
創作居酒屋として京都で愛される「まんざら」や「まんざら亭」を運営する株式会社ステップ。同社が展開する8店舗はそれぞれが趣の異なる空間で、京都の食材を活かした料理を提供している。さらに、京大病院近くでのカフェ運営やJR東日本向け弁当の製造、季節商品のEC販売など、食を通じた事業領域の拡大にも積極的だ。67歳となった今も厨房に立ち続ける、代表取締役の木下博史氏に話をうかがった。
自分で商いをすることに憧れて料理人の道へ
ーー開業されるまでの経緯を教えてください。
木下博史:
高校を卒業してから京都の料理学校に1年間通い、その後レストランで6年ほど修行を積みました。そのお店は和食や洋食を始めとしたさまざまな料理を提供しており、幅広く学ぶことができたため、料理人としての基礎をしっかり身につけられたと感じています。独立したのは27歳のときで、仕事をしながら貯めた200万円に加えて300万円を借り、京都の郊外に10坪ほどの居酒屋を開きました。
飲食の道を選んだのは、高校時代に飲食店でアルバイトを経験した際に、「自分のお店をもちたい」と思ったのがきっかけです。加えて、子どものころから、自分の家と商売を営む家庭との経済格差を感じており、いつか自分も商売をしたいという思いがありました。資金面で苦労しましたが、「30歳までには必ず開業する」と決め、良い物件を見つけたタイミングで思い切って挑戦しました。
ーー最初の店舗からどのように事業を拡大していったのですか?
木下博史:
郊外だったこともあり、開業当初はお客様がなかなか来ませんでしたが、少しずつ口コミで広まっていき、1年経ったころからようやく軌道に乗ってきました。そうして開業から2年が経ったころに社員を1人雇い、アルバイトも増やしてメニューの幅を広げたのです。ちょうどそのタイミングで、隣のマンション1階にテナント募集が出ていたので、そちらに新店舗をオープンすることにしました。
その後、1988年に法人化しましたが、立地の観点から集客面で難しさを感じていました。次第に街中での展開を考えるようになり、創業5年目に京都の中京区に30坪の店舗を開業し、そこから都市部への展開を進めていきました。
おもてなしの心とチャレンジ精神で事業を拡大

ーー改めて、貴社の事業内容について教えてください。
木下博史:
京都を拠点に「まんざら」や「まんざら亭」などの創作和食居酒屋を展開しています。町家を改装した店舗や、施設内カフェレストランの運営など、多彩な業態に取り組んでおり、「食」の領域で社会に貢献する企業を目指しています。
ーー貴社の特徴や強みはどんな点でしょうか。
木下博史:
やはり一番の強みは、おもてなしの心ですね。お客様のご要望にはできる限り応えたいという思いで、メニューにはない料理でもリクエストがあれば喜んで対応してきました。居酒屋ですが、オムライスやサンドイッチ、お好み焼きに焼きそばなど、お客様のご要望に応じて柔軟にメニューを提供しています。この柔軟さを喜んでくださる常連様はとても多く、そうした方々が支えてくれたからこそ、ここまで事業を続けることができました。
幅広い料理に挑戦することは、私たち料理人にとっても技術の向上や新しい発想が生まれるきっかけにつながります。しかし、コロナ禍以降はインバウンドのお客様が増え、基本的にメニューに載っている料理だけが注文されるようになりました。店の持ち味が発揮しづらくなっていると感じることもあるので、そういった方からもリクエストをもらえたら嬉しいですね。
ーー居酒屋以外にも、さまざまなジャンルに挑戦されてきたそうですね。
木下博史:
中華料理やイタリアンにチャレンジしたことがありますが、居酒屋とは料理のスタイルが異なる上に職人も定着しなかったため、店を閉めることになりました。また、京都だけでなく東京の西麻布への出店に挑戦したこともあります。最初の2年ほどは順調でしたが、後任への引き継ぎがうまく行かず、5年で撤退することになってしまいました。このように、さまざまな失敗を経験していますが、何が正解なのかはやってみなければわからないものです。
最近では、京大病院の近くにある芝蘭会館の中でカフェを始めました。そこで学会向けのケータリングや、病院の先生方へのお弁当提供なども行っています。
キャリアを重ねても尽きない、料理人としての喜び
ーー今後の展望について教えてください。
木下博史:
特に注力したいことが2つあります。まず1つ目は駅前にある串焼き業態の「まんざら えきよこ」の運営をマニュアル化し、チェーン店として展開することです。これまでの営業で培ってきたさまざまなノウハウがありますし、仕込みと焼き方の指導さえできれば、実現できると考えています。
2つ目は、ケータリング部門を伸ばしていくことです。現在、「まんざら えきよこ」に併設されたセントラルキッチンでは、JR東日本向けに毎日400食のお弁当を提供しています。加えて、ECサイトではおせちや恵方巻、ちらし寿司といった季節商品の販売もしており、それらの売り上げが順調に伸びてきているので、さらに販路を拡大していきたいですね。
ーー今でも現役でお店に出られているのはなぜですか?
木下博史:
やはり料理をつくることが私の生きがいだからです。今後は副社長に会社を継いでもらい、私は会長になる予定ですが、現場を離れるつもりはありません。また、若い人たちに飲食業界の魅力を伝えたいという思いもあります。新型コロナウイルスの影響で、昔のように飲食業に夢を抱く若い人たちが減ってきたと感じていますが、飲食業は決してなくならないと思うのです。
丹精込めてつくった料理をお客様に提供し、「おいしい」と言っていただける。そのようなお客様とのやり取りが大きなやりがいであり、この仕事にしかない魅力だと感じています。そうした飲食業の魅力を、私が先頭に立って示していきたいですね。
編集後記
木下社長の語る言葉の端々から、料理人としての矜持が伝わってきた。お客様の「おいしい」という一言のために技を磨き、新しい挑戦を続ける。そんな姿勢が、40年近い歴史を支えてきたのだろう。今なお第一線で腕を振るい続けるその姿は、飲食業が単なるビジネスではなく、人生をかけるに値する魅力的な仕事であることを雄弁に物語っていた。

木下博史/1957年、京都府生まれ。京都調理師専門学校卒業。6年間のレストラン勤務を経て、27歳のときにまんざら亭1号店を開業。1988年に法人化し、株式会社ステップを設立。同社代表取締役へ就任。