
製造業界において、持続可能な開発目標(SDGs)の実現は重要な課題となっている。日本理化学工業株式会社はその先駆者として、長年「人にやさしく、地球にやさしい」を掲げ、結果としてSDGsに基づいた企業活動を推進してきた。従業員の約7割が知的障がい者であり、障がい者雇用に積極的に取り組むことで、多様性と包摂性のある職場環境を整えている。今回は、代表取締役社長の大山隆久氏に職場づくりや事業展開について詳しくうかがった。
現場の仕事を通して「65年間障がい者雇用を続けてきた意味」を実感
ーー社長就任までの経歴について教えてください。
大山隆久:
中央大学商学部を卒業後、広告制作会社に就職しましたが、仕事をする中で、自分の力不足を痛感し、さらなる成長を目指してアメリカの大学院に留学しました。そこでマーケティング、マネジメント、リーダーシップなど、経営に関わる分野を体系的に学び、卒業のタイミングで父から「家業を手伝ってほしい」と声をかけられたのです。
弊社は1937年創業の家族経営の企業で、父は3代目の代表を務めており、私がサポートするのは自然な流れと納得もできたので、入社を決意しました。製造業は未経験だったため、まずは現場でさまざまな経験を積むことからスタート。2008年に代表取締役に就任し現在に至ります。
ーー入社後に感じたギャップや困難はありませんでしたか?
大山隆久:
弊社は障がい者雇用を推進しています。自宅と工場が近く、普段から社員と接していたため、多くの障がい者が働く職場環境には慣れていたのですが、実際に一緒に働き始めるとさまざまな場面で戸惑いました。
今思えば、「できていない部分」ばかりに目が向いていたのだと思いますが、当時の私はそれに気づかず、会社の成長を考えると、何かを変えなければならないと思い悩んだのです。
障がい者とともに会社の未来をつくる、ということが難しいと感じていた時期もありますが、さまざまなハンディキャップを抱える社員と同じ時間を過ごす中で、自分の考えが誤っていたことに気づきました。
当時の私は、「障がい者=仕事ができない」という偏見を持ち、物事の一側面しか見ていなかったのです。障がいに対する理解も不十分だったと思います。弊社は、父の代から障がい者を受け入れていましたが、私は会社を存続させるためには生産性を重視するべきと考えていました。
しかし、ともに働き、個々の特性を理解する中で、未来を共に築いていくことの意義を深く実感し、会社の在り方についても次第に納得するようになりました。
ーー社長就任後にどのようなことを考えながら仕事に向き合っているのかをお聞かせください。
大山隆久:
「会社の未来をどのように創っていくのか」を常に考えていますね。そのためには、社員一人ひとりを深く理解することが不可欠です。
働く仲間にはそれぞれの個性があり、適切な伝え方や向き合い方を工夫することが重要です。誰にとっても働きやすい環境を整えることが、社長としての私の責務だと考えています。また、他者を尊重し思いやりの心を持てる社員を育てることは、弊社の文化をさらに良いものへと成長させる原動力になると信じています。
人にも環境にも優しい新たな価値を生み出した文房具
ーー貴社の事業内容を教えてください。
大山隆久:
弊社は1937年に設立し、日本における炭酸カルシウム製チョークの先駆者として開発を続けてきました。業界トップクラスのシェアを誇るチョークや黒板拭きを中心に、さまざまな文具・事務用品の製造販売を行っています。看板商品である「ダストレスチョーク」は、体にも安全な炭酸カルシウムを使用した、長年愛され続けるロングセラー商品です。
また、近年では「キットパス」という商品に力を入れています。米ぬかを主原料としたガラスなどの平滑面にも描ける描画材で、お子さんでも安心して使える安全性の高さが魅力です。

ーー「キットパス」について、もう少し詳しくお聞かせください。
大山隆久:
キットパスは、安心・安全な筆記具で、画用紙へのお絵描きはもちろん、窓ガラスへの描画や水に溶かして絵の具としても使用できる多用途な製品です。植物由来の原料であるライスワックスを使用し、パッケージも分別可能な紙の素材にリニューアルするなど、環境に配慮した素材を使用しているため、小さなお子さまから大人まで、どなたでも安心してお使いいただけます。
2024年には【kitpas by ARTIST ecru(キットパス バイ アーティスト エクル)】が日本文具大賞でグランプリ、同時に【サステナブル部門】でも優秀賞を受賞し、社会的な評価もいただきました。

私は「アートは特別な人のものではなく、すべての人に開かれた感情表現の手段である」と考えています。キットパスを通じて、老若男女問わず世界中の人々に、アートの素晴らしさや楽しさを感じてもらえることを目指して日々の業務を遂行しています。
ーー貴社の強みはどのようなところですか。
大山隆久:
お客様満足のため社員一丸となって業務を遂行できるのは弊社の強みです。弊社の製品ラインを主に支えているのは、知的障がいを持つ社員です。それぞれの理解力やスキルに応じた作業内容を割り振り、働きやすい環境を整えることで、全ての社員が仲間として協力し、前向きに業務に取り組んでいます。
通常は決まった配属がありますが、繁忙期には立場に関係なく全員で協力し合い、ひとつのチームとして作業にあたります。このような経験を積み重ねてきたことで、強い団結力と責任感を持つ組織が形成されています。社員一人ひとりが誇りを持って取り組むことで、良い製品を安定して生み出せているのです。
世界を目指すモノづくりの現場を発信。会社見学でも職場の魅力を感じられる

ーー採用活動はどのようにされていますか。
大山隆久:
弊社では、求人サイトを通じた募集に加え、会社見学を重視した採用活動を行っています。年間で約2,000名の方々が工場を訪れ、実際の職場環境や製造現場の雰囲気を見たうえで応募していただくことで、安心して長く勤められる職場づくりに努めています。最終的な目標は、商品の世界ブランド化です。多様なバックグラウンドを持つ方々が弊社でチャレンジし、共に成長できる環境を築いていきたいと考えています。
ーー最後に今後のビジョンについて教えてください。
大山隆久:
今後は、主力製品であるキットパスの海外展開をさらに加速させる方針です。現在は北米やヨーロッパで売上を伸ばしていますが、次のステップとして、中国をはじめとするアジア圏での市場拡大を目標にしています。
そのためには、工場の生産性向上や品質管理の徹底に加え、商品の価値をいかに効果的に伝えるかが重要な課題です。キットパスの多彩な使い方や魅力を積極的に発信し、より多くの人々にその価値を知ってもらうことで、世界のスタンダードな製品として認知されることを目指しています。
将来的には、会社の成長を次世代のリーダーに託すつもりですが、それまでは私が先頭に立ち、社員とともに歩み続ける覚悟です。社会に貢献し続ける企業であるために、進化と挑戦を続けていきたいと思っています。
編集後記
日本理化学工業株式会社は、長い歴史を持ちながらも常に挑戦を続ける企業である。障がい者雇用を「戦力」として積極的に推進し、多様性を活かした組織づくりを行う姿勢には深い信念が感じられた。単なる雇用ではなく、社員一人ひとりの成長が企業の力となる好循環を生み出している。
また、環境に配慮した「キットパス」の開発や、世界ブランド化を目指すビジョンには、大山社長の情熱と社員たちの誇りがにじんでおり、製品を通して多くの人に喜びを届けたいという思いが明確に読み取れた。今後、どのような新しい挑戦が展開されるのか、その成長の行方が非常に楽しみである。

大山隆久/1968年東京都大田区生まれ。中央大学商学部卒業後、広告制作会社勤務、米国留学を経て、1993年日本理化学工業に入社。2008年4代目社長に就任。