
政府の「2050年カーボンニュートラル」宣言に伴い、国内メーカー各社もカーボンニュートラルに向けた多様な取り組みを進めている。広島県に拠点を置くシグマ株式会社もそのひとつだ。シグマ株式会社は、1937年に創業された自動車部品メーカーであり、長年にわたりマツダ、デンソー、ダイセルなどの大手企業を顧客にもつ。中国やインドに拠点を構え、外資系メーカーとも協力してグローバルに事業を展開している。
今回は、専務取締役の下中慎太郎氏から、これまでの経歴やカーボンニュートラルの取り組み、今後の展望などについてうかがった。
総合商社、MBA、戦略コンサルティングを経て家業へ
ーー貴社の沿革とどのような経緯で経営に携わるようになったのかを教えてください。
下中慎太郎:
私の曽祖父が1937年に、海軍の工場だった呉海軍工廠(こうしょう)向けの金属加工の事業をスタートしたのが、弊社の始まりです。戦後は自動車メーカーの指定工場として自動車部品の製造を行い、父が3代目を継承しました。父からは一度も継いでほしいと言われたことはありませんが、幼少期から漠然と「いつか自分が跡を継ぐことになるかもしれない」と考えていました。
大学卒業後は、経営を広い視野で学ぶために三井物産に入社しました。財務経理部門にて、中東や南米の発電所などインフラ事業に携わり、買収先の経営統合などの実務などの業務経験を積むことができました。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)でMBAを取得。この期間に得た多くの知見を通じて、目指す方向が明確になったと感じています。
次に、自動車産業を深く理解し会社を継ぐ準備を整えるため、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しました。自動車メーカー・自動車部品メーカーをクライアントとするプロジェクトを通じて、事業戦略の策定や不採算事業のターンアラウンドなど、多岐にわたる貴重な経験を積むことができました。そして2021年にシグマ株式会社へ入社し、現在は専務取締役として、会社のさらなる発展に向けた取り組みを進めています。
環境負荷の軽減が事業成長の鍵に

ーー貴社の事業について教えてください。
下中慎太郎:
弊社は、自動車を中心とした精密小物部品の製造を主な事業としています。その中でも強みとしているのが、「冷間鍛造」という技術です。金属を冷間で塑性変形させ高精度部品を成形する技術で、材料の無駄を減らしつつ、強度の高い製品をつくり出すことができます。この技術を活用した部品の一つであるワイパーシャフトでは、世界シェアの2割を有しています。

また、金属加工に加え、樹脂成形も行っているのが当社の特徴です。金属加工と樹脂成形による複合化により、必要な部分には金属の強度や剛性を維持しながら、樹脂の軽量性や耐腐食性、加工性を取り入れることで、性能向上と製造コスト削減を両立します。例えば、ウォーターポンプの部品であるインペラーでは、複合化によって性能を10%向上させながら、75%の軽量化を達成しています。
ーーカーボンニュートラルへの取り組みについて、具体的に教えてください。
下中慎太郎:
弊社では、2022年からカーボンニュートラル実現に向けた取り組みを開始し、スタートアップ企業の株式会社Nbase(エヌベース)様と共同で独自のプラットフォームを開発しました。CO2排出量を「見える化」するだけでは、CO2は削減できません。このプラットフォームは、CO2排出量を「減らす」ための画期的なツールとなっています。
まず、CO2排出量削減の具体的な目標を設定し、「どのような施策を講じれば、どれだけ削減できるか」を明確にした計画を立案しました。この計画では、エネルギー消費の効率化に注力し、製造プロセスの見直しや、エネルギー効率の高い設備の導入など、CO2削減と利益創出を両立できる施策を中心に検討しました。
取り組みの成果として、2022年から2023年にかけてCO2排出効率を15%改善できました。この成果は単に環境保護の観点から評価されるだけでなく、企業としての競争力強化にもつながっています。
私たちは、カーボンニュートラルを単なる環境対策と捉えるのではなく、事業の持続可能性を確保するための不可欠な要素と考えています。製造業では、これまでのQCD(品質・コスト・納期)に加え、「カーボン削減」という新たな指標が今後さらに重要性を増していくと分析しています。
弊社はこの変化を先取りし、持続可能な製造プロセスを確立することで、お客様および業界全体のカーボンニュートラルに貢献していきたいと考えています。

「人と技術の無限大」社員の一人ひとりの個性と情熱に思いを入れ、未来を切り開く
ーー今後の展望についてお聞かせください。
下中慎太郎:
これまで弊社が培ってきた技術力と豊富な経験を大切にしながら、お客様との信頼関係をさらに深め、事業を着実に発展させていきたいと考えています。
弊社のスローガンである「人と技術の無限大」には、社員一人ひとりの個性と情熱を尊重し、それを実現するためのスキルや能力を育む支援を惜しまないという思いが込められています。これまで以上に、社員が自身の思い描く目標に向けて成長できる環境を整えたいと考えています。
日本はものづくりで豊かになってきましたが、「今まで通りのやり方で、子どもや孫の世代に、ものづくりが元気な、豊かな日本を残せるか」と問われて、自信をもってイエスと答えることは難しい状況にあります。労働人口の減少やAIなどのテクノロジーの登場により、日本の製造業は、根本的な変化を求められています。
これからも、「人と技術の無限大」の言葉を胸に、社員全員で失敗を重ねながらも創意工夫を重ね、「製造業のあり方に一石を投じる、未来のものづくり」を追求していきたいと考えています。その一つが、カーボンニュートラルだと捉えています。

編集後記
シグマ株式会社が取り組む、「技術力の向上と環境への配慮」を融合させた先進的な企業姿勢が印象的だ。下中専務が語るように、カーボンニュートラルへの挑戦は単なる環境保護のためだけでなく、事業継続のために必要不可欠な要素である。特に、製造業におけるCO2排出削減のプラットフォーム開発や、実際に成果を上げている15%の排出効率改善など、具体的な取り組みに、企業としての責任感を強く感じた。
また、「人と技術の無限大」というスローガンに込められた社員一人ひとりの挑戦を応援する姿勢が、企業文化に深みを与え、今後の成長を支える重要な要素になるだろう。

下中慎太郎/1985年、広島県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、三井物産株式会社へ入社。2016年、マサチューセッツ工科大学にてMBA取得。2016年マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2021年よりシグマ株式会社専務取締役。経営企画部およびANALYZER株式会社を担当。