2017年に設立された株式会社AIメディカルサービス。メイン事業は、内視鏡検査における画像診断を支援するAI(人工知能)開発だ。2023年末には内視鏡画像診断支援ソフトウェア「gastroAI-model G」の製造販売承認を取得、2024年3月から販売開始した。代表取締役CEOの多田智裕氏に、起業のきっかけや事業の社会的意義、今後の展開についてうかがった。
医療業界の共通課題に立ち向かう――内視鏡検査のAI活用に着目
ーー社長のご経歴や起業の経緯をお聞かせください。
多田智裕:
高校生のころ、医学部を志す先輩が多かったことから「自分も医療で世の中に貢献したい」と考えるようになりました。医師として複数の病院に勤めたのち、2006年にさいたま市の武蔵浦和メディカルセンター内にクリニックを開業しました。
当時は内視鏡検査を安全かつ、苦痛のないものにすることが医療現場の課題でした。胃カメラは太い管を体内に入れるため非常に苦しく、大腸の検査も2mほどの管を使っていました。時には検査するだけで腸に穴が空き、命を落としてしまうこともあったのです。
大腸がんや胃がんなどの消化管がんは合計すると世界で最も死亡率の高いがんです。内視鏡は消化管がんを早期に発見し、確定診断ができる唯一の検査です。さらに、内視鏡治療でがんそのものを治せます。管が細いものに進化し、現在は安全性も高まりましたが、検査の精度を上げることが新たな課題となりました。
そこで、AIを内視鏡検査に活用する研究を始めたことが、2017年に弊社を創業したきっかけです。
ーー事業内容を教えてください。
多田智裕:
内視鏡のAI医療機器に特化した企業としてグローバル展開しています。研究・開発から薬事申請、販売、アフターケアや調査まで自社で行うことが特徴です。
AI医療機器が現場に普及することで「診断・医療ミスが減少する」という恩恵が得られ、医師が一人で決めるよりも、AIと一緒に診断した方が精度や効率が上がるのです。車の運転にたとえると、「道路に詳しい人にとってもカーナビは便利」ということです。
AIはあくまで人間の能力を拡張してくれる存在です。医療においても、医者の診断を支援する立場だといえます。今は早期胃がんの2割程度が見逃されているという報告もありますが、AIを活用すればその数を半減、究極的にはゼロにまで持っていけるはずです。
前例のない業界として――「成長」と「挑戦」の中で期待される人材像
ーー開発や販路開拓におけるご苦労はありましたか?
多田智裕:
一つの薬を開発するのに10〜15年、医療機器の開発にも10年前後かかる世界です。弊社も創業から6年かけて、ようやくAI搭載の内視鏡画像診断支援システムを商品化できました。販路は、主にご紹介やお問い合わせいただいた先に営業担当者が出向いて提案しており、トライアルも含めるとすでに数百以上の導入事例があります。
また、カスタマーサービスにも力を入れており、複数のプロダクトを同時に企画しつつ、販売済みの製品も1年〜1年半のスパンでバージョンアップすることを目指しています。サブスクリプションモデルを提供する形でアップデートを行うほか、現場の声をヒアリングすることも大切にしています。現場のニーズと提供できるシーズを組み合わせながら、次の段階に生かしていますね。
ーー貴社で活躍できるのはどんな人材でしょうか?
多田智裕:
弊社は2024年9月時点で従業員100名ほどの規模です。入社後は各部門でレクチャーがあり、ポジションに応じた研修制度を受けられます。医療×AIというまったく新しい領域なので医療業界以外から来る人も多く、先入観がない方が活躍できると思います。0から1を生み出す能力が鍛えられるのではないでしょうか。
まだ横断歩道も信号もない状態であり、自分たちで道路をつくる感覚で業界内のルールを調整しています。未整備の場所にストレスを感じる人にとっては働きにくいかもしれませんが、挑戦や変化が苦でない方にはやりがいのある環境です。
多様性の中で働くので、コミュニケーション一つとっても自分の常識が通用しないこともあります。会社はもちろん、業界自体が成長しているため、去年と同じ仕事はできません。会社の目標に対して、常にベストな解決策を見つける能力が求められます。
「スタートアップ」という場所でしか起きない革新を世界に
ーー今後のご展望をお聞かせください。
多田智裕:
学会等での発表や内視鏡医向け専門メディア「ガストロAI media」を運営するなど、業界のアピールにつながる取り組みを続けていきます。今後、医療現場にAIを導入することが当たり前の世の中になるでしょう。その中で弊社は「日本発の内視鏡AI医療」を強みに、内視鏡の分野でグローバルなスタートアップであり続けたいと思います。
イノベーションは、スタートアップという辺境の地でこそ起こせるはずです。「スタートアップに勤める」という選択肢が身近なものになり、そこから生まれたイノベーションによって日本がもっと元気になっていくことを望みます。
編集後記
医療の進化にともない、誰もが恐れていたがんは早期発見によって「治せる病気」となりつつある。多田氏は「そもそもがんを見逃さない」という使命を抱き、AI活用という革新的な発想で医療業界に貢献してきた。彼が起こすイノベーションによって医療現場がより発展することが、今後も人々の希望となるのではないだろうか。
多田智裕/1971年、東京都生まれ。灘中学校・灘高等学校を経て、1996年に東京大学医学部を卒業。2005年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻修了。虎の門病院、三楽病院、東京大学医学部附属病院、東葛辻仲病院などを経て、2006年に埼玉県さいたま市の武蔵浦和メディカルセンター内に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。2017年、株式会社AIメディカルサービスを設立。著書:『東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話』