2023年3月、経済産業省は「次代を担う繊維産業企業 100 選」を発表した。繊維業界は、海外製品の増加や国内の人口構成の変化、さらにはSDGsに対する意識の高まりを背景に、ここ20年で大きな転機を迎えている。その中で、環境配慮を軸に革新的な取り組みを行う企業として選ばれたのが、株式会社ナカノアパレルだ。
今回は、代表取締役社長の中野一憲氏に、サスティナブルな取り組みを目指すきっかけや実施例、そして未来へのビジョンについてお話をうかがった。
言葉にする勇気が切り拓いた憧れのデザイナーとの出会い
ーー株式会社ナカノアパレルに入社するまでの経緯を教えてください。
中野一憲:
もともとファッションに興味があり、京都産業大学を卒業後、ロンドンへの語学留学を経て服飾の大学に進学しました。海外に留学したのは、ベルギーにいる憧れのデザイナーの店舗に通いたいという思いがあったからです。
春休みのある日、その話を学校長にしたところ「なぜ行動しない?」と促されました。この言葉に背中を押されて、翌日には憧れのデザイナーの店舗を訪問し、彼と写真を撮りました。そのときに、「夏休みにおいで」と声をかけられたため、リップサービスかと思いつつも再び訪れると、2週間のインターンを許されたのです。
インターン期間中、認めてもらえるかもしれないという期待を胸に全力を尽くしたところ、「暇なときに来ていいよ」との言葉をかけてもらったため、週末ごとに足を運び続けました。
その頃、彼が仕事で日本へ行くことになり、通訳として同行する機会を得ました。そして、ロンドンの学校を1年で卒業し、彼のもとでショップの販売スタッフとして3年半働いた後、2003年頃に帰国して株式会社ナカノアパレルに入社しました。
産廃から収益へ。サスティナブルが開く未来
ーー改めて、貴社の事業内容についてお聞かせください。
中野一憲:
弊社は、縫製工場を持つアパレル会社です。OEM(受託生産)とODM(自社提案製品の生産)の両軸で、大手アパレルメーカー向けに生地裁断から縫製まで一貫したサービスを提供しています。国内だけでなく、中国、ベトナムにも100%出資の自社工場を持ち、ものづくりに比重を置いた生産体制を構築しています。弊社の生産割合は、ODM商品が全体の8割を占め、残り2割がOEM受注です。
ーー貴社の特徴として「サスティナブル」が挙げられると思いますが、この方針に舵を切られたきっかけはありますか?
中野一憲:
最初はサスティナブルを他人事として捉え、敬遠していました。確かに、ヨーロッパのファッション業界はすでに取り入れている企業が多く、海外取引を考える上で重要なテーマであるとは思っていましたが、国内顧客が多い弊社にとって、すぐに取り組む意義を感じなかったのです。
そんな中、法政大学院の丹下英明教授と中小企業診断士の新家彰氏に出会い「中小企業ならではのサスティナブルな取り組みが、新たな利益創出につながる」との言葉に触れ、理解が深まったのです。
また、取引先企業が方針を変えてサスティナブルを導入した場合に、弊社がすぐに対応できるのかどうか自問し、危機感を覚えたことも大きな転機となりました。半年間、勉強会に参加して試行錯誤を続けた結果、2022年10月にサスティナブル宣言を発表しました。
ーー具体的にどのような取り組みをしているのですか?
中野一憲:
成功例の1つとして、裁断時に出る切れ端の再利用があります。以前は産業廃棄物として処理費を支払って処分していましたが、県下の日新工業株式会社から打診され、防水シートの材料として弊社の廃材を活用していただくことになりました。
日新工業では、これまで古着を粉砕して利用していましたが、ボタンやファスナーなどの除去が必要でした。その点、弊社の廃材は裁断しただけなので、除去作業が不要だったのです。結果として弊社の費用負担も軽減され、わずかですが収益を得ることができています。
この取り組みが地元のテレビ局や情報誌で取り上げられ、近隣の企業から「うちもやりたい」と連絡をいただくようになりました。現在は11社と協力して、環境活動を進めています。また、経済産業省の「時代を担う繊維企業100選」に選出され、社会的評価もいただきました。
今後はこの活動を海外にも展開する方針です。ベトナムや中国の工場でも廃材を100%リサイクルする体制を、現地のリサイクル業者と連携して整えています。
国産1.5%の危機感から、製造業復権への道
ーー中野社長が目指すこれからの未来を教えてください。
中野一憲:
「失われた30年」という言葉がありますが、この期間、製造業は生産力を安価な国へ移し続けてきました。アパレル製造業も例外ではありません。2022年の国内アパレル市場における衣料品の輸入比率は98.5%に達し、日本で製造される製品はわずか1.5%です。ここで一度立ち止まり、生産性の向上に目を向けることが、私たちに課せられているテーマではないかと感じています。
日本の人材不足に対応するため、社員の給料水準や生産性向上が大きなテーマであり、効率を高めるための設備投資やデジタルの平準化によるDXの推進が不可欠です。これらの取り組みは、最終的にはサスティナブルな活動につながると考えており、弊社のテーマとしてぶれずに突き進んでいく所存です。また、日本の工場で生産性を高め、その成功事例を中国やベトナムの工場に展開することで、海外でも持続可能な活動を続けていきます。
編集後記
環境配慮型経営の姿勢を貫く株式会社ナカノアパレルは、廃材の活用だけにとどまらず、社員が使用する名刺や封筒に再生紙を使用するなど、日常の細部にわたり改革を進めている。徹底した取り組みが従業員の意識改革を促し、企業としての一貫性を生み出している。環境への配慮に優れた縫製工場として、知名度を高めている同社のサスティナブルなノウハウが広まっていく未来は近いだろう。
中野一憲/1976年、大阪府生まれ。京都産業大学を卒業。ヨーロッパの服飾大学へ留学後、ベルギーアントワープのBIG BVBAにて3年半勤務。帰国後、株式会社ナカノアパレルへ入社。2023年に同社代表取締役社長に就任。サスティナブル縫製工場宣言を行いSDGs推進の活動にも注力している。