※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

大阪を拠点に、それぞれ異なるコンセプトを持つイタリアンレストランを8店舗展開する株式会社レアル・ダイニング。「なにわイタリアン」をコンセプトに、大阪の生産者と協業しながら地域の食文化を豊かにする独自の取り組みで注目を集めている。この事業を率いるのが、代表取締役の西出雅章氏だ。18歳で未経験から料理の世界に飛び込み、国内外で研鑽を積んだ後に独立した。コロナ禍を乗り越え事業を急成長させた背景には、揺るぎない料理への情熱と地元大阪への深い思いがあった。今回、同氏のこれまでの歩み、事業へのこだわり、そして未来への展望をうかがった。

料理への情熱と忍耐力を武器に未経験から掴み取った独立への道

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

西出雅章:
もともと料理の道に進もうと考えており、専門学校への進学も検討していましたが、知人から「専門学校へ行くなら、直接働いた方がいい」と助言を受け、未経験のまま現場に飛び込むことを決めたのです。

そして、18歳で大阪のラグジュアリーホテルに入社しました。最初の配属先はフレンチの調理場でしたが、包丁も握ったことがない全くの未経験からのスタートでした。

ーー当時の調理場はどのような環境だったのでしょうか。

西出雅章:
当時は現在とは異なる厳しさがあり、非常に険しい世界でした。同期はフランスの調理師学校を卒業した人など経験者ばかり。その中で未経験の私は、ただ懸命に働くしかありませんでした。何が正解かも分からず、何をやっても叱られる毎日でしたが、厳しい環境でも乗り越えられたのは、根底に純粋な「料理が好き」という思いがあったからです。

また、当時は今のように簡単に仕事を選べる時代ではありませんでした。「辞めたら次はない」という危機感があったからこそ続けられたのだと思います。とにかく必死に食らいついていったあの頃の経験が、今の強い忍耐力につながっています。

ーーその後はどのようにキャリアを積んでいかれたのでしょうか。

西出雅章:
前職では、フィリピンのマニラで富裕層をターゲットにした店の立ち上げに携わりました。日本での当たり前が全く通用しない環境であり、特に食材の確保は苦労の連続でした。インフラが未整備で、発注した食材が3、4日後に届き、しかも半分以上が傷んでいる、という事態が日常茶飯事だったのです。

カルチャーショックも大きい毎日でしたが、現地のスタッフは非常にエネルギッシュで、技術を吸収しようとするハングリー精神に溢れていました。「一日も早く仕事を覚えたい」と前のめりに質問してくる姿勢は、修行時代の自分を見ているようで、やりやすさを感じるとともに、彼らの姿から大きな刺激を受けました。

ーー独立を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。

西出雅章:
最終的に上席執行役員まで務め、料理だけでなく経営にも深く関わるようになりました。その中で、次第に「自分で挑戦したい」という思いが強くなっていきました。料理人としてだけでなく、ビジネス全体を自分の手で動かしてみたいと考え、独立に踏み切りました。

大阪の食を豊かにする「なにわイタリアン」という独自の試み

ーー独立当初はどのような事業戦略を描いていましたか。

西出雅章:
最初は資金も限られていたので、自分がやりたい料理というよりも、まずビジネスとして成功させることを最優先に考えていました。10坪ほどの小さな店からスタートし、月間で約500万円を売り上げ、翌年には2店舗目を出店するなど、まずは事業基盤を固めることに注力しました。

そんな中、コロナ禍で世の中全体が停滞していた時期に、阪急不動産から商業施設への出店のご相談をいただいたことが大きな転機となりました。当時は大手も出店を控える状況でしたから、私にとっては大きな挑戦でしたが、幸いにもこの店舗が成功し、その後の成長の弾みになりました。

ーー「なにわイタリアン」のコンセプトや、店舗展開のこだわりについて教えてください。

西出雅章:
経営が安定し、腰を据えて将来を見据えられるようになった頃、「地元大阪へ恩返しがしたい」という思いから、地元大阪の食材を積極的に使う「なにわイタリアン」が生まれました。現在は農家の方に、イタリア野菜の栽培に挑戦していただいています。収穫物を全量買い取る契約を結ぶことで、生産者のリスクを抑えつつ、大阪の農業全体が潤う循環を目指す考えです。

店舗は本店のほか、夜景が綺麗な記念日向けレストランや生ハム専門店、隠れ家的な鉄板焼きなど、利用シーンに合わせて多様に展開しています。しかし、全店で共通して大切にしているのは、創作料理ではなくイタリア料理の基本をぶらさないことです。塩の振り方や火入れの加減など、調理の基本を徹底して素材の良さを引き出し、シンプルで王道のおいしさを追求し続けています。

次世代の料理人を育て大阪と共に成長する未来図

ーー社員の皆様には、日頃どのようなことを伝えていますか。

西出雅章:
「自分の良いところを認識し、それをどう伸ばしていくかを考えてほしい」と伝えています。人には誰にでも得意なことと不得意なことがあります。それぞれの長所をパズルのピースのようにうまく組み合わせ、互いに補い合うことで、一つの強いチームを築いていきたいと考えています。

ーー人材育成の方針や、具体的なスキルアップ施策はどのようなものでしょうか。

西出雅章:
「見て覚えろ」という旧来のやり方ではなく、若いうちから積極的に実践の機会を与え、成長スピードを速めることを重視しています。また、料理人として一生食べていける力を養うには、技術だけでなく、厳しい環境でやり抜く忍耐力も不可欠です。どこへ行っても通用する人材を育てることが、真の育成だと考えています。

楽しみながら成長できる場として、企画力や技術を競う社内料理コンテストを開催するほか、経営数値の勉強会も実施しています。将来独立を目指すなら数字の理解は必須です。料理だけでなくビジネスの視点も養ってもらうことで、視座の高い人材を育てていきたいですね。

ーー今後の展望をお聞かせください。

西出雅章:
基本的には、年に1店舗のペースで着実に出店を続けていく方針です。ただ、理想を言えば、今後はより立地の良い場所や規模の大きな店舗への挑戦も視野に入れており、3年後には、現在の倍ほどの事業規模に成長させたいと考えています。

どれだけ店舗が増えたとしても「イタリアン」という軸はぶらさず、そして「大阪の生産者と共に地域を盛り上げていく」という私たちの姿勢は変わりません。食を通じて大阪の未来を明るくしていく、その挑戦をこれからも続けていきます。

編集後記

18歳で料理の世界に飛び込み、ひたすらに腕を磨き続けた西出氏。その道のりは、純粋な「好き」という情熱と、困難に屈しない忍耐力に支えられてきた。ビジネスとしての成功と地元大阪への貢献。その両輪を力強く回す原動力は、自身の原体験と、食を通じて人を幸せにしたいという揺るぎない信念にある。社員の個性を尊重し、チームとして高め合う育成方針もまた、同社の強みだ。その試みは、大阪の食の未来をさらに豊かにしていく。

西出雅章/大阪府東大阪市生まれ。18歳より料理の道に進み、国内外にて研鑽を重ねた後、2017年に独立。地元・大阪の食材を最大限に生かした「なにわイタリアン」を掲げ、「ニシデリア」を皮切りに、現在8店舗を展開。「サステナブルガストロノミー」を理念に掲げ、JA大阪市や農家の皆様と連携し、持続的な生産支援に取り組む。地域の枠を越え、能登牛の流通支援や震災義援金活動など、食文化と社会をつなぐ架け橋となるべく力を注ぐ。