理論物理学研究への情熱から医療機器開発に転身し、医療機器の常識を覆す独自技術でグローバル市場に果敢に挑む異色の経営者が大研医器株式会社の山田圭一氏だ。基礎研究から販売まで一貫して手掛ける同社は、革新的なアプローチにより日本の医療機器産業に新たな可能性をもたらしている。社長の経歴から独自の研究開発力を武器にする同社の取り組みまで、詳しくうかがった。
宇宙の摂理を追い求めた物理学者が辿った、医療革新への意外な道
ーー社長の経歴について教えてください。
山田圭一:
幼少の頃から勉強好きだった私は、もともと学者を志していました。物理学に魅了され、自然界や宇宙の摂理を追求したいという思いから、国内の大学を卒業後、ニューヨーク大学で博士号を取得し、その後も海外で教鞭をとりながら物理学者としてのキャリアを真剣に考えていました。研究に没頭する日々が続き、日本への帰国の意思もないまま約10年間の海外生活を送りました。
そんな折、弊社の創業者である父から「今後は自社で研究開発ができる会社に変わりたい。ここで研究もできるので戻ってきてほしい」と依頼を受け、一度会社を見てみるのも良いかもしれないと考えて帰国を決意しました。振り返れば、理論物理の世界から会社経営という全く異なる分野への転身でした。
独創性を貫く製品開発、特許なくして販売なしの哲学
ーー貴社の事業内容とその強みについてお聞かせください。
山田圭一:
弊社は医療機器の研究開発から製造、販売に至るまで一貫して手掛けています。しかし、医療機器は多種多様であり、全てを取り扱うのは難しいため、現在は手術室で使われる一部の商品に特化しています。弊社のポリシーは、特許を持たない商品は売らないということです。言い換えれば、独創的な商品を販売するということで、一貫して続けてきました。吸引器や薬液注入器など、独自の商品を多数生み出してきました。
このポリシーの根底には、「無用な価格競争を避ける」「価格競争から逃れることで、利益率を十分にとる」という考えがあります。さらに、根本にあるのは自分で取り組んできた研究で新しいことをしなければ意味がないという信念です。
ーー製品開発に対するこだわりについて教えていただけますか。
山田圭一:
たとえば、手術後の痛みを抑えるための局所麻酔薬を注入するインフューザーという装置があります。この装置の仕組みは、風船の中に薬を入れて縮む力で注入するものでしたが、この方法では薬の量を一定にできませんでした。そこで私たちは大気の圧力を利用する方式を開発し、最初から最後まで一定の力で薬を注入することを可能にしました。その後、MEMS(微小電気機械システム)技術を使ってさらに小型のポンプの開発にも成功しました。
このように、基礎技術から取り組むことで、一つの技術から多様な製品が生み出されます。これが私たちの強みです。最近気づいたのは、こうした基礎技術に立ち返ることで他の分野の製品開発にも応用できることです。一例を挙げると、この基礎技術を進化させて糖尿病患者向けのインスリン注入ポンプなどを開発しました。このような製品はまさに私たちの強みが活かされた製品だと思っています。
医療機器の未来を描く、ニッチからトータルへの10年計画
ーー海外展開についてどのような考えをお持ちでしょうか。
山田圭一:
日本と海外のマーケットに境界はありません。日本で勝とうと思うなら、競合としては海外企業に目を向けざるを得ません。弊社が吸引器を売り出した時、市場の8割は海外のメーカーのものでしたが、現在では弊社だけで8割ぐらいのシェアを持てるようになりました。
人材という観点では、海外展開には語学堪能で説得力のある技術者が必要です。普通の営業マンではなく、技術的な知識とコミュニケーション能力を兼ね備えた人材を育てる必要があります。
ーーこれからのビジョンについて教えてください。
山田圭一:
10年後には総合医療機器メーカーになりたいですね。今は手術室で使う一部のニッチな商品のみですが、将来的には手術で使う多くの商品や内科で使う装置、さまざまな病院で使われる医療機器をトータルに手掛けていきたいと考えています。そうなれば、企業としての規模は今の10倍以上になると思います。そのためにも、人材採用の強化が最も大切です。弊社が取り組んでいるのは、人間の体を治すための装置をつくるという非常に意義のある仕事です。同じ志を持った方に仲間に加わっていただきたいと考えています。
編集後記
物理学者から転身した経営者の姿に、日本の医療機器産業の新たな可能性を見た。基礎研究への徹底したこだわりと、そこから生まれる革新的な製品開発。そして、グローバル市場での躍進を見据えた戦略的思考。同社の取り組みは、技術立国日本の底力を感じさせると同時に、世界で戦うための課題も浮き彫りにしている。独創性と挑戦意欲に満ちた同社の今後の展開が、日本の医療機器産業全体にもたらす影響に大きな期待を寄せずにはいられない。
山田圭一/1958年大阪生まれ、1981年関西学院大学理学部卒業。1982年大研医器株式会社入社。理論物理学研究者として、約10年間の海外生活を経て、1990年ニューヨーク大学理学部大学院博士課程修了。1989年に常務取締役、1997年に専務取締役、2004年に社長に就任。2016年取締役を経て2019年に再び社長に就任。