※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

1949年の創業以来、出版取次として日本の出版文化を支え続けてきた日本出版販売株式会社。2019年にホールディングス体制へ移行し、日販グループホールディングス株式会社を設立した。近年は、長年の商慣習であった委託制度からの脱却を目指し、データに基づいたマーケットイン型の出版流通改革を牽引している。また、グループ各社では、雑貨やイベント事業、海外展開など、出版取次から派生した多角的な事業ポートフォリオを構築し、新たな価値創造に挑んでいる。2024年に代表取締役社長に就任した富樫建氏は、現場での多様な経験と改革への強い意志を持ち、グループのDNAを次代へと継承するリーダーだ。「人こそ競争力」と語り、社員がいきいきと活躍する組織づくりに邁進する富樫氏に、これまでの歩みと今後の展望についてうかがった。

キャリアの原点とイノベーションへの挑戦

ーーまずは、貴社に入社された経緯を教えていただけますか。

富樫建:
学生時代にレンタルビデオ店でアルバイトをしていたのですが、当時は映画などの映像作品が飛ぶようにレンタルされ、多くの人の心を動かしていました。その経験から「人の心を動かす仕事に携わりたい」と考えるようになり、就職活動で行き着いたのが日本出版販売株式会社でした。入社してみて、社員たちが文化やカルチャーに対して強い矜持を持って働いている姿に感銘を受けたことを覚えています。

ーー入社後はどのようなキャリアを歩まれたのですか。

富樫建:
入社後は経営戦略室に配属された後に、営業推進部門などを経て、出版業界全体のサプライチェーンマネジメントを構築するプロジェクトに携わっていました。当時は業界内で販売データなどの情報の共有が十分になされていなかったため、出版社と書店をつなぐ情報共有の仕組みを構築し、製造サイクルの最適化や書店の品揃え改善、オペレーションの効率化に取り組みました。この経験を通じて、出版社や書店の方々の考えに深く触れることができ、業界構造を肌感覚で学べたことは、今の私の大きな財産になっています。

そうして流通の効率化を進める一方で、お客様が本を購入する理由とか、本を読みたくなる時間、あるいは足を運びたくなる本のある場所といった、「本と人のタッチポイント」をつくるということがもっと必要だと感じていました。そういった中で、2015年頃からは本を起点とした新しい空間の創造を担うリノベーション事業に関わることになりました。具体的には、箱根にある「本と人との出会いの場」をテーマにしたブックホテル「箱根本箱」や、「文化を喫する、入場料のある本屋」をコンセプトにした「文喫 六本木」の立ち上げを経験しました。まったく新しい業態への挑戦でしたが、本と過ごす時間の豊かさを再定義し、空間としての価値を創出する取り組みは、私自身の視野を大きく広げてくれました。

出版取次のDNAを受け継ぐ多様な事業展開

ーーグループにおける事業の強みや特徴についてお聞かせください。

富樫建:
弊社の強みは創業以来大切にしてきた「人と文化のつながり」というDNAを土台に、出版取次から派生した多様な事業ポートフォリオを展開し、さまざまな形で「豊かさ」を届けている点にあると感じています。

たとえば、グループで海外事業を担う日販アイ・ピー・エス株式会社が展開する「CLUB JAPAN」というサービスがあります。これは海外に駐在する日本人向けに、書籍や雑誌はもちろん、食品や日用品も届ける福利厚生サービスです。当初は「海外では日本語の本が手に入りにくい」という声があり、日本の本や雑誌を海外へ届けるところから始まりましたが、現在では生活必需品全般を扱い海外駐在員の方の生活に、豊かさをもたらすプラットフォームへと進化し、多くのグローバル企業様にご利用いただいています。

ーーその他には、どういった事業を展開しているのでしょうか。

富樫建:
その他の事例として、エンタメ事業を担う日販セグモ株式会社が運営する「文具女子博」などが挙げられます。もともとは検定事業を行っていた会社で、趣味に特化した検定を制作し、その検定に関する問題集など検定本を書店で販売する、ということから始まっています。そこから派生して、文具好きのための体験型イベントを企画したところ、大変大きな反響をいただきました。文具メーカーとお客様を直接つなぎ、好きなものに囲まれた豊かな空間・時間を過ごす、大きな熱量を生む場となっており、累計来場者数は75万人を超えています。

このように、出版流通で培ったネットワークやノウハウを活かしつつ、時代のニーズに合わせて形を変えながら豊かさを届けていく。それが日販グループの多様性であり、強みだと考えています。

流通改革とグローバル展開 そしてESG経営へ

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

富樫建:
最大のミッションは、経営理念である「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける。」ための基盤を盤石にすることだと考えています。まずは祖業である出版取次を再興することです。そのために、従来のプロダクトアウト型から、需要に基づいたマーケットイン型の流通へ、抜本的な改革を進めています。

具体的には、ドイツなどの海外事例を参考に、書店が主体となって仕入数を決定し、出版社がそれに基づいて生産するモデルへの転換です。この取り組みを推進するために、書店と出版社をつなぎマーケットイン型の出版流通を構築する、株式会社ブックセラーズ&カンパニーを設立しました。現在は参画書店と連携して実売率の向上と返品率の削減に取り組み、持続可能な出版流通の実現を目指しています。

ーー他にどのようなことに注力されているのでしょうか。

富樫建:
出版業界はこれまで、大量生産・大量消費の側面があり、返品や廃棄に伴う環境負荷が課題でした。そこで、出版取次を祖業とする日販グループはESG経営(※)を掲げ、この問題に本気で向き合っています。流通改革による返品削減は、そのままCO2排出量の削減にもつながりますので、環境に配慮したビジネスモデルへの転換は企業の責務だと考えています。

さらに、グローバル比率も引き上げていきたいと考えています。日本のコンテンツや文化に対する世界的な関心は高まっていますので、私たちが持つ商材やサービスを世界中に届けることで、新たな市場を開拓していきます。

(※)ESG経営:環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)の3つの要素を重視する経営方法。

ーー最後に、日販グループをどんな会社にしていきたいですか?

富樫建:
私は、企業の競争力の源泉は「人」にあると確信しています。どれほど優れた戦略があっても、それを実行するのは人だからです。日販グループの企業理念である「すべての人に豊かさを届ける」を実現するためにも、まずはそれを届ける私たちが豊かでなければならない。だからこそ、社員一人ひとりがやりがいを持ち、自律的に活躍できる仕組みや文化をつくっていきたい。多様な個性を持つ社員が、それぞれの強みを発揮し、失敗を恐れずに挑戦できる。そんな魅力的で、働いている人が輝く会社にしていきたいですね。そうした「人」の力が集まることで、日販グループはさらに面白い会社へと進化していけると信じています。

編集後記

「出版不況」という言葉が聞かれて久しいが、富樫氏の言葉からは、変化をチャンスと捉え、果敢に挑むポジティブなエネルギーが感じられた。現場での実践経験を持つ同氏は、業界の構造的な課題を冷静に見つめつつ、文具女子博や海外事業など、新しい芽を確実に育てている。「人こそ競争力」という言葉通り、社員のエンゲージメントを高めながら進める同社の変革は、日本の文化産業に新たな光を当てることになるだろう。今後の日販グループの飛躍が楽しみだ。

富樫建/1976年神奈川県出身、早稲田大学卒業。1999年日本出版販売株式会社に入社。経営戦略室、営業推進室を経た後、リノベーショングループを担当。2019年4月執行役員営業本部副本部長および営業推進室長、リノベーション推進部長に就任。同年10月、日販グループホールディングス株式会社の取締役および日本出版販売株式会社の取締役執行役員に就任。2024年4月、日販グループホールディングス代表取締役社長に就任。2025年4月より日本出版販売株式会社の代表取締役社長を兼任。