日本を代表するテーラーである銀座英國屋の3代目社長に若くして就任した小林英毅氏。エグゼクティブ層の顧客に信頼される社員の育成に取り組む一方、新規顧客の開拓にも挑戦している。ビスポークテーラーの世界で透徹した視座をもって手腕を発揮する小林社長に老舗再建の経営術を聞いた。
危機こそチャンス!コロナ禍のWeb集客強化で売上148%増を実現
ーーコロナ禍で実施したWeb集客の取り組みはどのようなものですか?
小林英毅:
弊社の店舗は、多くの方にとっては入店しにくいかもしれません。日常であまり馴染みのないフルオーダースーツは、覚悟を決めないとなかなか店舗にまで足を踏み入れて仕立てようとは思っていただけないものです。これは弊社においても課題となっています。
そこで、コロナ禍が始まったばかりの2020年10月に、Webサイトを使った集客策として無料オーダー体験というサービスを始めました。これは、注文するしないは関係なく、オーダースーツについての無料相談やフィッティングの体験をしていただくものです。そして、選ばれた生地・デザインでの仕立て上がりの価格を確認いただけるサービスです。
弊社のお客さまは、これまで経営者、医師、弁護士といった層が多かったのですが、Web集客を始めてからは、20代や30代といった若い世代も増えてきています。Web集客によって実店舗に足を運んでいただくことで、スタイリストがお客さまの希望や思いを汲みとり、丁寧に対応します。その結果、体験サービスを受けていただいたお客様の60%以上からご注文をいただいています。
ーーWeb集客といったビジネスを展開するうえで、心がけていることはありますか?
小林英毅:
私自身、自分の失敗や不作為を他人や環境のせいにしないように心がけています。コロナ禍だから何もできないと諦めるのではなく、どんな状況であっても自分がなすべきことを考え、その先を見据えて行動し、Web集客強化もその一環と言えます。
その結果、数字面で言えば、2022年度下半期の新規のお客さまの売上は、コロナ前の2019年度と比較し148%となりました。
緻密なフィッティングで「信頼を得られる装い」を提供する
ーー貴社の企業理念を教えてください。
小林英毅:
弊社の企業理念は「信頼を得られる装い」の提供です。そのため、お客さまのお仕事やお付き合い状況などもうかがい、お勤め先のブランドや、お取引先への信頼に足るふさわしい装いを提供しています。この「信頼を得られる装い」づくりを支えているのがフルオーダーメイドの技術なのです。
人間の体型や姿勢、肩や首のつき方、手足の長さ、腰骨の形などはそれぞれ違います。お客さまにフィットした服をつくるには、生地を選び、身体の特徴を正確に見極め、型紙を作成し、仮縫いをし、縫製するというプロセスの一つひとつに専門家の技が必要です。弊社のコンセプトを具現化してくれるのが、接客、フィッティング、縫製の専門家たちなのです。
お客さまに信頼される社員の育成を目指して上司と先輩が徹底サポート
ーー社員の育成には、どのような体制をとっているのでしょうか?
小林英毅:
弊社のお客さまは、人を見抜く力に長けている方ばかりです。ただ単にスキルがあるといっただけでは、若い社員は太刀打ちできないので、お客さまが安心と信頼を寄せてくださるような人間への成長を目的とした1対1面談を取り入れています。上司は、部下の個性を尊重しつつ、人間としての成長をサポートすることに徹しています。若い社員は、こうしたサポートを受けて課題を克服できたときに自分の成長を実感します。その成長がお客さまからの信頼の獲得につながっていくのです。
弊社におけるお客さまとの関係は実に長く、20年、30年といったお付き合いだけでなく、3世代にわたるお付き合いもあります。末永くお客さまの思いに寄り添っていける社員がいることが、弊社の強みです。
ーーそうした教育体制のなかで社員評価はどのようにされていますか?
小林英毅:
成果評価よりも行動評価に重きを置きつつあります。弊社では、成果を上げるためのスタンドプレーや運任せのチャレンジなどよりも、着実に業績を上げていく行動を積み重ねてもらう方がはるかに有益なのです。着実に前に進むことは、実際には非常に難しいことです。私は知恵を絞りながら実績を積み上げていく行動によって人やサービスに価値を見出しています。
採用時のギャップを軽減し、長く楽しく働ける職場づくりを実現
ーー採用の段階で取り組んでいることについて教えてください。
小林英毅:
内定が確定した時点で、私が面談をおこないます。目的は、入社後のギャップを未然に防ぐことです。面談の際には、内定を出した以上は取り消しをしないことや、「今度はあなたが弊社を選ぶかどうかを決める番だ」ということを伝えたうえで、会社の状況を包み隠さずお話ししています。
社員の採用とは端的に言えば社員に投資することです。ではその投資の原資はどこから来るかと言えば、今いる社員がコツコツと働いてできた利益からです。その貴重なお金は無駄にできません。やはり入社後のギャップを減らし、離職率を下げたいですからね。
ーー入社後の状況はいかがですか?
小林英毅:
弊社は長い間新卒採用をおこなっていませんでしたが、2014年に再開し、ようやく若い社員も増えてきました。なお、弊社の平均勤続年数は23年です。年齢構成のバランスも徐々に改善しています。若い社員を見ていると、みんな素直で、周りの人たちに支えられているという謙虚な気持ちを持っています。入社した時期は課題もありましたが、今は、どの社員もみな楽しそうに仕事をしていますよ。
編集後記
「社員が生き生きと働ける職場づくり」を目指すと語る小林社長。着る人にフィットする洋服づくりの基盤には、働く人にフィットしたマネジメントと職場づくりがあるのだと納得した。小林社長のお客さまと社員に対する温かい心によって、銀座英國屋がこれからどのように事業を展開するか注目したい。
小林英毅/1981年、東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、2004年に株式会社ワークスアプリケーションズに入社。大手企業向けERPパッケージソフトの開発・導入に携わった後、2006年に株式会社英國屋に入社。2009年に3代目代表取締役社長に就任。