※本ページ内の情報は2024年12月時点のものです。

株式会社武蔵野は、不動産業や旅館経営など、複数の事業を展開している。代表取締役社長の太田亨氏は特に、旅館経営の分野で新たな取り組みに挑戦してきた。

3つの旅館のうち、武蔵野観光旅館本館は箱根吟遊(はこねぎんゆう)として2002年11月に再建し、現在は同氏の従弟である専務が主に経営を担当。ほかの2つの旅館である「四季の湯座敷」武蔵野別館と箱根 時の雫は同氏が担い、本社の不動産事業や経理はまた別の従弟たちが担っている。

「超現場主義」にこだわり、代表取締役社長になってからも積極的に現場へ出向き、現場を通して顧客のニーズをつかんでいる太田氏。

今回、「自分にできないことを他人に任せない」と話し、経営者として率先垂範しながら会社を牽引する同氏に取材し、武蔵野の旅館が長年にわたって愛され続ける背景に迫った。

貸し切り露天風呂の導入など、顧客のニーズに合わせた旅館づくり

ーー入社のきっかけと入社後の取り組みについて教えてください。

太田亨:
私は日本工学院専門学校を卒業後、コンピューター会社に技術者として数年勤め、それから武蔵野へ入社しました。武蔵野を経営していた妻の父から「旅館業を継がないか」と誘われたのが、入社のきっかけです。私の中に新しい世界に飛び込んでみたいという気持ちがあり、旅館業への挑戦を決めました。

入社直後に取り組んだこととして、「四季の湯座敷」武蔵野別館に貸し切り露天風呂を導入したことが挙げられます。これは、貸し切り露天風呂に対するニーズが高まっていることを受けて、導入しました。

また、食事の内容を変え、大浴場を改装したのも、時代とともに変化するお客様のニーズを汲み取ったからです。ただ、武蔵野観光旅館本館が火事で全焼したのが、私が社長に就任して3ヵ月後で、大変な思いもしました。

それぞれの旅館が自分たちのお客様にリーチすることが大切

ーー事業を行ううえで大切にしている考え方と、旅館の強みや特徴について教えてください。

太田亨:
1つの事業所にトップが何人もいると、経営はうまくいきません。そのため、何かを任せるときにはそれぞれ特定の1人に任せることを大切にしています。

弊社は自社で源泉を保有しており、敷地内に温泉が2つあるのが強みです。「箱根吟遊」はバリ島のリゾートのような旅館、「四季の湯座敷」武蔵野別館は館内の廊下もすべて畳敷きの古典的な和風旅館、箱根 時の雫は和と洋を織り交ぜた旅館です。

3つの旅館はテイストがまったく違うので、ターゲットとなるお客様も変わってきます。個性の異なるそれぞれの旅館に惹かれるお客様に、個別でアプローチをすることが大切だと考えています。

それぞれの旅館に対して、お客様の求めるものが違うからこそ、私は「こちらの旅館は空いていないけれど、こちらの旅館は空いているから来てください」といった営業はしたくありません。そのため、それぞれの旅館にほかの旅館のWebサイトのリンクを貼って宣伝するようなこともしていないのです。

息の長い商売だからこそ、拡大よりも「深掘り」をしていきたい

ーー旅館経営で大切にしている考え方を教えてください。

太田亨:
「超現場主義」の考え方を大切にしています。たとえば箱根時の雫のダイニングルームでの食事の提供には、私もスタッフとして携わりました。食事を提供する経験をすることで、お客様が何を望んでいるかがわかると思ったからです。

また、スタッフにも芦ノ湖まで行ってもらい、お客様に提供するワカサギを釣るという経験をしてもらいました。そうすることでお客様に「自分たちで釣ったワカサギです」と説明しながら提供できますし、それが新しい接客スタイルにもなります。ほかにも、栗の時期には自分たちで栗拾いに行きますし、2010年からは蕎麦の栽培も始めました。

自分たちで魚を釣りに行ったり、蕎麦を栽培するだけではなく、毎日蕎麦打ちもしており、お客様により強い思いを込めて料理を提供できるようになりました。そして、スタッフの特別な思いが込められた料理だからこそ、弊社の旅館の料理のファンになってくれるお客様が多いのだと感じています。

私は「利益を生むのは現場であり、問題が起きるのも現場だ」と思っています。そのため私自身はもちろん、スタッフたちにも「超現場主義」を徹底しています。「超現場主義」で一生懸命に取り組む姿勢が弊社の強みですし、この強みによって独自の接客や思いを込めた料理の提供など、高品質なサービスを実現できています。

ーー今後、どのように旅館を経営していきたいですか。

太田亨:
新婚旅行や家族旅行など、特別なイベントの際に旅館を利用する人は多くいます。お客様の思い出に残る大切な場所となる可能性もあるので、まずは存続し続けることが最も大切だと思っています。

私自身、今ある事業を続けることがいかに大変かをよく理解しているので、事業の拡大にはあまり興味がありません。基本的には息の長い商売でもあるので、事業を拡大するのではなく、地域に根を張ってお客様から必要とされるような旅館を経営していきたいです。

編集後記

「武蔵野は人が資本の会社」と語る太田社長。同社が愛されるのは、経営者が現場に立つことで組織の連帯感や士気が高まり、「超現場主義」がスタッフにしっかりと伝わっていることによって、顧客に質の高いサービスを提供しているからなのだろう。

太田亨/1983年に日本工学院専門学校卒業後、コンピューター関連の会社に入社。1989年に株式会社武蔵野に入社し、2000年に代表取締役社長に就任。