
水処理関連産業の市場規模は世界で約110兆円といわれ、東南アジア、中東、北アフリカの開発途上国エリアでは年間10%以上の高い成長が見込まれている。今後も環境方面での市場開拓がますます期待されている重要なセクターだ。創業から60年を超える株式会社トーケミは、水処理用ろ材やケミカルポンプの製造販売を手がけている。2023年4月に代表取締役社長に就任した細谷卓也氏は、ASEANのラオス人民民主共和国において独自の水道のインフラ整備へ参入するなど、拡大が見込まれる世界市場に向けて進出してきた。「ソフト設計」と多角的な「対応力」を強みに、食品や医療業界への新規参入、そして開発途上国への直接投資を展開する同社。下積み時代のいきさつや事業の優位性、次の時代を見据えた組織体制とSDGsへの取り組みについて、詳しく聞いた。
奮闘したドイツ修業時代の糧(かて)
ーーまずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。
細谷卓也:
大学院修了後、電磁駆動の薬注ポンプのパイオニアで、水質計などの水処理機器を世界的に扱うドイツのプロミネント社で1年間実務を経験いたしました。現在も日本の代理店をさせていただいています。今では考えられないかもしれませんが、インターネットやスマホもなく、卓上電話とFAXが活躍していた時代です。周囲には日本人が1人もおらず、言葉も十分に伝わらない状況の中で工場のラインに入ってポンプを組み立てたり、時には営業に同行して得意先様回りもしたりしていました。
精神的に鍛えられたおかげで度胸がつき、非常に良い経験だったと思います。たとえば、外国人に対しても抵抗はありませんし、新規の飛び込み営業にも躊躇しなくなりました。そうした姿勢は、現在でも重要な経営判断のシーンで活かされていると感じます。
「ソフト設計」と「多角的な対応力」という独自の強み

ーー貴社独自の強みは何でしょうか。
細谷卓也:
弊社の強みは、水処理機材を幅広く扱う総合メーカーとしての「対応力」と、エンジニアリングまで担える高度な「ソフト技術」の2点にあります。水処理業界において、単に製品を仕入れて販売するだけでなく、品質の保証まで行う企業は決して多くありません。弊社は製品力だけでなく、顧客の困りごとに寄り添い解決へと導く社員の対応力や人柄を高く評価していただいています。
「ソフト技術」とは、対象原水から必要な処理水質と水量を得るための水処理方法とスピードを設計するもので、エンジニアリングともいわれます。他方、「ハード技術」とは、ソフト技術の設計内容を具体的に資機材に落とし込み、装置の大きさを設計するものです。これらを一括に提案できるところに、優位性を持っています。
ーー大手メーカーが多数存在する中で、独自のポジションを確立できた要因は何ですか。
細谷卓也:
現場の課題をお客様と一緒に解決してきたことが大きな要因だと考えています。大手企業様は高付加価値な高度処理の分野に注力される傾向がありますが、その前段には必ず「ろ過」をはじめとする前処理工程があります。こうした工程は地道で手間がかかる一方、設備全体の安定稼働を支える重要な役割を担っています。
弊社は、新しい技術に注目が集まる時代においても、こうした基盤技術を大切にし、現場での経験とノウハウを積み重ねてきました。お客様ごとの課題に向き合いながら培ってきた技術力と実績が、現在の独自のポジションにつながっていると考えています。
ーーその基盤を活かして今後新たに挑戦していきたい市場や業界を教えてください。
細谷卓也:
目下は、食品・飲料業界、そして医療業界へと積極的に進出していきたいと考えています。水処理はあらゆる産業に関わっており、水道水のリサイクルや工場の排水処理など用途は多岐にわたります。
今後は、食品や飲料用の水に処理するための特殊技術や、殺菌などの衛生環境をコントロールするプロセスに注力する予定です。大手飲料メーカーにはすでに特定の大手水処理メーカーが入っていることが多いため、既存取引先の商社や配管業者とタッグを組み、新しいシステムを提案して販路を拡大していきます。
世代交代を見据えた組織づくりと質の継承

ーー今後の事業継続を見据えた、営業部門の理想的な体制についてお聞かせください。
細谷卓也:
水環境事業である弊社の仕事は、地球を美しくすることに直結します。先代がゼロから始めて、会社がここまで成長するために重要視していたのは売上高と利益でした。かつては目標を達成するために少々無理をしてでも、根性でどうにかするという風潮があったのですが、今の若い世代に同じことを求めるのは難しくなってくるでしょう。
これまでの働き方を改革しつつ、限られたメンバーでどのように効率的に業績を上げるかという意味で、営業と技術のクオリティ向上は欠かせません。ただ売ればいいのではなく、過去の経験を活かして、お客様の困りごとやご希望に対して、最適な提案で応え、成約に結びつけていく必要があります。
ーー組織の質を高めるために、人事や教育面で新たに取り組んでいることは何ですか。
細谷卓也:
国内事業においては、適切に世代交代を行うことで会社をサスティナブルな状態にすることが最重要課題です。創業60年で培った技術を次世代へ引き継ぎ、お客様の役に立ち続ける組織でありたいと考えています。様々な人材が1年から3年で一人前になれるように教育体制を整え、社員のスキルアップを徹底して支援する方針です。
また、多様な職種の方をできるだけ平等に評価するため、人事評価制度の見直しにも注力しています。営業活動において新規開拓はもちろん重要ですが、地方の営業所で昔からのお客様に対応する人材も非常に大切です。昇格や昇給の条件を明確にすることで、社員の教育や質の向上につなげたいと考えています。
ーー働く環境やDXなどの設備投資にはどのように取り組んでいますか。
細谷卓也:
最近、本社をリノベーションしましたが、現在は製造部署の建物の改修など働く環境への投資を進めています。弊社は決して潤沢な資金からスタートした会社ではありません。だからこそ、利益が出た際にはスタッフや設備にしっかりと還元し、より良い会社づくりにつなげていきたいと考えています。
さらに、営業系ではDXの推進が不可欠だと感じています。営業の業務量が多い中、お客様と接する時間を増やし、トラブルを未然に防ぐための情報管理を徹底することで、より効率的な体制を構築していく予定です。
開発途上国への直接投資と現地のパートナーシップ
ーー海外展開において、開発途上国をターゲットに据える理由を教えてください。
細谷卓也:
国内の需要が今後劇的に増えることは期待できないため、事業機会があるのは海外市場だと捉えています。ターゲットとしてアメリカやドイツといった先進国ではなく、インフラ整備が急務となっているアジアやアフリカに焦点を当てています。
かつて水質問題に直面していた日本が、高度浄水処理を取り入れることで大きく改善したように、私たちが60年間学んできた技術は、まさに今でも開発途上国の人たちに必要とされています。そうした地域に日本の技術を展開し、生活水準の向上に寄与することが私たちの役割です。
ーー現在の具体的な海外展開の状況についてお聞かせいただけますか。
細谷卓也:
約10年前より、中小企業の海外事業を支援するJICAのODAスキームを活用してラオスでの水道インフラ整備に参加したことを皮切りに、現在は新たなフェーズに入っています。日本や現地で製造した製品を販売するだけでなく、トーケミの自己投資によって水道事業に直接参入し、500世帯規模の小さな浄水場を建設することになりました。
かつては支援スキームに頼る部分もありましたが、現在はODAを通さず完全に自社で投資し、向こう25年から30年で水道料金をもって回収していくという持続可能なビジネスモデルを構築しています。これは、水道のない村にインフラを届ける挑戦であり、今後のモデルケースとして歩みを進めているところです。
ーー海外で現地主導のパートナーシップを重視する理由は何ですか。
細谷卓也:
国によって方法は異なりますが、基本的には現地でパートナーを見つけ、現地主導の体制でお任せすることが成功の鍵と考えています。日本人が現地に常駐するのは非常にコストがかかり、人材定着のリスクも伴うため、現地の企業に対する技術的なバックアップを中心としています。
また、約10年前からアフリカの研修生やインターンシップ生を毎年日本で受け入れ始めました。国籍を問わず、学びを深めた多様な人材が、自国のチュニジアなどで実際のビジネスパートナーとして活躍してくれています。現地の熱意ある人材と深く連携することが、海外展開の確固たる基盤となるはずです。
水環境での社会貢献とSDGsに向けた展望

ーーSDGsなど環境課題に対する取り組みを含め、今後の経営方針をお聞かせください。
細谷卓也:
弊社は水処理関連の機材の多くを取り扱っていますので、機材と資材の総合メーカーとして営業展開ができることが強みです。水処理事業というものはITのヒット商品のように爆発的に売上高が上がるということはありませんが、環境に関係した事業として誇りをもつことができます。
SDGsの意識が高まる中で、弊社の販売する粒状ろ材やポンプ、装置などをリサイクルする技術をもって、持続可能な環境事業を拡大していくことが可能です。飲み水をつくるだけでなく、排水処理水のリサイクルと資源の回収、そして資材・機材でのリサイクル技術の開発に本腰を入れていきたいと思います。それが次世代への社会貢献につながりますし、そうした事業に若い方が賛同してくれることを期待しています。
ーー貴社の事業が社会に提供している本質的な価値は何だとお考えですか。
細谷卓也:
水処理ビジネスの基本として、要らないものは売れませんが、必要なものは必ず売れます。私たちが扱う製品は生活に必要なインフラであり、不要なものを無理に買っていただくことは決してありません。
そして、災害後のアンケートでよく課題に挙がるのが、飲料水以上にトイレやシャワーといった「生活用水」の不足です。弊社では、生活用水として処理できる災害用機械も備えており、非常時にも直接お役に立てると考えています。必要なものを適正な価格でお届けし、真摯な対応力を磨き続けることで、今後も国内外のインフラを支え続けていく決意です。
編集後記
談話の序盤に創業者と後継者の役割の違いに触れ、「0から1ではなく、引き継いだ1を10に成長させることが後継者の役目。それに向けて会社の再構築に取り組む」と細谷社長が語る姿が印象的だった。目先の利益だけでなく、海外の無村地域へ長期的視野でインフラを届ける決断や、国内での働き方改革を通じた組織の質の向上など、経営トップとしての確固たる使命感が随所に表れていた。水という不可欠なライフラインを支え続けるその静かな熱意に、深く感銘を受けた。

細谷卓也/1970年5月生まれ。明石工業高等専門学校から豊橋技術科学大学を経て、同大学院修士課程修了後、ドイツのプロミネント社に勤務。1996年に株式会社トーケミに入社。2010年に技術開発部長、2015年に取締役事業推進部長、2018年に専務取締役などを歴任し、2023年4月に代表取締役社長に就任。自ら海外に赴き市場拡大に注力している。