
農家・漁師と直接やり取りできる産地直送プラットフォーム「ポケットマルシェ」から、親子で体験する「ポケマルおやこ地方留学」、地方自治体の課題解決支援まで。株式会社雨風太陽は、従来の枠組みを超えて都市と地方の関係を再構築している。
被災地支援として始まったNPOから続く同社の取り組みは、現在では北海道から沖縄まで全国8,500名の生産者をプラットフォームでつなぐまでに成長した。今回は、代表取締役社長の高橋博之氏に、地方創生に向けた新たなアプローチと、その先にある未来像について話をうかがった。
震災をきっかけに見出した、社会課題解決への新たな道筋
ーーどのような経緯で事業を始められたのでしょうか?
高橋博之:
私が岩手県議会議員を2期務めていた際に、東日本大震災を経験しました。被災地のさまざまな課題が浮き彫りになり、それらの解決には一刻の猶予もないと感じていました。そんなとき、被災地で活動する社会起業家たちと出会い、大きな刺激を受けたのです。
政治以外にも、事業という形で地域の課題に挑戦している人たちがいることを知り、「こういうアプローチの仕方があるのか」と気づかされました。あの方々との出会いがなければ、今の私はなかったと思います。
ーーNPOから株式会社設立に至った経緯を教えてください。
高橋博之:
2013年にNPO法人「東北開墾」を立ち上げ、「東北食べる通信」という食べ物付きの情報誌を創刊しました。被災地の生産者がどのような取り組みをしているのかを特集し、その方がつくった食べ物を一緒に届けることで、多くの方にその「価値」を感じてもらえるだろうと考えたのです。
当時は一つの雑誌で1人の生産者を特集し、私が直接会ってお話をうかがい、記事にしていましたが、月刊誌では紹介できる生産者の数に限界がありました。そこで、この取り組みをさらに広げるべく、2015年に弊社を設立し、翌年にはスマートフォンアプリ「ポケットマルシェ」をローンチしたのです。
地方と都市の新しい関係をつくる、3つのソリューション

ーー現在の事業内容について詳しくお聞かせください。
高橋博之:
現在は3つの事業を展開しています。まず中心となるのが、産地直送プラットフォーム「ポケットマルシェ」です。北海道から沖縄まで約8,500名の生産者の方々と、約82万人のユーザーをつないでいます。一般的な産地直送サービスに加えて、生産者が丹精込めてつくったフルーツやチーズのサブスクリプションサービスも提供しています。
コロナ禍では多くの方々がステイホームを余儀なくされ、飲食店に行けない状況でしたが、そんなときにポケットマルシェを通じて生産者を応援しながら、普段スーパーでは見かけない食材を楽しむという流れが生まれたのです。
2つ目は「ポケマルおやこ地方留学」です。親子での地方留学を展開し、地域に根差した農家や漁師だからこそ実現できる自然体験を提供しています。参加されるのは主に都内在住の方とそのお子さんで、子どもたちに自然との触れ合いや、食べ物がつくられる過程を理解してもらいたいという思いを持った親御さんが多いですね。期間は1週間程度で、現地の生活を体験しながら農業や漁業も体験できます。
3つ目は自治体支援サービスです。地方自治体はさまざまな課題を抱えていますが、行政だけでは対応が難しい分野もあります。そこで私たちは、民間企業のノウハウを活かし、生産者の販路開拓や住民の流出防止といった課題に対して支援を行うことで、地域の活性化に取り組んでいます。
経済性と社会性の両立を目指し、日本初のインパクトIPO企業へ
ーーインパクトIPOにはどのような思いを込めましたか?
高橋博之:
同じ考えを持つ仲間を増やしたいという思いが根底にありました。「インパクトIPO」とは、社会にポジティブな変化(インパクト)を実現しようとする企業が、株式市場に株式を上場させることを意味します。私たちはNPOからスタートし、このような形で上場を目指す日本初の企業です。
これまで「きれいごと」と言われてきた社会課題の解決を、しっかりと資本主義社会の中で実現していく。そこに大きな意味があると考えています。
ーー将来のビジョンについて教えてください。
高橋博之:
2050年までに、関係人口(※)2,000万人を目指しています。今後も人口が減少していく中で、地方は人手が足りなくなり、地域を発展させるのは困難になっていくでしょう。一方で、都会には人が集中するあまり、競争にさらされて疲弊している人が多いと感じています。そこで私たちは、都会に拠点を置きながらときどき地方に行き、リフレッシュしながら地域の課題解決に関わる人が2,000万人いる状態をつくりたいのです。
これにより、都市も地方もどんどん元気になっていくのではないでしょうか。その実現に向けて、これからも人と人、地域と地域をつないでいきたいと考えています。
(※)関係人口:定住者や観光客と異なり、その地域に対して継続的に多様な形で関わる人々のこと。
編集後記
「きれいごとを実現する」という言葉が心に残った。社会課題の解決は、しばしば理想論になりがちだ。しかし高橋社長は、NPOから株式会社へ、そして日本初のインパクトIPOという新たな挑戦へと、着実に実績を積み重ねている。生産者約8,500名、ユーザー約82万人という数字は、理想が現実になりつつある証なのだと確信した。

高橋博之/1974年、岩手県花巻市生まれ。青山学院大卒。代議士秘書などを経て、2006年岩手県議会議員に初当選。翌年の選挙では2期連続のトップ当選。震災後、復興の最前線に立つため岩手県知事選に出馬するも次点で落選、政界引退。2013年NPO法人東北開墾を立ち上げ、地方の生産者と都市の消費者をつなぐ、世界初の食べ物付き情報誌「東北食べる通信」を創刊し、編集長に就任。2015年株式会社雨風太陽設立、代表取締役に就任。2023年12月、日本で初めてNPOとして創業した企業が上場を実現するインパクトIPOとして、東京証券取引所グロース市場へ株式を上場。2024年11月には、内閣官房 新しい地方経済・生活環境創生本部が開催する「新しい地方経済・生活環境創生会議」の有識者構成員に就任。