
「街に人に愛される店を目指して」を理念に掲げ、全国で居酒屋を展開する株式会社ティーケーエス(※)(2025年2月現在、50店舗)。TKSはトータルキッチンサービスの略だ。地域に密着した経営を基盤とし、「ちょっとおいしい」料理と、「また来たい」と思わせる仕掛けでお客様の心をつかみ、着実な成長を遂げてきた。
代表取締役の斎藤浩司氏が目指すのは、「同じ場所で同じ店舗を30年間存続させること」だという。その独自の経営哲学に迫った。
(※)2025年3月1日に持株会社のGYRO HOLDINGS株式会社が子会社の合併を実施。
自らを見つめ直した決断と新たな出発
ーーティーケーエスに入社するまでの経緯を教えてください。
斎藤浩司:
30歳の頃、自分で立ち上げた飲食店を経営していましたが、ある日ふと「このままでいいのか」という疑問が頭をよぎりました。社長という立場では、厳しい意見を言ってくれる人がほとんどおらず、自己満足に陥りがちな環境に対して「このままでは良くない」と感じたのです。
そこで、一度社長としてのプライドを捨て、会社員として働き直そうと決意し、自分の会社を閉じることにしました。そんなタイミングで、「ぜひうちに来てほしい」と熱心に誘ってくれたのがティーケーエスでした。「求められているのなら応えてみよう」と考え、最終的に入社を決めたのが38歳のときのことです。
ーーゼロから再び社長にまで登り詰めたのですね。
斎藤浩司:
入社後の3か月間はトレーニング生として働きました。その後すぐに店長に昇格すると、担当した店舗の売り上げや利益が向上しました。その成果が評価され、1年後にはマネージャーに昇格し、さらにその1年後に部長、役員となり、2019年に社長に就任したのです。
比較的早いペースでの昇進は、以前に飲食店を経営していた経験が活かせたからだと思います。また、数字の管理やお金に対する意識が高く、その点も評価されたのだと感じています。
ーー具体的にはどんなことに取り組みましたか。
斎藤浩司:
特別なことをしたつもりはありませんが、常に「困ったときこそ基本に立ち返る」という姿勢を大切にしてきました。「お客さんを喜ばせるにはどうすればいいか」を徹底的に考えます。
すると、「高いより安いほうがいい」、「まずいよりおいしいほうがいい」、「汚いよりきれいなほうがいい」という、極めてシンプルな結論に至り、それを当たり前に実践してきただけです。普通のことを普通にやる。それだけで店舗の売り上げは自然に伸びると確信しており、今でもこの考えは変わりません。
従業員の生活を守るための「3本柱」戦略

ーー貴社の特徴はどのような点にありますか。
斎藤浩司:
弊社は居酒屋の経営を主な事業とし、2025年2月現在、関東を中心に40店舗を展開しており、「沖縄料理」「寿司」「大衆酒場」という、特色ある3つのジャンルで構成しています。この3本柱を軸にした経営が、弊社の特徴のひとつです。
3本柱にした理由は、世の中は何が起こるかわからない、という事業環境の不確実性にあります。狂牛病が発生すると焼肉店が、鳥インフルエンザが広がると焼き鳥店が、それぞれ甚大なダメージを受けるため、1つの柱だけで勝負していると、リスクにより会社存続の危機に直面する可能性があるからです。
従業員の生活を守り、会社を安定して運営していくためには、リスク分散の観点から複数の柱を立てておくべきだと考え、3本柱での経営を実践しています。
ーー貴社が提供する料理の魅力や強みについて教えてください。
斎藤浩司:
弊社の強みは、「ちょっとおいしい」という独自のコンセプトにこだわっている点です。たとえば、最上級の素材を使った高級料理は、感動的である一方で「毎日でも食べたいか」と問われれば、多くの方が「特別なときにまたね」と答えるのではないでしょうか。
それに対し、居酒屋の中華そばやファストフード店のカレーライスなどの「ちょっとおいしい」料理は、気軽に手を伸ばしたくなる魅力があります。毎日とはいかなくても、「また食べたい」「週に一度は食べたい」と感じさせる味わいです。
弊社が目指しているのは、そうした「ちょっとおいしい」料理を提供することです。お客さまが飽きずに通いたくなるようなメニューづくりを心がけることで、着実なリピーターの増加につながっています。この「飽きが来ないおいしさ」を追求する姿勢こそが、弊社の大きな強みだと自負しています。
地域に密着した店舗の30年ビジョン
ーー貴社が大切にしていることをお聞かせください。
斎藤浩司:
弊社は、「街に人に愛される店を目指して」という理念を大切にしており、これを従業員全員が意識して業務に取り組んでいます。この理念を浸透させるため、弊社ではクレドカード(企業の信条や理念、行動指針などが簡潔に書かれたカード)を活用しており、現在、アルバイトやパートを含む約90名の従業員全員に配布し、理念を共有しています。
理念はまさに灯台のような存在で、従業員が道に迷ったときに、「こっちだよ」と方向を示す役割を果たすのです。たとえば、売り上げが伸び悩んだり、低迷したときにこの理念に立ち返れば、何が原因かを考え解決策を見出すことができます。従業員にはこの理念を忘れず、常に意識して働いてほしいと願っています。
ーーこれからの展望として、新たに目指すことや注力したいことについてお聞かせください。
斎藤浩司:
新しいお客さまを増やして売り上げを伸ばすことは重要ですが、それ以上に、地域に根付いたお客さまを増やし、大切にすることに力を注ぎたいと考えています。
テレビや雑誌で取り上げられ、遠方からわざわざ来店されるお客さまが増えるのは光栄なことである一方、そういった状況で店が混雑して、普段からご利用いただいている常連の方から「もうこの店に来られなくなりそうだ」と、心が痛む言葉を聞いたこともあります。その時、私は常連のお客さまこそ大切にしなければならないと改めて感じました。
私の目標は、1つの店舗を同じ場所で30年続けることです。株式会社の30年存続率はわずか数パーセントと言われ、飲食店に至ってはさらに低いかもしれません。それでも、その地で長く愛される店舗を目指しています。
地域の方々が「また来るよ」と笑顔で言ってくださる店を維持することが、私たちが目指すゴールです。これからも、普段使いのお客さまを大切にしながら、地域に愛される店づくりに尽力していきます。
編集後記
いったん自分の会社をたたみ、一社員として再スタートを切った斎藤浩司社長。その決断には、確かな覚悟と柔軟な思考が感じられる。再スタート後も社長の座まで駆け上がった原動力は、「return to basic」というシンプルながら普遍的な信念にある。
基本に立ち返ることで、物事の本質を見つめ直し、確実な成果を積み上げる姿勢は、どんな業界や職場にも通じる普遍的な教訓だ。斎藤社長の情熱と行動力から、見落としがちな基本の大切さを改めて考えさせられた。

斎藤浩司/1970年、横浜生まれ。横浜商工高等学校を卒業後、NEC販売会社にて営業職に就く。その後、株式会社ゼンショーホールディングスへ入社。ディストリクトマネジャーを経験後、複数の個人経営店を経て独立。38歳のとき、株式会社ティーケーエスに入社。2019年に代表取締役社長に就任。