卸売業とは商品を仲介して届ける仕事だが、「米」の世界ではさらに多くのことが求められる。顧客が求めているのは米そのものではなく、おいしく炊きあがったご飯だからだ。
株式会社ヤマイチライスの代表取締役である伊藤明宏氏は、安心で高品質なお米を届けると共に、おいしく食べる提案も行っている。顧客に最適な提案をするには、顧客との人同士の付き合いが欠かせないという。
さらに同社の事業を紐解いていくと、さまざまな部分で「人」を中心にして動いていることが分かった。デジタルが盛んなこの時代に、なぜ「人」にこだわるのか。伊藤社長の哲学をうかがった。
ドライバー職から入社し、営業畑を経て社長に就任
ーー伊藤社長の経歴をお聞かせください。
伊藤明宏:
以前働いていた会社は給与は良かったものの仕事内容が過酷で、家庭とのバランスを考えて、弊社にドライバー職として入社しました。
1996年に入社し、数年はドライバーとして働き続けましたが、あるとき米袋を運び続ける生活に腰が耐えられなくなってしまいます。
そこからはオーナーや先輩方の勧めもあり、前職で経験があった営業に転じ、以降は営業一本でキャリアを積んできました。そして2020年に役員に昇進し、さらに翌年の2021年に社長に就任する運びとなりました。
社長になることには少し不安もありましたが、先代社長や先輩方からの期待が強く、その気持ちに応えたい一心で社長を引き受けることを決意しました。
組織を次の時代へつなぐためには「人」を中心にした運営が必要
ーー会社を経営するうえで大事にしていることは何ですか?
伊藤明宏:
新たな世代を育てていくための人材育成に力を入れています。なかでも大事にしているのが「人を育てて人を残す」という考え方です。
今のビジネスはインターネットが普及したことにより、人と直接コミュニケーションをとることがかなり減りました。利益を考えて、時代に合わせた営業方法の推進も大事だと理解しています。
しかし、ビジネスとはあくまで人同士で織りなされるものです。生産者も顧客も、そして私たちも、人が人を思って取り組まねば、どこかでビジネスは上手く回らなくなるでしょう。
「人」とはビジネスの基本であり、人を育てて次世代に人を残してこそ会社は続いていきます。育てた社員が社内で活躍してくれれば非常に嬉しいですし、もし別の道を歩み出しても、会社で培った経験が人生を豊かにする一助になってくれたらと思います。
ーー次世代の社員を育成するために、どのような取り組みをしていますか?
伊藤明宏:
次世代の育成を念頭に置いた人事改革に取り組んでいます。
たとえば60歳での「役職定年」という制度があります。弊社の定年は65歳ですが、60歳以降は活躍の場を移してもらい、次世代の育成に協力してもらっています。
また、女性が活躍できる環境整備を行っております。米業界は昔から男性が中心の業界でして、女性社員をどう取り入れていくかが課題でした。取り組みの第一歩として、女性課長の登用による指揮改善を行い、今後は女性役員も実現したいと考えております。
これからの世代に会社を背負ってもらうためには、今後数十年の見通しを立てることや、新陳代謝が活発な組織を実現することが欠かせません。人が育てば、会社は自然と大きくなるものです。社員にしっかり投資をして、成長の可能性と一体感のある組織を実現していきたいですね。
顧客との関係を築く基本は、人同士の付き合いをすること
ーー貴社独自の強みは何ですか?
伊藤明宏:
顧客と、人と人の付き合いを基本とした信頼関係を築けていることです。
卸売業の仕事を突き詰めていくと、その根底には人同士の関係があります。もちろん営業力や技術力も大事ですが、そもそも信頼関係がなければ、提案内容が相手の心まで届かないこともあります。だからこそ、物を売る前にまずはお互い真剣に語り合える、人同士の関係を築くことが必要です。
また、人同士の付き合いができていれば、ピンチのときに助け合ったり、お互いの失敗に寛容になれたりと、大きなトラブルの回避につながる場合もあります。
弊社は正直、会社としての知名度はそれほど高くありませんし、他社との競争が難しい部分もあります。しかし、人間力に焦点を当てれば、顧客に確かな価値を提供できるクオリティが備わっていると自負しています。
お米を届けることに責任を持つからこそ、生産や物流の改善にも取り組むべき
ーー今後、特に注力したいことを教えてください。
伊藤明宏:
新たな事業の模索や開発に取り組みたいと考えています。今後、事業拡大を目指すには、それに伴う量の仕入れを確保しなくてはなりません。しかし、国内における米の生産量は年々減少しており、生産者への働きかけなしでは仕入れ量を確保できなくなってきています。
この課題を解決するためには、より良い条件のスキームを生産者に提供したり、人材の紹介や設備の更新補助などを行ったりする必要があると感じています。
それと同時に、物流の効率化にも取り組むべきです。物流問題は年々大きくなってきており、目的を共にする会社同士が手をとり合うことも視野に入れる段階に来ています。ライバル同士でもそこは戦わずに、まず商品を問題なく顧客に届けることを優先すべきでしょう。
弊社がお米を扱い始めて70年以上がたちますが、これまで弊社が存続できたのはお米に関係する人々と良い関係を築いてこられたからです。これからも、お米に関わる方々を笑顔にできる会社であるよう努力を続けてまいります。
編集後記
伊藤社長が語るように、ビジネスとは人のために行われるものだ。お米の売買という行動の裏には、お互いがより良くあるためのコミュニケーションが多分に含まれている。顔を合わせずビジネスができる時代だからこそ、この事実から離れてはならない。伊藤社長はこれからも日本の魂であるお米で人をつなぎ続けていくだろう。
伊藤明宏/1975年神奈川県生まれ。1996年に株式会社ヤマイチライスに入社し物流部にて精米商品の配送を行う。その後、営業部へ異動すると、2021年には同社代表取締役社長に就任。2023年には同社グループ会社株式会社そらちファームの代表取締役、スタイルグラフ株式会社の代表取締役に就任する。