愛知県一宮市を中心とした尾州エリアで生産される「尾州ウール」。その品質の高さと伝統技術は、国内外から注目を集めている。1953年に設立された西川毛織株式会社は、尾州ウールの名産地でトップクラスの売上高・生産量を誇る毛織物メーカーだ。代表取締役の西川隆造氏に、就任までの流れや企業が成長した背景、現在の強み、今後の展望についてうかがった。
不況の最中に代表就任、毛織物メーカーに「企画力」をプラス
ーー西川毛織に入社するまでの経緯をお話しいただけますか?
西川隆造:
自宅兼会社という環境で生まれ育ったため、物心ついた頃には「将来は自分が家業である西川毛織を継ぐのだ」と思っていましたね。そこで、外の世界で修業することを目的に、大学卒業後は大手アパレル企業へ就職しました。百貨店での対面販売など、面白い経験ができたと感じています。
家業に入ったのは1986年のことです。当時の西川毛織は無地がメインだったところ、柄が入っていないと生地が売れない時代に突入していました。私は3年ほど生産部門に在籍したのち、営業部門に移ってからはニーズの移り変わりを肌で感じるようになり、時代に合ったデザインを学びながら企画力を磨いていきました。
ーー社長就任後の取り組みや心得についてお聞かせください。
西川隆造:
代表取締役に就任した2002年は、金融危機により取引先が多数廃業するなど、経済的にとても厳しいタイミングでした。どん底からのスタートを乗り越えてからは増収・増益が続きましたが、コロナ禍で再び苦境を味わうこととなります。
営業も自粛せざるをえない社会情勢でしたが、社員には「空振りでもいいからスイングしてきなさい」と伝えていました。新しい一日を探す気持ちで、とにかく前へ進む姿勢は常に心がけています。行動を止めなければ、どんなに難しい商談であっても、いつかは実るかもしれません。
また、商品のバリエーションを増やすことにも注力しました。フォーマル向けの生地は国内で70%のシェアを獲得できたので、「今後はレディースの生地に伸びしろがある」と考えたのです。2009年頃から新しい生地づくりを始めて、5年目以降に手応えを感じるようになりました。
「少人数」と「トップクラスの生産量」を強みに多彩なウール素材を展開
ーー事業内容と企業の強みをご解説いただけますか。
西川隆造:
毛織物メーカーとして、ウール(羊毛)素材を企画・製造しています。糸を購入して外注で織り、染め・洗い加工を経て、完成した生地を納品するまでが弊社の仕事です。生地の用途はさまざまで、フォーマルスーツ用の素材から、メンズ・レディースのアウター用、ユニフォーム用まで、価格設定も含めて幅広く対応しています。
弊社は生産量が業界トップレベルであることから、繊維を糸の状態にした「紡績糸」を一度に大量に輸入しています。商社を通さないため、原料を安く入手できることは同業者との差別化ポイントです。また、尾州地区1位の売上に対して、社員数40名という規模の小ささも特徴と言えます。
2023年の売上は約90億円であり、商社ではなくメーカーで社員1人あたり2億以上を売り上げる会社は稀だと思います。少人数でたくさんモノを売るためにも、「効率的・合理的に動こう」という意識が社員たちに根付いているのではないでしょうか。
ーー貴社で働く魅力をお聞かせください。
西川隆造:
「少数精鋭で自由に動ける」風潮があり、生産・販売においては、ほぼすべての判断を社員に任せています。たとえば、営業先で値段交渉に至った場合にありがちな、「上司に確認します」という対応は一切させません。
コミュニケーションを通してお客様が求めるものを見つけ、納得のいく値段で提供できることが大切なのです。たとえ会社が困る判断をしたとしても、次に活かせれば問題ありません。営業で得た情報から企画がスタートするので、個人の売上額には固執せず、「リサーチ力のある人」や「新しいものを生み出す人」が評価されます。
社員が少ないからこそ、個々の働きがフェアに判断されるとも言えるでしょう。仕事のルーティンはなく、自由な雰囲気の中で働けるため、積極的で元気な人にぴったりの職場です。
「若手」のアンテナと「職人」の技術力で未来を切り開く
ーー今後の展望をお聞かせください。
西川隆造:
日本国内のスーツ需要は減りつつあるため、スポーツメーカーや海外を対象にウール事業を展開中です。現在は試行錯誤して中国を開拓中で、ゆくゆくは中東・アメリカ・ヨーロッパと世界中に取引を広げられればと思います。
国内の外注先では、人材の高齢化や機械の老朽化によって事業を撤退するケースが出てきました。ものづくりのノウハウを蓄積するために、国内での設備投資や職人の育成も進めたいところです。新たな雇用が生まれることで、尾州地域にもより貢献できると考えています。
また、50代後半の社員が多いことから、流行に敏感な若手人材の採用には特に力を入れています。「社員の若返り」は今後も改革のポイントですね。生活様式の変化を予測しにくい業界ですが、ニーズを素早くキャッチできる環境を整え、既存・新規を問わず「お客様が欲しいものをつくれる会社」であり続けたいと思います。
編集後記
あらためて数字を見ると、「年間売上約90億円」「販売先企業数225社」といった大規模な事業が、40名という少数精鋭で行われていることに驚きを隠せない。会社と社員、顧客のすべてにメリットがある「自由度の高さ」によって、西川毛織のスタイルが成立しているのだろう。
西川隆造/1960年生まれ。立命館大学を卒業後、百貨店向け大手アパレル企業へ入社。業界のイロハを学び、1986年に西川毛織株式会社へ入社。2002年に代表取締役社長に就任。数ある尾州毛織物会社の中の1社という位置づけだった会社を、売上高・生産量ともに尾州No.1へ押し上げる。現在は尾州の技術を継承するため、雇用と設備投資を積極的に行っている。