※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

高齢化による茶道人口の減少や、伝統文化・芸能の後継者不足など、日本文化の衰退は国として解決すべき問題の一つである。

この問題を解決しようと、日本文化を人々に広める活動を続けているのが株式会社ジェー・ピーだ。同社は、カラオケの映像・紀行番組等のコンテンツ制作及びライセンス提供、廉価版CD・DVDの流通の他、和文化体験を発信するための事業を展開している。

「企業ミッションは文化の裾野を広げること。一つの事業に特化していないからこそ、時代の変化に適応できる」と語る代表取締役社長の中西聡氏に、同社の今までの道のりや活動について話を聞いた。

留学時代に演劇にハマり、社内に音楽制作・舞台俳優マネジメントの部門を立ち上げる

ーー貴社の社長に就任するまでの道のりを教えてください。

中西聡:
早稲田大学在学中、スコットランドのSt.Andrews(セント・アンドリューズ)大学に1年間留学していたときのことです。当時の私は演劇にハマっていて、観劇のために度々ロンドンまで足を運んでいました。このときの経験が、その後の私のキャリアに大きく影響しています。

大学卒業後、大手電機メーカーの国際部で勤務していたときに、知人から「東宝グループで、ミュージカルが好きで海外経験のある人材を探している」という話を聞き、転職することにしました。東宝グループでは、ミュージカル制作や舞台俳優のプロデュースに携わりました。

その後、ジェー・ピーの創業者である父から、家業継承の打診がありました。これまで築いたキャリアやご縁を活かして会社を成長させていきたいと考え、新規事業として演劇専門レーベルの立ち上げや、舞台俳優のマネジメント部門を創設することを条件に 2005年に弊社へ入社します。そして2016年、代表取締役社長に就任しました。

ーーその後、茶道の事業など、日本文化にまつわる新規事業に参入されていますが、どのような経緯があったのでしょうか。

中西聡:
学生時代に茶道を嗜(たしな)んでおり、社長就任とほぼ時を同じくして、再度本格的に取り組み始めたのがきっかけです。当時は、祖業の映像事業がコモディティ化する傾向にあり、新しい事業軸を模索していました。

そこで、インバウンドや海外展開を見据えた日本文化への取り組みを開始しました。本社のそばに和風サロン「御会所 心音」を開設し、当代一流の文化人の方々とのご縁を深めていきました。その過程で平安時代の茶道を探求する師匠と出会い、家元を受け継ぐことになりました。

茶道というと500年ほど前の千利休に始まるイメージを持たれる方が多いですが、実は千年以上前の貴族の生活様式にルーツがあります。外国人に人気の京都文化とも親和性が高いです。

そこで、コロナ禍を機に和風サロンからの業態転換に事業再構築補助金を活用し、新規事業として、平安朝茶道「淹茶道(えんちゃどう)」の体験施設を熱海に開設した、という流れです。

師匠が広めてきた日本舞踊の衰退を止めるべく、新たな運動プログラムを開発

ーー社長就任後にぶつかった壁についてのお話を聞かせていただけますか。

中西聡:
一つは、海外の出版社と共同で分冊百科シリーズを出版したときのことです。当初は2社でリスクを負って出版するという話でしたが、途中で先方がこの事業から降りてしまい、弊社がすべてのリスクを負うことになりました。

広告宣伝にも力を入れましたが、期待するヒットに至らなかったのが実際のところです。しかし、こういったピンチもチャンスととらえたからこそ、採算が取れなくなった事業を見直し、時流にあわせた体制へと会社の舵を切ることができたのだと思います。

もう一つは、コロナ禍です。基幹事業のカラオケ市場も大きな打撃を受けましたし、コロナ前から取り組んでいた日本舞踊の体幹エクササイズ「NOSS(にほん・おどり・スポーツ・サイエンス)」も、対面での講座開催が困難になりました。

NOSSは、日本舞踊西川流の家元の西川右近先生が日本舞踊の衰退を案じて、誰もが楽しく取り組める運動プログラムとして、スポーツ科学の権威である中京大学の湯浅名誉教授と共同開発したものです。

西川右近先生との出会いも、当社の和風サロン「御会所 心音」がくれたご縁で、私の心の師匠です。ご自身が創案したNOSSの事務局を弊社に任せてくださり、また、家元業のことなど多くのことを学ばせていただきました。

NOSSは、インバウンド向けの和文化コンテンツという点でも、また、今伸びているヘルスケア事業にもリーチできる点でも、期待のかかる事業。コロナ禍でその灯を消さないために、これもピンチをチャンスと捉え、スポーツ庁の助成金等を活用してオンラインレッスンの仕組みを整備。もとより映像制作は当社の得意分野です。これにより、これまで全国の開催地に講師と事務局が出向いて講座を行わなければならなかったのが、いつでも・どこでも学べるようになり、事業の展望が開けました。

サロンや教養講座の運営を通して日本文化の普及に貢献する

ーー海外での活動について聞かせてください。

中西聡:
2024年にアラブ首長国連邦の首都アブダビの政府観光庁から呼ばれて、現地の人々に茶道のパフォーマンスを披露しました。

中東の国々ではアニメなど日本のコンテンツが人気で、アブダビの政府観光庁としては「アニメを入り口に、日本の文化についても知ってほしい」という考えがあったようです。

アブダビのほかに、シンガポールやロサンゼルスでも日本の茶道を紹介する活動などに尽力してきました。日本文化を世界に広めるという非常に意義のある活動に向け、今後も力を入れて取り組んでいきます。

ーー最後に、今後の展望をお願いします。

中西聡:
弊社では、平安時代の茶道文化である淹茶道に触れられる施設として「浮月院(ふげついん)」を熱海で運営しています。ここでは平安時代のお茶や薫物(たきもの。お香のこと)を楽しんだり、装束を着たりできるのですが、今後は、復元した平安時代の茶器などの調度品や、茶葉の提供なども始めていきたいですね。これまでのビジネスや熱海でのご縁を活かし、各方面のパートナーと鋭意研究開発中です。

ほかの事業としては、人文科学に特化した教養講座「JPカルチャー・オンライン」の運営が挙げられます。これは、各分野の第一人者とも言える教授陣が、主に日本文学に関する講義を行うというものです。現在は配信のみですが、今後はパッケージでの提供も行うなど、マルチに展開し、生涯学習やリベラルアーツの観点からも文化の裾野拡大に貢献したいと考えています。

編集後記

茶道や華道、日本舞踊などの日本文化について、より多くの人に興味を持ってもらうためには、今の時代に合った形で人々へ届ける必要がある。

株式会社ジェー・ピーが手がける「平安朝茶道」や「日本舞踊エクササイズ」は、日本文化を新しい切り口で伝えている好事例だと言えるだろう。日本文化の衰退を止めるために重要な役割を果たす同社が今後何を仕掛けるのか楽しみだ。

中西聡/1974年、東京都生まれ。英国St.Andrews大学への留学を経て早稲田大学を卒業。卒業後は大手電機メーカー国際部でMENA市場を担当した後、東宝ミュージック株式会社にてエンターテイメント・プロデューサーとして、帝国劇場はじめ全国で数々の舞台を手掛ける。2005年、株式会社ジェー・ピー入社。2016年、代表取締役社長就任。平安朝茶道・淹茶道®二代目宗師 宗家家元。国立音楽大学でも教鞭を執る。2025年4月、国立音楽大学准教授就任を機に、株式会社ジェー・ピー代表の任を退き、筆頭株主(オーナー)としてJPホールディングスの見地から企業価値のさらなる向上を支援している。(※このインタビューは2024年度中に行われました。)