
ジュースやお茶を飲むコップ、酒場で使われるジョッキといったガラス食器は、私たちの生活に当たり前のように溶け込んでいる。創業200年を超える老舗ガラスメーカー、石塚硝子株式会社のグループ会社で、同社の家庭用食器企画販売部門であるアデリア株式会社は、70年以上にわたり日本の食卓を彩り続けてきた。
安価な輸入食器の台頭により、他社が次々とガラス食器市場から撤退を余儀なくされる中、アデリア株式会社はなぜその輝きを失うことなく存在感を保ち続けているのか。代表取締役社長の町野晃透氏に、同社のガラス食器の魅力と未来への展望を聞いた。
20年の営業キャリアと海外展開の試練
ーー石塚硝子株式会社に入社した経緯を教えてください。
町野晃透:
私は安定したメーカーに就職したいと考えていたのですが、教員免許の取得も目指していたため、教育実習で就職活動に出遅れてしまい、焦りを感じていた時期に石塚硝子と出会いました。地元である中部地区に本社があり、東京にも事務所を構える安定性に魅力を感じ、また、社員の平均年齢が高く、キャリアパスの可能性が開かれている点も決め手となって、入社を決意しました。
ーー入社後は、どのような部署を経験したのでしょうか。
町野晃透:
まず1年間、工場で修業を積んだ後、営業職として大阪に赴任し、主に石塚硝子の食器を売り歩く「景品部隊」として、ソフトドリンクやアルコールに付いてくるプレミアムの営業や、酒場向けのビールジョッキを販売する業務に携わりました。
その後、20年間営業一筋でキャリアを積み、管理部門を経て、執行役員およびガラス食器事業を営むハウスウエアカンパニーの社長に就任、2015年にアデリア株式会社の社長に就きました。
印象深く、かつ苦しんだ経験として、2010年の中国での生産工場設立があります。当初はイランの顧客への輸出を計画していたのですが、核開発問題の影響で取引が凍結され、中国国内でも製品が売れず、日本には既に工場があったため輸出もできないなど、複数の要因が重なり、最終的に工場閉鎖という苦渋の決断を下しました。
工場設立から6年という期間でしたが、現地ではガラス製品の製造が難しく、生産性が低かったことも閉鎖の一因です。この苦い経験が、現在の経営にも活かされていると感じています。
親しみと温もりが感じられるアデリアのガラス食器

ーー貴社の事業内容を教えてください。
町野晃透:
私たちは「ガラスの器で楽しさあふれる食卓に」をコンセプトに、「アデリア」と「津軽びいどろ」という2つのブランドを中心にガラス食器を販売しています。「アデリア」は、子どもの感性を育む「つよいこグラス」や、昭和時代の可愛らしさを現代に甦らせた「アデリアレトロ」など、魅力的な食器ブランドとして親しまれています。
一方、「津軽びいどろ」は青森県の伝統工芸品で、「四季」をテーマに、一つひとつ職人が手づくりで思いを込めた作品で、世界に一つだけしかないものになっています。
かつては4社がしのぎを削った業界ですが、現在では東洋佐々木ガラス株式会社と弊社の親会社である石塚硝子株式会社を含む2社のみの寡占状態となっています。ガラス製造は24時間窯の火を焚き続けなければならず、供給過多による価格の下落が、企業の相次ぐ撤退を招き、2000年には500億円規模だった国内市場は現在400億円まで縮小、しかもその半分以上を海外製品が占めている状況です。
こうした厳しい環境下でも、私たちは日本の食卓にガラス食器を取り入れてもらうための努力を続けており、消費者に選ばれる存在であり続けることを目標に、ガラス食器の価値をさらに高め、市場で勝ち抜きたいと考えています。
時代の潮流をとらえた昭和レトロやネコノミクス

ーー社長就任後、特に注力した分野についてお聞かせください。
町野晃透:
社長就任後は、酒場やレストラン向けグラスや景品、コンサートグッズといった企業中心の従来の路線から、雑貨として販売できる商品を積極的に開発・販売する方向へと大きく舵を切りました。顧客に直接商品を届けるという戦略転換によって市場が広がり、結果として大成功を収めました。
ただし、現在の事業割合はBtoBが7割、BtoCが3割と偏りがあるため、将来的にはBtoCの売り上げを半分まで引き上げることを目標としています。
雑貨では、アデリアブランドを大切にしつつ、いち早くブームを取り入れて多くの方に手に取っていただけるよう工夫をしています。特に好評を得ている「アデリアレトロ」シリーズは、昭和時代に家庭で親しまれていた弊社のアデリアのグラスウェアを現代の品質で復刻した商品で、雑貨店を中心に幅広く取り扱われ、ブームを巻き起こしました。
そして今、新たな市場として「ネコノミクス」に着目しています。2024年には2兆円以上の経済効果が見込まれたこの分野で、猫をモチーフにしたグラスや皿などの展開に注力しています。
ーー今後、貴社が目指す展望について教えてください。
町野晃透:
デジタル時代に対応するため、弊社のブランドがAI検索でヒットするよう、戦略を強化していきたいと考えています。「アデリアレトロ」は名前に「アデリア」が含まれているため認知されやすいですが、猫のシリーズ「coconeco(ココネコ)」は「アデリア」と結びつきにくいという課題もあったりします。
各ブランドの個性を磨き上げながら、「アデリア」の統一的な認知度をさらに高め、多くの方の日常の生活をより豊かに彩るガラス食器として、その可能性を広げていきたいと考えています。
編集後記
時代の空気を鋭敏に察知し、「昭和レトロ」や「猫」といった流行を巧みに製品化する町野社長。伝統を守りながらも、現代の生活に溶け込むガラス食器を届けたいという熱意が、言葉の端々から伝わってきた。
江戸時代から受け継がれてきた技術を武器に、日本のガラス食器文化を未来につなごうとする姿勢には、揺るぎない信念が感じられる。一つひとつのガラスに込められた社員たちの思いが、食卓を彩るとともに、日本のものづくりの誇りを守り続けているのだと実感させられた。

町野晃透/1963年東京都生まれ、小学校3年生のときに実家の岐阜県に移住。1987年に日本大学法学部を卒業後、石塚硝子株式会社に入社。工場生産管理配属、大阪営業部、東京営業部、本社管理部門を経て2009年に同社執行役員、ハウスウエアカンパニー社長に就任。2013年亜徳理玻璃(珠海)有限公司 薫事長、2015年にグループ企業であるアデリア株式会社代表取締役社長に就任。