※本ページ内の情報は2025年6月時点のものです。

関東を中心に、スペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」を展開する猿田彦珈琲株式会社。同社は店舗運営の他に、大手コンビニ・スーパー向けの卸売事業、飲料メーカーとの監修事業、生豆事業まで展開する総合コーヒー企業だ。全国200店舗、年商500億円という大きな目標に向け、着実に歩みを進める同社の代表取締役、大塚朝之氏に話を聞いた。

手づくりの店舗が呼んでくれた、予想外の大盛況

ーー創業の経緯について教えてください。

大塚朝之:
20代のころは役者を志していましたがうまくいかず、手に職をつけようと思い、友人が店長をしていたコーヒー豆店で働き始めました。働く中で気づいたのは、コーヒー豆を販売する形態には課題があるということです。

コーヒーは、粉の挽き方やお湯の温度など多くの要素によって味が変わってきます。そのため、お客様がご自宅でコーヒーを入れようと思っても、うまく入れられないという現状を目の当たりにしました。そこで、液体のコーヒーを販売すれば、常に美味しいものをお客様に提供できるのではないかと考えたのです。

コーヒー豆店で働き始めて1か月後には、事業計画書を書いていましたね。しかし、私の事業案は会社で理解を得ることが難しく、それならば自分で始めるしかないと思うようになりました。そうしたタイミングで同僚の一人が私の事業案を評価してくれ、私の銀行口座に100万円を振り込んでくれたのです。そこで独立を決意し、100万円を元手に恵比寿で物件を見つけ、資本金0円からの店舗づくりを始めました。

ーー開業時の苦労や印象に残っているエピソードをお聞かせください。

大塚朝之:
資本金0円からのスタートだったため、多くの人に助けていただきました。たとえば、電動工具も買えずに手でヤスリがけをしていると、それを見かねたカーナビ取付会社の社長が「このままでは2年かかる」と工具を持ってきてくれた上に、ときには無償で手伝ってくれたのです。店舗工事が遅れるたびに「オープン前に潰れるのでは」と言われる中、何とか開店にこぎつけました。

オープン初日には400人ほどのお客様が来店してくださり、非常に驚きました。どうやら、店舗の工事を手づくりで進めていた様子が通りがかった人々の目に留まり、それがSNSで広がって図らずも宣伝になっていたようです。さらに、店舗のオープンを何度も延期し、「あそこはオープンしないのでは」という噂が広まったタイミングでのオープンだったことも、多くの方に注目していただけた要因だと思います。その後、SNSでの拡散が日本コカ・コーラ株式会社の目に留まり、まだ1店舗しかない時期にジョージアの監修の依頼をいただくという、思いもよらない展開にもつながりました。

品質・ホスピタリティ・デザインを軸に事業を推進

ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。

大塚朝之:
弊社の事業は主に4つの柱で構成されています。まず1つ目が店舗運営で、関東を中心に26店舗を展開しています。2つ目は卸ですね。主にスーパーマーケットやコンビニエンスストア向けにコーヒー豆やドリップバッグを卸しています。3つ目はメーカー監修で、コカ・コーラ社のジョージアや綾鷹カフェ、ローソンのコーヒーなどを監修しています。そして4つ目は生豆事業ですが、こちらは子会社化して今後の展開を検討しているところです。

弊社の強みは「品質・ホスピタリティ・デザイン」の3点です。品質面では産地直送の高品質なコーヒー豆を使用し、コスト削減と品質向上を両立しています。加えて、バリスタの大会で優勝者を輩出するなど、技術力にも自信があります。またデザイン面では、パッケージや紙コップ、店舗内装など視覚的な部分を大切にしてきました。協力会社とともに取り組んでいますが、今後もさらにブラッシュアップしていきたいですね。

ーーホスピタリティについてはどのようにお考えですか?

大塚朝之:
最も重要だと考えています。他社が追いつけないほどのホスピタリティを提供してこそ、弊社は唯一無二の存在になれると思うのです。お客様の満足度を高めることは、リピーターを生むだけでなく、利益率の向上にもつながるでしょう。しかし、まだまだ突き詰められる部分が多いと感じているので、改めて注力していきたいと考えています。

初心を忘れず、未来へ向けて歩みを進めていく

ーー今後の展望についてお聞かせください。

大塚朝之:
目標としては、2029年までに直営店舗を200店舗まで増やし、年商500億円を達成したいと考えています。店舗数を200程度にする理由は、コーヒー豆の輸入に関する物流の最適化にあります。弊社は産地直送でコーヒー豆を仕入れているため、コンテナ単位で買い付けた方がコストメリットが大きいのです。

その仕入れを効率よく運用しようと思うと、200店舗ほどが適切なのではないかと考えています。当面は国内展開に注力し、それがうまくいった後に欧米や中東を含めた海外展開に注力していきます。

ーー創業から大切にしてきたことを教えてください。

大塚朝之:
弊社は創業以来、愚直に、そして必死にやってきました。それが今日の成長につながっていると確信しています。しかし、これからが本当の勝負です。この愚直さと熱意を今度も持ち続けていけるかどうかが重要だと考えています。店舗数や売上目標ももちろん大切ですが、原点であるこの姿勢を忘れないよう、改めて初心に立ち返って取り組んでいきたいと思います。

編集後記

大塚社長の「捨て猫感を出して支援を仰いだ」という言葉に思わず笑みがこぼれたが、その素直さこそが多くの協力者を引き寄せた要因だと感じた。手づくりの店から26店舗へ、そして200店舗を目指す過程で、創業時の熱量をいかに維持していくか。その答えを見つける旅は、日本のコーヒー文化の深化と共に進んでいくことだろう。

大塚朝之/1981年、東京都生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。15歳から25歳まで俳優として活動した後、コーヒー豆屋で働き、スペシャルティコーヒーの魅力を知る。2011年、猿田彦珈琲 恵比寿本店をオープン。現在、日本国内に26店舗を展開中。