紙やゴム、プラスチックといった多様な素材に対応する断裁機のパイオニアとして105年の歴史を誇り、世界で初めて断裁機にコンピュータを搭載するなど、革新的な技術開発で業界をリードしてきたイトーテック株式会社。同社は製本用の紙断裁機で培った技術を活かし、近年は釣り具やゴルフクラブに使用されるカーボン素材の断裁機製造へと事業領域を拡大。
高精度かつ長寿命という特長はそのままに、効率性と安全性を追求した次世代機の開発にも着手している。創業以来の「顧客第一」の精神で、さらなる進化を遂げようとする同社の代表取締役社長、嵐成樹氏に話をうかがった。
紙からカーボンへ、事業領域を広げた決断
ーー入社から社長就任に至るまでの経緯をお聞かせください。
嵐成樹:
私は熊本県の出身で、熊本商科大学(現:熊本学園大学)を卒業して、1987年に弊社に入社しています。入社後は営業の仕事に携わっていました。もともとじっとしていられない性質で、常にお客さまの会社を訪問し、地方を飛び回っているという仕事ぶりでした。
その後は東京支店営業課長、東京支店支店長、取締役営業本部長を経て専務取締役に就任。2021年のコロナ禍の最中に、代表取締役社長に就任しました。
ーーコロナショックをどのように乗り越えたのですか?
嵐成樹:
ものが売れず困りましたが、「3密を回避できるレジャー」として釣りやゴルフがブームとなり、釣り具とゴルフクラブの需要が増えたことが、弊社にとっての救いになりました。釣り具やゴルフクラブに使用されているカーボンの切断に、弊社の断裁機が必要とされたのです。
製本などに使用する紙断裁機を主軸としていた弊社にとって、カーボンのような紙以外の断裁機の製造は、まさに異業種へのチャレンジだったといえます。コロナショックから現在に至るまでの間に、異業種の引き合いが増え、今では売上の半分を占めるまでになりました。
震災復興に尽力し、社会貢献の意義を実感
ーー入社から現在に至るまでで、最も印象に残っているエピソードを教えてください。
嵐成樹:
2011年の東日本大震災のときのことが忘れられません。当時の私は専務取締役で、ちょうど東北エリアを担当していました。震災から1週間ほど過ぎたころに現地へ向かったのですが、私以外は自衛隊の車ばかりでしたね。弊社は現地で機械の入れ替えや修理などを手伝い、その結果、ある大手の企業様から復興支援への感謝状をいただきました。
「一生懸命に行えば、相手に感謝してもらえるものなんだな」と胸が熱くなったことを覚えています。社会に貢献することは会社のためであり、社員のためであり、さらには自分自身のためになるということを実感した出来事でした。
ーー経営者としてどのような考えを大切にしていますか?
嵐成樹:
私は座右の銘として、上杉鷹山の「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」という言葉を大切にしています。何事もやってみなければ先に進まないですよね。これは常日頃から弊社の社員にも伝えていることですが、前向きに新しいことにチャレンジしていかないと、事業は後退してしまいます。
これからの時代は、ロボットやAIなど、新しい技術を積極的に取り入れることが必要となるのではないかと考えているところです。
時を重ねて育んだ、顧客との強い絆
ーー貴社の強みはどのようなところですか?
嵐成樹:
弊社は1919年の創業から現在まで、105年という長い歴史を築き上げてきました。歴史が長い分、多くのお客さまとの取り引きがあります。その多くのお客さまのご要望に即座に対応できるサービス体制を整えているところが、弊社の強みだと思います。
たとえば生産方法ですが、多くの同業他社が受注生産を採用する中で、弊社は見込み生産を採用しています。これは、お客さまが新たに機械を発注して入れ替えるときのタイムロスを最短にするためです。
在庫を抱えるというリスクがあっても、お客さまの利便性を考えて、あらゆる機種をフルラインナップで数台ずつ取り揃えています。このようなお客さまファーストの取り組みを続けていることが、105年もの間、多くのお客さまに愛されてきた理由ではないかと考えています。
次の100年へ向けて、新たな価値創造に挑む
ーー今後はどのようなところに注力していきたいですか?
嵐成樹:
コロナショックを機に需要が高まった異業種の断裁機の引き合いが今も増え続けているので、さらに売上を伸ばしていきたいですね。「ものを重ねて切る」「細かく切る」という分野において、断裁機にはレーザーやウォータージェットよりも断面がきれいで精度が高いという強みがあります。この特徴は紙以外のものを切るときにも当てはまるため、異業種における断裁機の販路はまだまだ拡大できるはずです。
また、弊社は断裁機とロボットを組み合わせて自動化した新製品の開発に成功しています。今後は、より複雑な工程にも対応できるように、製品改良を進めていきたいですね。これまで、断裁機の使用には、熟練の技術が必要とされてきましたが、自動化によって作業の効率化や省力化を図り、お客さまの事業に貢献できればと考えています。
ーー最後に、貴社の今後の展望や社長の夢をお聞かせください。
嵐成樹:
これまでの105年間、弊社は多くの困難を乗り越え、多くの成果を上げてきました。その歩みは、私たちの誇りであり、さらなる成長への基盤だと確信しています。しかし、私たちの目標は単に過去の成功を振り返ることではありません。私たちが目指すのは、今後さらに長い歴史を刻み続ける企業へと成長することです。
そのためには、今後も優れた品質の機械を開発、市場に提供していくことが必要であり、それこそがメーカーとしての私たちの使命だと考えています。このプロセスがしっかりと行われるならば、未来の何十年にわたって、弊社は存続し、さらなる成長を続けることが可能なはずです。
また、私たちが全体の取り組みとして掲げている「いい機械をつくって売り切る」というミッションは、ただのスローガンではなく、社内文化の根幹にある重要な価値観です。全社員がこの使命を理解し、日々の業務に反映させることで、一体感を持った組織としてより強固なものとなり、会社の発展に寄与することになると信じています。
これらを通して、私たちは次の105年に向けて大きな一歩を踏み出し、より良い企業へと成長し続けられることを目指しています。
編集後記
105年という長い歴史の中で、一貫して「顧客第一」を貫いてきた同社の姿勢に深い感銘を受けた。特に印象的だったのは、東日本大震災直後の復興支援の話だ。自衛隊以外は見かけない被災地に真っ先に駆けつけ、機械の修理や入れ替えを行ったという。
その行動力の源には、「為せば成る」という経営哲学があった。伝統を守りながらも、新しい技術への挑戦を続ける。そのような同社の歩みは、老舗企業の進むべき道を示しているように感じられた。
嵐成樹/1964年、熊本県生まれ。熊本商科大学(現:熊本学園大学)商学部卒業後、1987年にイトーテック株式会社へ入社。東京支店営業課長、東京支店支店長、取締役営業本部長、専務取締役などを歴任。2021年、代表取締役社長に就任。