
創業100年以上の歴史を誇る老舗数珠メーカー、株式会社神戸珠数店。同社の6代目代表取締役・神戸伸彰氏は、伝統を守りつつ、新たな市場開拓や製品開発に意欲を見せる。2018年の就任以来、家業から企業への進化を目指し、数々の改革を推し進めてきた神戸氏に、家業を継いだ経緯や数珠に込められた思い、そして未来への展望についてお話をうかがった。
家業を継ぐ決意とその背景
ーー大学卒業後、家業を継ぐまでにどのような道を歩まれたのでしょうか?
神戸伸彰:
子どもの頃から、将来は家業を継ぐという漠然とした空気が存在していました。親から直接継ぐように言われたことはありませんでしたが、周囲の方々から「将来の社長」と見られることが多く、それが一種のプレッシャーとなる一方で、自分の進むべき道を真剣に考えるきっかけになったと思います。
大学卒業後すぐに家業に入るのも選択肢の一つでしたが、まずは社会経験を通じて視野を広げることを重視しました。そのため、別の企業に入社し、営業職やチームマネジメントに携わりました。顧客視点を取り入れた柔軟な対応や効率的なプロジェクト運営の手法など、現在の経営に直結する多くのことを学ぶことができたと思います。
この期間に培った社会人としての基礎スキルやビジネスマナー、人脈は、今もかけがえのない財産です。最終的に家業に戻る決断をしたのは、外の世界を見たうえで、自分が最も貢献できるのはやはり家業だと確信したためです。先代が築いた伝統を次世代に受け継ぎ、さらに発展させることこそが自分の使命だと強く感じました。
ーー貴社に入社されてから、どのようなご苦労がありましたか?
神戸伸彰:
社名と同じ「神戸」という名字に苦労しましたね。営業部に配属された当初からこの名字が一種の看板である反面、大きなプレッシャーになりました。特に業界のベテランや取引先から「これくらい知っていて当然」という高い期待を寄せられることが多く、自分の知識不足を痛感する日々でした。
そのため、数珠の歴史や製造工程、素材の特性など業界の知識を深めるために専門書を読み漁り、職人さんのもとへ足を運んで直接指導を仰ぐなど、猛勉強の時期を数年間過ごしました。また、営業現場では、取引先のニーズや課題を丁寧にヒアリングし、的確な提案を行うことで信頼関係を築く努力も怠りませんでした。
さらに行ったのは、現代的な企業運営の仕組みづくりです。家業の運営体制が伝統的な方法に依存していた点を見直し、就業規則や契約書の整備、情報共有の仕組みを改善することで、組織全体の効率化を図りました。この取り組みによって、社内外からの信頼を得て、現在のスムーズな業務体制の構築につなげることができたのです。
世界へ広がる数珠の新たな可能性

ーー貴社の事業内容とその強みについて教えてください。
神戸伸彰:
弊社は、創業100年以上の歴史を持つ数珠メーカーとして、日本全国に製品を展開しています。長い歴史の中で培った高度な技術と、品質への徹底したこだわりが弊社の最大の強みです。伝統的な数珠に加え、現代のライフスタイルに合わせたブレスレットやアクセサリーといった商品も手掛け、多様化するニーズに柔軟に対応する体制を整えました。
特に、毎年発表しているオリジナル商品は、他社との差別化の柱として定着しています。藍染めやウイスキー樽の再利用といったユニークな素材を用いた商品開発を進め、伝統と革新の融合を追求しています。こうした取り組みが国内外のお客様から高い評価をいただき、弊社の競争力の源となっているのです。
ーー海外展開に向けて、どのような活動をされていますか?
神戸伸彰:
数珠の持つ魅力を世界に広めようと、観光客のお土産需要や現地の宗教文化に合わせた商品展開に取り組んでいます。特に“京都”というブランド力が後押しとなり、海外からの注目度は年々高まりを見せていることから、ビームスジャパンさんのようなセレクトショップとの連携や、海外バイヤーとの商談を通じた市場開拓も着実に進めています。
アジア市場では日本文化への関心の高まりから、伝統工芸品としての数珠の価値を重視し、欧米市場ではアクセサリーとしての需要が大きいためデザイン性を重視するなど、各地域のニーズに応じたアプローチで数珠の魅力を広げる計画です。
市場変化への対応と今後の展望

ーー新規取引先の開拓について、現在の取り組みをお聞かせください。
神戸伸彰:
仏壇仏具業界は年々市場が縮小しており、新しい販売チャネルの開拓が急務です。既存の仏壇仏具店向けにはカタログを刷新し、商品選びが直感的に分かるように改訂しました。また、在庫を抱えずに接客が可能となる仕組みを提案し、取引先の負担軽減にも取り組んでいます。
さらに、異業種との連携や新しい市場への進出も視野に入れ、若年層向けのアクセサリー市場や観光地での高品質なお土産需要に対応した商品展開も進めています。こうした新たなチャネルの確立により、より多くのお客様に弊社の製品を手に取っていただける機会を広げたい考えです。
ーー社員の採用や育成について、どのように考えていらっしゃいますか?
神戸伸彰:
現在の社員構成は30〜40代が中心ですが、新たな視点やアイデアを取り入れるため、20代の人材採用に力を注ぐ方針です。また、既存社員のスキルアップも重要な課題と位置づけ、製品知識や営業力の向上に加え、ICTツールの活用や効率的な業務遂行に関する研修を実施しました。
たとえば、営業部門では顧客データを活用した提案型営業を強化し、製造部門では最新技術の導入を進めています。また、社員一人ひとりが作業効率と製品品質の向上を実現できる環境を整えている最中です。こうした施策を通じて、企業全体の成長と持続可能な経営を目指しています。
ーー最後に今後の事業展望についてお聞かせください。
神戸伸彰:
数珠を単なる“仏具”ではなく、“心を落ち着ける道具”として広めることが私たちの目標です。特に若年層や海外のお客様にもその魅力を伝えるため、ブレスレットやアクセサリーといった日常生活に取り入れやすい形での展開を積極的に進めています。
今後も伝統を守りながら新たな価値を創造することで、数珠を通じて多くの人々の生活に調和し続ける存在でありたいです。同時に、時代の変化に柔軟に対応し、数珠が持つ魅力と可能性を最大限に引き出していきたいと考えています。
編集後記
創業100年以上の伝統を背負いながら、なおも挑戦を続ける神戸珠数店。その歩みは、古きを守るだけではなく、革新の息吹を吹き込むことで新たな価値を創造している。神戸伸彰社長が語った言葉の一つひとつには、数珠という文化への深い愛情と未来を見据えた強い意志が感じられた。
伝統工芸の可能性を切り拓くその姿勢は、日本のものづくりに新たな光を灯すだろう。これからの挑戦がどのような実りをもたらすのか、ますます期待が膨らむ。

神戸伸彰/1979年京都府生まれ。同志社大学卒業後、株式会社神戸珠数店に入社し営業部に所属。2018年に同社代表取締役に就任し、6代目代表として伝統と革新を織りなす経営を推進中。趣味はバンド活動。座右の銘は「和顔愛語」。