営業組織をつくり、彼らに求人集めを任せて私がキャリアアドバイザーとしての業務に集中することで徐々に事業を拡大させ、2012年には大手のベンチャーキャピタルからの出資が決まりました。
「飲食店向けに特化した人材サービス」というこれまでにない事業の可能性を社内外から注目いただき、求人サイトのリニューアルに加えて拠点を大阪の梅田に移すなど、攻めの姿勢に転じることができました。また、東京証券取引所マザーズ市場へ上場を果たすなど、急成長を遂げる結果となりました。
飲食業界の労働者は経済を回す「日本の顔」環境を整えもっと笑顔に
ーークックビズが大切にしている思いをお聞かせください。
藪ノ賢次:
弊社では「食の世界をもっと自由に、もっと笑顔に。」というビジョンを掲げています。数ある業種の中で、特に年収の低い分類が「宿泊業・飲食サービス業」であり、決して待遇が良いとは言えません。
しかし、今や観光立国である日本において、レストランは外国人観光客の目当てであり、そこで働く方々は「日本の顔」ともいえる貴重な存在です。彼らに最適な労働環境が与えられていないのは、国としても損失があるのではと感じています。
飲食業界の方が生き生きとやりがいを持って働くことが、この国の豊かさにつながります。一人ひとりに合わせた転職・企業情報を行き渡らせ、食領域における「人」にまつわる制約を解き放つことで自由を実現し、笑顔で働き続けられる社会を実現することが私たちの使命です。
ーー貴社ならではの強みは何でしょうか?
藪ノ賢次:
私たちは人材サービスとして利益を得るためだけではなく、日本の財産である飲食業界を支えることを目的として飲食店に特化したサービスを提供しています。そのため、その思いに共感した飲食業界出身者が多く集まり、経験豊富な人材に恵まれていることが弊社の強みです。
実際に社員の2〜3割が、飲食店の店長や料理人経験者で、飲食業界で働く人の環境改善のために熱い思いを持って業務に取り組んでいます。
コロナ禍でもこだわった「クックビズらしさ」困難の先に得られた社員の絆
ーーコロナ禍で飲食業界は大きなダメージを受けましたが、貴社にとってどのような影響がありましたか?
藪ノ賢次:
コロナ禍で大打撃を受けた際は、介護や医療など「飲食以外の業界に手を伸ばした方が良いのでは」という考えが頭をよぎりました。
しかし、ここで別業界に手を出してしまっては、飲食業界の発展のためにやってきたという根底が崩れてしまいます。そこで赤字を覚悟で徹底的にクックビズらしさにこだわったのです。2年間で10億円にのぼる赤字を出しましたが、上場していたこともありなんとか持ちこたえることができました。
その際希望退職者も募りましたが、結果として100名程度の社員が会社に残る決断をしてくれたのです。「沈みかかった船にこのまま乗っていて良いのか」と全員が自問自答し、クックビズで働く意義をみつけて業務に励んでいるため、より社員の意識や結束も強くなったと感じています。
ーー貴社にとっての課題や、今後取り組んでいきたいことについて教えていただけますか?
藪ノ賢次:
営業や求人のマッチングなど、オペレーションに関しては強いのですが、一方でプロダクトである求人サイトやアプリの開発・運営などに関してはまだまだ改善の余地があると感じています。
現在は「HR」「DX」「事業再生・承継」の3つの柱を軸として事業を展開しており、開発に投資をおこない、約12年ぶりに求人サイトのリニューアルを試みました。
また、採用や人材育成など、企業の持続的な成長を支えるだけの組織構築力も今後の課題です。コロナ禍が落ち着き、ようやく今年から外部パートナーも入れて制度改革を進め、ミドルマネージャーの研修も始めました。
すぐに効果を感じられるものではありませんが、緊急ではない重要な事項に時間を割くことで2年後、3年後以降の成長角度が変わってくると考えています。
ーー最後に、今後の展望を教えてください。
藪ノ賢次:
日本は世界一ミシュランガイドの星の数が多い都市として知られており、世界有数の美食都市です。それ故に日本の料理人・サービスマンはもちろん、出稼ぎで来日している外国人の労働者も「日本のレストランで働いていた」となると経歴に箔がつきます。
グローバルな目線で見ると、飲食業界における人材の市場価値はとても高いのです。そうした未来ある人材に笑顔で働いてもらえるよう、クックビズの存在を知っていただき、グローバルに活躍できるチャンスを与えていきたいと思っています。
「クックビズに登録すると世界への道が開ける」という存在になれれば、おのずと企業価値も上がり、10年後、20年後にはレストランで働くことがステータスとなるように職業観が逆転する時代が来るのではないでしょうか。
編集後記
飲食業や人材紹介についての知識や経験がない中、新たなビジネスモデルを生み出した藪ノ氏。実際に飲食店に勤務し理解を深め、一から築き上げてきた同氏のバイタリティがここまでの成長につながったのだと感じた。多角的な視点で飲食業界を支える同社の活躍により、日本の食文化はより輝きを増していくことだろう。
藪ノ賢次/大阪府出身。2004年に大阪府立大学工学部卒業後、起業。幾つかのサービスの立ち上げを経験し、2007年にクックビズ株式会社を設立。代表取締役に就任。「食に関わる、あらゆる制約を解き放つ」をミッションに、これまで支援し続けた“人”を起点に、食に関わる新たな領域にも積極的に事業を展開しながら、飲食業界の変革を支援する。2017年、東京証券取引所マザーズ市場上場。