※本ページ内の情報は2025年1月時点のものです。

日本の漬物業界は、消費者の高齢化と健康志向の高まりを背景に、減塩タイプや機能性商品の需要が拡大する一方で、若年層の漬物離れが深刻である。それに加え、原材料費高騰や人手不足、法改正に伴う設備投資の増加など、経営環境も厳しさを増している。

このような状況下で、伝統と革新のバランスを保ちながら、組織改革とブランド戦略で着実に成長を遂げてきた岩下食品株式会社。今回は、代表取締役社長の岩下和了氏に、業界が直面する課題への対応策や今後の展望について話をうかがった。

「家業から企業へ」を掲げ、人事制度改革と組織のルール作りに注力

ーー家業を継ぐまでの経緯を教えてください。

岩下和了:
私は大学を卒業後、住友銀行に入行しました。将来的に家業を継ぐ意思があり、まずは他業界で経験を積むべきと考え、恩師にも勧められて選んだのが銀行でした。

弊社への入社のきっかけは、経理を担当していた番頭さんが病に倒れたことです。それに加え、「岩下の新生姜」のテレビコマーシャルが始まり、全国的な認知度が急速に高まったことで、それまで主に血縁者や地域人材を中心にしていた採用方針を見直し、広域採用を開始したことが大きな転機でした。全国から優秀な人材を育成するためには、新しい視点で私が対応する必要があると感じたのです。

ーー入社後、まず取り組まれたことは何ですか。

岩下和了:
入社後は社内体制の整備に着手しました。それまで家族経営だったために、明確なルールが存在せず、一からつくる必要がありました。家族経営から脱し、組織的で透明性のある経営を目指して、人事制度を改革し評価制度を導入しました。

顧客の声を反映した商品開発体制と新生姜ミュージアムで伝える伝統食品の新しい魅力

ーー製品に関して、大切にしていることは何ですか?

岩下和了:
私たち岩下食品にとって最大の喜びは、お客様が「これ、美味しい!」と笑顔になってくださる瞬間です。食卓に新たな笑顔をお届けするため、日々努力を続けています。

創業百年を超える中で、私たちは「大衆品の中の高級品」を提供するという理念を掲げ、親しみやすさと本格的なおいしさを追求してきました。その結果、現在では、生姜漬けやらっきょう漬けなどの酢漬野菜で日本一のシェアを誇ります。

また、お客様に親しみをもっていただくための工夫もしています。SNSでは、岩下の新生姜に好意的な意見や感想をいただいており、その声に応える形で商品開発を進めています。たとえば、「ピンクの新生姜は可愛い」という声を背景にピンクがブランドカラーとして定着しました。業種を超えたコラボレーションなど、ファンの声を反映した新しいアイデアが生まれています。

ーー岩下の新生姜ミュージアムは、どのような思いから作られたのですか?

岩下和了:
2015年に開設した岩下の新生姜ミュージアムは、もともと父が運営していた美術館をそのまま活用しました。父は美術品を収集し、それを一般公開することで地域文化に貢献しようと考えていました。亡くなる前に美術品は売却しましたが、残った美術館を活用すべく、新たに誕生したのが、岩下の新生姜ミュージアムです。

このミュージアムは、岩下の新生姜を幅広くPRする基地になっています。カフェでは岩下の新生姜を使った料理を提供し、岩下の新生姜をテーマにしたさまざまな展示や体験型のイベントを提供しています。特に、商品のイメージカラーであるピンクを基調にした展示や、公式キャラクターのイワシカの個性溢れるグリーティングは、多くの来場者に喜ばれています。

来館者が楽しみながら、岩下の新生姜の特別なスペック、健康効果、汎用性の広さを体感して頂き、生活の中に取り入れて頂くことを目指しています。

ブランド認知のさらなる先へ、未来を見据えたグローバル戦略

ーー最後に、今後の展望を教えてください。

岩下和了:
「岩下の新生姜」は日本国内で広く認知されていますが、今後もこのブランドを消さないように、商品名は知っているけどまだ食べたことのない方々へのアプローチを強化していきます。

すでに日本全国のスーパーやコンビニで取り扱われていますが、今後は外食産業や食品メーカーとの新たなコラボレーションを通じて、新規顧客の拡大を目指します。また、ロサンゼルス、オーストラリア、台湾など、海外のお客様から、岩下の新生姜を購入したいという要望をいただいているため、これらの地域への輸出拡大も計画しています。

国内市場では、顧客層の高齢化が進む中、若年層にも支持されるようなヘルシー志向の商品開発や新しい食べ方の提案に取り組んでいきます。さらに、WEBプロモーションにも注力し、より多くの方に「岩下の新生姜」の魅力を伝えていきたいと考えています。

編集後記

「家業から企業へ」というスローガンのもと、人事制度改革や組織のルール作りに注力してきた岩下食品株式会社の姿勢は、同様の課題を抱える多くの中小企業にとって貴重な参考事例になるだろう。

特に印象的だったのは、ファンの声を積極的に取り入れた商品開発やブランディング戦略だ。このアプローチは、消費者との新たな関係性構築に大きな可能性を示唆している。今後、同社がどのように海外展開を進め、さらなる成長を遂げるのか、引き続き注目したい。

岩下和了/1966年、栃木市生まれ。慶応義塾大卒。住友銀行(現・三井住友銀行)を経て93年同社入社、2004年から現職。2015年、岩下の新生姜ミュージアムを開館し館長に就任。