
フリーズドライ(真空凍結乾燥技術)は新しい技術のように思えるが、実は日本では古くから類似の技術が高野豆腐や寒天などに活用されてきたため、ある意味、伝統的な技術ともいえる。株式会社コスモス食品はフリーズドライ技術を駆使し、素材本来の力を最大限に引き出すことで安全かつ安心な食品を提供している。社員が「愛する人に食べさせたい」と思えるような商品をつくるために、2代目社長である圓井康輔氏が描いてきた軌跡と、フリーズドライ技術に懸ける思いをうかがった。
社員の声から生まれた“安心な食”の探求
ーー株式会社コスモス食品に入社するまでの経緯を教えてください。
圓井康輔:
学生時代、自家用車を購入するために、家業でアルバイトを始めたのがきっかけです。フリーズドライ製品に触れたとき、「味噌や野菜がなぜこれほど乾燥しているのか」「宇宙食とは何だろう」と興味を持ちました。両親から直接、事業を継ぐように言われたことはありませんでしたが、この頃から自然に「自分が継ぎたい」という気持ちが芽生えていたのです。そして、学校を卒業した後、すぐに入社しました。
社長の息子という立場もあり、当時の工場長から、「人の3倍やって普通、10倍やらないと信頼は得られない」というアドバイスを受けました。その言葉を胸に、誰よりも朝早く出社し、できることを一つずつ実行したところ、最初は距離を置いていた社員たちも、次第に距離を縮めてくれるようになったのです。
そんな中、パート社員の「化学調味料ばかり使っている商品は家族に食べさせたくない」という言葉を耳にし、「弊社では、社員が家族に食べさせたくないと思うような商品をつくってはいけない」と痛感したのです。この経験は、経営理念に大きな影響を与えています。
危機を乗り越え、専門性を極めることを決断
ーー社長就任当時は、どのような状況でしたか?
圓井康輔:
1996年、35歳で社長に就任しましたが、業績が悪化していた最中の交代でした。設備投資を終えたばかりの状態で、最初の仕事は連帯保証人の引き継ぎです。同時期には、山一證券の経営破綻があり、また主要取引先の倒産も相次ぎました。さらに、弊社も、大手企業からの発注ミスが原因で資金回収が困難になるなど、不運が重なったのです。
努力が空回りし、心身ともに不安定な日々でした。ただ、ある日、些細なことをきっかけに「工場をもっときれいにしよう」と考え、社員全員で掃除を始めました。すると、心が少しずつ落ち着き、「不要なものを捨て、必要なものを磨く」という意識が、私の中に生まれたのです。
フリーズドライ以外の商品を廃止し、フリーズドライ技術の蓄積に専念することを決断したのは、この頃です。
商売は、「良い商品をつくり、お客様に喜んでいただき、その利益で次の投資につなげる」という循環が大切です。しかし当時はクレームが相次ぎ、社員も活気を失い、工場にはゴミが溜まっていました。そこから約10年をかけ、少しずつ好転させることができたのです。
フリーズドライの価値を高める独自の製法を開発

ーー改めて、貴社の業務内容を教えてください。
圓井康輔:
フリーズドライ技術を活用した食品を、食卓に届けています。
弊社では、「社員が家族に安心して食べさせたい」と感じることを基準に、オーガニックや無農薬の食材を中心に採用しています。かつては下請け業務も手掛けていましたが、クライアントに合わせるだけでは自社の「考える力」が弱くなるのです。また、クライアントの都合で製造を継続することができないこともあったため、現在は自社製品の開発に注力しながら一部、OEMを受注しています。
フリーズドライにこだわった理由は、素材本来の良さを活かせることにあります。製造工程では、ビタミン、ミネラル、タンパク質などの栄養素を損なわないよう、素材ごとに処理方法を変えています。たとえば、味噌などの発酵食品では、菌を生かすために低温処理を徹底しています。また、風味や食感、味わいにも細心の注意を払っています。
家庭でつくる合わせ味噌は2種類程度を混ぜるのが一般的ですが、弊社のフリーズドライ商品では、異なる地域や味の味噌を8種類組み合わせ、腸内環境が整いやすくなるような工夫をしています。こうした、家庭で実現しにくいことをフリーズドライ技術を通じて実現するために日々、試行錯誤しています。フリーズドライ技術は、単に保存や調理時間の短縮のためだけに用いているのではないのです。
原材料や製造工程を含むすべてにこだわることで、家族が安心して口にできる、おいしい商品を提供することを目指しています。
日本の食文化を世界へ。技術が拓く、新たな可能性
ーー今後の展望について、聞かせてください。
圓井康輔:
「ご縁を大切にし、苦しくても諦めずにやり抜く。真剣に取り組めば楽しさが見えてくる」。このモットーを胸に、販路の拡大に努めていきます。弊社は、積極的に広く告知するよりも、ご縁を通じた営業手法を重視しています。その方が、弊社のこだわりや思いが確実に相手へ伝わると思っているからです。
昨年、韓国の大手デパートの社長から、取引について相談されました。韓国では、味噌汁をつくろうとしても手に入る食材が異なり、味噌汁が本来もつおいしさを再現するのが難しいようです。これを機に、海外展開も視野に入れています。
世界中どこにいても本物を届けられるフリーズドライ技術を活かし、日本の食材を海外にも紹介していきたいと考えています。
編集後記
株式会社コスモス食品は、自社商品の開発を通じて、高知の生姜や鳴門海峡のわかめなど、日本各地の優れた食材を掘り起こし、商品化して流通に乗せようとしている。また、野菜の根や葉などを発酵技術によって畑の肥料に再利用したりと、資源を余すところなく活かす取り組みを進めている。こうした「すべてを活かす」という圓井氏の思いに、共感する人も多いのではないだろうか。
昨年から、本格的に海外市場も視野に入れ始めたという同社。その技術が広がり、世界中どこにいても懐かしい味を味わえる未来は、すぐそこにあるかもしれない。

圓井康輔/1960年生まれ、兵庫県宝塚市出身。1978年、株式会社コスモス酵素研究所にて、発酵技術の開発製造に従事。1982年、株式会社コスモス食品において、フリーズドライの技術開発及び機械開発に従事。1996年、株式会社コスモス食品、代表取締役に就任。