
今や多くの人に知られる存在となった「5本指ソックス」は、通気性や保温性に優れ、足指でバランス良く体重を支えられることから、スポーツ選手をはじめとして愛用者が多い。この5本指ソックスの先駆けとして、40年以上にわたり消費者に製品を届け続けているニッティド株式会社は、2022年に新たな挑戦として、カフェや販売店、スタジオを併設した複合施設を地域交流の拠点としてオープンした。ものづくり企業である同社が地域とのつながりを意識するようになった背景にはどのようなきっかけがあったのだろうか。代表取締役の井戸端氏に話をうかがった。
ものづくりを世界に。製品価値の正当な評価を求めて
ーー貴社に入社するまでの経緯を教えてください。
井戸端康宏:
大学卒業後、最初に入社した会社ではセミナーの事務局を担当しました。新人にもかかわらず、コンサルタント会社の一員としてお客様を指導する立場になり、そのギャップにとまどいながらも、事業運営における原理原則を学ぶ貴重な経験となりました。
ニッティドは父が創業した会社で、当時はパート従業員5人程度の規模で工場もなく、製品はすべて外注での製造でした。しかし、新たにコンピューター制御の編み機が登場したことで外注での対応が難しくなり、工場を設立する必要が生じたことから、私が呼び戻される形で会社に関わることになったのです。
ーー社長就任後、印象に残っている事業についてお聞かせください。
井戸端康宏:
「日本のものづくりを世界に広げたい」という強い思いから、中国に拠点を設けたほか、ドイツでの販売会社設立や、ベトナムでの工場建設など、グローバル展開を推進しました。5本指ソックスの市場は当時は日本だけでしたが、歴史は浅いながらも日本の生活に根付いた文化として世界に広げるべく、製造と販売のグローバル化に注力しています。
特にドイツ市場では、製品購入時にスペックを重視し、性能の良い製品を選ぶ傾向があり、さらに、サステナブルな価値観を大切にする点で、弊社のものづくりの理念と相性が良いと感じています。一方、「いいものをより安く」が好まれる日本市場では、質の高い製品を作っても正当に評価されないケースも多く、その現実にもどかしさも感じていました。そうした思いが背景となり、弊社の製品の価値を正しく認めてもらえる環境としてドイツを選んだのです。
OEM(他社ブランドの製品製造)では日本に顧客基盤がありましたが、自社ブランド製品については、その価値を正当に評価してもらえる市場での展開が必要だと考えたことが、海外事業の推進を決意した理由です。
5本指ソックスが乗り越えた3つの壁

ーー5本指ソックスの市場認知に向けて、どのような取り組みをしていますか?
井戸端康宏:
5本指ソックスの普及には、「見た目」「履きづらさ」「価格の高さ」の3つの高い壁があります。見た目については、製造機械の進化にともない、おしゃれでファッション性のあるデザインに進化させることで解決しました。履きづらさについては、履き心地を最優先に、誰もが簡単に履けるソックスになるよう改良しています。価格の高さについては、単にコストを削減して安く提供するのではなく、付加価値の高いものづくりに取り組み、高価格でも選ばれる商品づくりを追求したいと思っています。
弊社が手袋業界の中で5本指ソックス専業で事業をスタートした当初、「趣味でやっているだけで事業ではない」と周囲から揶揄されることもありましたが、靴下業界に軸足を移し、3つの壁を乗り越えたことで5本指ソックスの認知度は確実に向上し、後発メーカーの参入も相次ぐなど市場そのものが拡大したのです。この発展は、弊社が積み重ねてきた挑戦の成果だと考えています。
パンデミックを転機に深まった地域とのつながり
ーー地域の交流拠点をオープンした経緯についてお聞かせください。
井戸端康宏:
2020年、新型コロナウイルスの流行により店舗が閉鎖され、靴下の売り上げが落ち込む中、深刻化するマスク不足に対応するため、急きょマスクの生産・販売を開始しました。その際、近隣の方々が買いにきてくださり、皆様との新たなつながりが生まれたことで、地域との関係性を強く意識するようになったのです。
2022年に完成した交流拠点「TRAILER GARDEN(トレーラーガーデン)」では、5本指ソックスの販売だけでなく、弊社が製造するピラティス向けの5本指ソックスにちなんでピラティススタジオも併設しました。このスタジオではピラティスのほか、巻き爪補正サロンやもみほぐしなど、心身の健康をサポートする多彩なイベントを定期的に開催しています。また、ドイツの販売会社とのシナジーを活かし、ベルリンの味を再現したランチを提供するカフェも運営しており、地域交流の場として多くの方々に親しまれています。

ーー今後の展望についてお聞かせください。
井戸端康宏:
EC事業を強化し、ファンマーケティングにも注力することで、さらなる成長を目指しています。良い製品でお客様の課題を解決する自信はありますが、自社ECサイトでは十分な成果が出ていないため、現在はブランドマネジメント支援企業のアドバイスを受けながら、改善を試みているところです。今後は社内の人材確保と育成にも取り組んでいく考えです。
また、弊社は和歌山県海南市に根ざしたメーカーでありたいと考えています。「TRAILER GARDEN」を通じて、お客様や従業員との絆を深めながら、地域に貢献する企業としての役割を果たすとともに、この拠点を活用して自社ブランド力を高め、OEM事業との相乗効果を追求することで、グローバルブランドへの飛躍を目指していきます。
編集後記
5本指ソックスへの情熱と、ものづくりに対する誇りが井戸端社長の言葉から力強く伝わってきた。コロナ禍という逆境をきっかけに築かれた地域との絆は、同社の事業に新たな広がりをもたらしている。「TRAILER GARDEN」は、足元から体全体を支え、地域社会に癒しと新しい価値を提供する場として進化を続けている。この拠点を中心に、和歌山県海南市から世界へ広がる未来図が、確かな手ごたえとともに描かれている。ものづくりを通じた挑戦の物語は、地域と世界を結ぶ架け橋となるだろう。

井戸端康宏/1964年和歌山県生まれ。同志社大学商学部卒業後、株式会社タナベコンサルティングに入社し、2年間の修業期間を経て、1988年にニッティド株式会社へ入社。2001年、代表取締役社長に就任。2007年、ドイツ・ベルリンに販売会社Knitido Europe GmbHを設立し、欧州で5本指ソックスの販売をスタート。2022年に地域の交流拠点として「TRAILER GARDEN」をオープンさせた。