※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

郊外の幹線道路沿いに立ち、自動車旅行者のために設けられた宿泊施設「モーテル」。アメリカでは広く親しまれ、旅の象徴ともいえるこの宿泊スタイルを、日本で初めてチェーン展開し、全国70カ所以上の拠点を築き上げてきたのが株式会社旅籠屋だ。

「自由で自立した旅」をテーマに掲げ、従来の宿泊業界の固定観念を打ち破る新しい価値を生み出してきた同社。今回は、代表取締役の甲斐真氏に、これまでの歩みと事業への熱い思いをうかがった。

アメリカで感じた情熱を日本へ。前例なきモーテルを創業

ーー創業までの経歴を教えてください。

甲斐真:
高校卒業後、しばらくフリーターとして生活していましたが、生活費のやりくりに行き詰まり、両親の勧めで大学に進学しました。しかし、大学にはあまり足を運ばず、卒業までに5年かかりました。幼い頃から両親に「良い学校に進んで大企業に就職するように」と求められてきましたが、その生き方にどうしても納得できず、当時は反発する気持ちもあったように思います。

転機となったのは、実家で新築工事をした際にお世話になった日本ホームズとの出会いでした。担当者がユニークでクリエイティブだったことに惹かれ、縁を感じて日本ホームズに入社することになったのです。気軽な気持ちで始めた仕事でしたが、結果的に10年以上勤めることになり、社会人として必要なスキルやノウハウはすべてそこで身に付けました。

その後、経営者のカリスマ性に魅了され、TRON電脳都市研究会や株式会社プランドなどに転職。これらの経験を経て、1994年に現在の会社を設立したのです。

ーーなぜモーテルという形態を選んだのですか。

甲斐真:
事業を興すと決めた後、友人とともにアメリカのモーテルを泊まり歩く機会がありました。その体験は、見るもの感じるもの全てが新鮮かつ刺激的で、大きなインスピレーションをもたらしてくれました。

アメリカのモーテルは、部屋とベッドだけが提供された庶民的な宿泊施設です。高級ホテルとは異なり、ホテルマンによるサービスはありません。「ここでは自分の好きなように過ごしてほしい」という自由なスタイルが根底にあるのです。

アメリカは基本的にこのような「自由」に根ざした社会であり、「成功しても失敗してもすべて自分の責任」という厳しさを持っています。一方、日本は世話を焼きすぎたり、過剰に干渉したりする風潮が強いのではないでしょうか。旅籠屋を日本中に広げることで、日本では不足しがちな「自由で自立した旅」の形を提供し、それが最終的に自由で自立した社会づくりにつながるのではないかと私は考えています。

困難をひとつずつ乗り越え社会的地位を確立

ーー創業当初の経営状況やお客様の反応について教えてください。

甲斐真:
創業時には大きく3つの不安要素を抱えていました。

まず1つ目は「日本人に受け入れられるのか」という点です。当時、国内では一般的とはいえなかった「何のサービスもしない宿」というコンセプトがどのように捉えられるのか心配でしたが、宿泊後にお客様から「これでいいんだよ」「家族だけでのんびりできたよ」という声を直接いただき、大きな励みになりました。

2つ目は「お客様が来てくれるのか」という不安です。しかし、広告費を抑えるために新聞、雑誌、テレビなどのメディアに積極的に出演してパブリシティを狙った結果、新規のお客様が少しずつ増え、半年ほど経った頃にはリピーターも現れるようになりました。

そして3つ目は「ビジネスとして成り立つのか」という点でしたが、オープンから2年ほどで売上が安定し、お客様の支持を実感できるようになったのです。特に、リピーターが増え続けている事実が、日本人にも受け入れられているという確信と自信につながりました。

ーー苦労したことやターニングポイントとなる出来事はありましたか?

甲斐真:
創業当初、モーテルという事業が日本では前例がなかったため、許認可申請や融資では苦労の連続で、役所や銀行を何度も訪問し、ひたすら話し合いを重ねる日々が続きました。

転機となったのは、1997年に日本証券業協会が設けた「グリーンシート」という制度です。この未上場企業向けの資金調達制度を活用し、1999年に弊社も登録しました。その際に公募増資を実施した結果、200名以上の個人投資家の方々から出資をいただいたのです。これによって会社の信用力が高まり、その後の融資にも良い影響を与えました。

もう1つの大きな転機は、初めて建て貸しの形で店舗をオープンしたことです。建て貸しには、土地所有者の地権者が建物を建てることで、弊社の出店費用を抑えられるという大きなメリットがあります。さらに、この地権者が社会的に信頼のある企業だったため、弊社の信用にもつながり、地域へのポジティブなアピールになったのです。このような形で弊社の取り組みに賛同していただき、地域に貢献できたことは、本当に嬉しい出来事でした。

自由で自立した社会を目指し変わらぬ理念で前進

ーー今後の展望についてお聞かせください。

甲斐真:
創業から30年が経ちましたが、基本的な方向性は変えずに進んでいきたいですね。これまでに積み上げてきたものを守りながら、ブームや新技術に安易に流されることなく、本質を大切にして事業を続けることが重要だと思っています。

アメリカのモーテルで感じたのは、「自由で自立した旅」の魅力でした。私たちは、単なる利益追求ではなく、この理念を追い求めるために事業を続けてきました。この創業時の志を曲げず、ここまで来られたことを誇りに思います。これからも社員にこの情熱を伝えながら、同じ思いで働いてもらいたいと願っています。

ーー最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

甲斐真:
弊社の強みは、オープンで隠し事のない姿勢と、既存の価値観に縛られず、合理性を追求する公正なベンチャー精神にあります。今後は幹部候補となるような人材を積極的に募集していきたいと考えています。

日本全体にモーテルスタイルを広めるという私たちのミッションに共感し、挑戦してみたいと思う方がいれば、ぜひ門を叩いていただきたいです。

編集後記

日本のおもてなし文化に一石を投じる「自由で自立した旅」という発想は、甲斐社長の揺るぎない信念に基づくものだ。その理念は、過剰なサービスが当たり前とされる日本の宿泊業界に新たな価値観を与え、多くの消費者の心を掴んでいる。既存の枠組みに挑戦し続けるその姿勢は、企業が時代を超えて成長していくための指針でもある。旅籠屋が描く未来の可能性に、熱い共感と期待を感じずにはいられない。

甲斐真/1952年福岡県生まれ、法政大学卒。1978年日本ホームズ株式会社に入社し、TRON電脳都市研究会、株式会社プランドなどを経て、1994年に株式会社旅籠屋を設立、代表取締役に就任。日本初のMOTELチェーン「ファミリーロッジ旅籠屋」を創業し、全国70か所以上に店舗を展開している。