
老若男女に人気の「お好み焼き」だが、小麦や卵、キャベツ、さらには光熱費の値上げなどが利益を圧迫し、倒産する店もある。そんなお好み焼き業界で今、海外の日本食ブームを商機と捉え、「OKONOMIYAKI」を世界に広げようと挑戦する企業が増えている。
伝統的なお好み焼きのスタイルから、上質な雰囲気を提供する店舗まで、多様な業態で顧客のニーズに応える千房株式会社もその一つだ。代表取締役社長の中井氏は、展開場所について、「従業員が誇りを持てる場所がいい」と話す。なぜ従業員が希望する場所なのか、そこには子どものころから叩き込まれたある考えがあった。
順風満帆な生活も、恩返しのために一念発起
ーー貴社に入社した経緯を教えてください。
中井貫二:
私は3人兄弟の末っ子で、父が創業した弊社は長男が後を継ぐことが決まっていました。私と次男は「自立しなさい」と言われ、大学卒業後は厳しい環境で自身を鍛えたいと思い、証券会社に入社しました。体育会系で自分を磨くことが好きだったこともあり、自分の市場価値を高められる業界だと考えたのです。
証券会社では、毎日営業全員の成績順位が公表されており、「負けたくない」という思いで土日も関係なく仕事に没頭しましたね。新入社員のころ、「寝食を忘れて働いたことがあるか」と先輩から言われ、その言葉の通り働いてもなかなか結果が出ませんでした。
しかし、入社3年目頃から上位に食い込むようになり、その後、従業員組合の代表を務めたり、同期の中で最初に課長職に昇進したりするなど、充実したキャリアを歩むようになったのです。
ところが、その矢先に弊社の後継ぎである兄が病気になり、営業経験のある私に会社を継いでほしいと声がかかったのです。私の胸には幼少の頃より父から何度も聞かされていた「店を支えている従業員のおかげで今の自分たちがある」という言葉が刻まれています。跡継ぎがいなくなることで従業員が困っているなら恩返しするのが当然だと考え、「はい、分かりました」と即答し、弊社に入社することを決意したのです。
明るい未来を見てほしい。元受刑者を雇用する理由

ーー入社後、どのように改革を行っていきましたか。
中井貫二:
父からは、「前職の大企業のやり方を押し通さないこと」と「今日まで自分のために働いてくれた従業員に感謝すること」の2つの条件を守れば、何をしても構わないと言われていました。
この言葉を胸に刻み、まず実施したことは、専務以下の幹部を集めて1泊2日のミーティングです。その場では、会社の「良い点」「改善すべき点」について意見を出し合い、海外事業や新規事業、人事評価制度など多岐にわたる課題が議論されました。改善してほしいと意見が出たところは徹底的に変えました。
私の強みは、外食産業の常識を知らないことです。お客様は外食に携わっていない方が多いため、第三者目線で弊社のサービスを見ることができます。原価率やオペレーション、人手不足の言い訳はお客様に関係ありません。しっかりとしたサービスと料理があるか、を重要視していることを会社に浸透させていきました。
さらに、弊社では「人を大切にする」という理念を徹底しています。飲食業界では「人を大切にする」と聞くとお客様を想起しがちですが、弊社ではまず従業員を大切にすることを重視しており、その具体例として、元受刑者の雇用による更生支援があります。
ーー受刑者の更生支援を始めることになった経緯を教えてください。
中井貫二:
それは、オイルショックによる不景気で、従業員すら集まらない状況に陥ったときのことです。過去の経歴を問わず募集を行い、受刑者も受け入れていた過去がありました。その中には、主任や店長、さらにはフランチャイズのオーナーにまで成長した従業員もいます。
そして、20年ほど前に法務省からの依頼を受け、受刑者の雇用に本格的に取り組むことになったのです。2013年には「職親プロジェクト」がスタートし、現在では500社以上が元受刑者をオープンに採用しています。出所後の再犯を防ぐために家と職を提供することは、新たな被害者を生まないための重要な支援です。この取り組みは、社会にとっても大きな意義があると感じています。
大阪の味を世界へ!展開場所も従業員のために
ーー今後さらに力を入れたいテーマを教えてください。
中井貫二:
まずは、社員にチャレンジできる環境を提供して、将来の幹部を育成することです。優秀で、大阪という地域やそのブランドを守る意識を持った人材に、将来的に会社の後継を託します。また、教育面では新入社員や外国人社員など立場を問わず、弊社の理念をしっかりと浸透させることを重視しています。理念が明確であれば、社長が誰であろうと会社は円滑に運営できると考えているからです。
また、海外展開にも力を入れており、従業員が「海外に店舗を出したい」と言うのをきっかけに、実際に店舗を出した事例もあります。現在はアジアを中心に展開していますが、ヨーロッパや北米など、展開の余地がある地域への進出を積極的に進めていく予定です。
ーー最後に今後の展望についてお聞かせください。
中井貫二:
国内では既存店舗のクオリティを維持しながら、無理のない範囲で店舗数を増やしていく一方、海外展開はまだまだ成長の余地が大きいため、積極的に拡大していく方針です。
また、ECサイトで販売している冷凍のお好み焼きは、味をそのまま閉じ込めているため、店舗で食べるお好み焼きと遜色ありません。食だけでなく、居住、働き方のシーンが変化する中で、お好み焼きをお祝い事で食べる、キャンプで食べるなど事業を拡大できる余地はまだまだあります。
最も大切にしているのは、既存の従業員やこれから入社する従業員の幸せ、そしてお客様に満足していただけるサービスの提供です。私は、従業員や会社への恩返しをするために入社しました。「世界一、従業員が幸せだと感じられる会社」をつくるという目標に向かって邁進していきます。
編集後記
「従業員の幸せ」「恩返し」といった中井社長の口から何度も紡がれるその言葉には、揺るぎない信念と人への深い愛が込められている。従業員を家族のように愛し、その成長や幸福を何よりも優先する姿勢は、中井社長が育んだ人間味そのものだ。関西で磨き上げたお好み焼きという文化は、千房株式会社とともに愛と誇りを持って世界へと羽ばたく。

中井貫二/1976年大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券株式会社に入社。超富裕層向けのプライベートバンキング業務に14年間従事。長兄の他界を機に父の経営する千房株式会社に入社。飲食業の経営に携わる一方、篤志面接委員として受刑者の改善更生に向けた面接、講話活動を行い再犯防止に取り組む。2018年より代表取締役社長に就任。一般社団法人大阪外食産業協会会長、大阪南料飲観光協会副会長、道頓堀商店会副会長、食団連理事。