※本ページ内の情報は2025年4月時点のものです。

ウイルスセキュリティソフト「ウイルスバスター」を生み出した、トレンドマイクロの創業者であるスティーブ・チャン氏。同社CEOを退任した後、「人間の可能性を最大限に引き出し、人々が成長できる機会を提供する」ため、台湾にミンイーファウンデーションを設立。世界中でNPOのサポートを行っている。日本では2024年7月に特定非営利活動法人ミンイーを設立し、アレルギー症状の緩和を促すアプリ「MyRelief」の普及に尽力している。

コンピュータセキュリティの分野で成功を収めた同氏が社会貢献活動を始めた経緯や、未開拓の領域に挑戦する原動力などについて、チャン代表にうかがった。

ビジネスで成功を収めた経営者が次に選んだ社会貢献の道

ーーまずチャン代表の経歴についてお聞かせください。

スティーブ・チャン:
1989年に来日し、セキュリティソフトウェア会社を設立しました。その後、PC向けのウイルスセキュリティソフト「ウイルスバスター」の販売を開始します。まだコンピュータウイルスが広く認知されていない時代だったので、先行優位で事業は順調に伸びていきましたね。

ーーその後、花粉症やアレルギーのセルフケア事業に取り組むようになった経緯を教えていただけますか。

スティーブ・チャン:
2005年にトレンドマイクロのCEOを退任しました。ビジネスでは一定の成功を収めることができたので、違う領域で日本に貢献できる道はないかと考えたのです。そこで思い浮かんだのが、私が日本で暮らす中で最も悩まされてきた、花粉症の症状を緩和することでした。

春の株主総会の時期は症状がひどく、秘書がティッシュを2箱も用意してくれていたほど、症状に悩まされていました。このように生活の質が下がることを肌で感じてきたので、私のように花粉症やアレルギーに苦しんでいる方を助けたいと思うようになったのです。

日本では国民の半分以上が花粉症に悩まされており、大きな社会問題となっています。しかし、薬による対症療法はあるものの、根本的な解決策はまだありません。また、子どもたちの間でアレルギーを持っている子が増えていることも懸念しています。

子どものうちにアレルギーを発症すると、大人になってからも長期間苦しむことになります。そこで体への負担が少ない方法で、アレルギー症状を緩和できる方法を提供したいと思い、今の事業を立ち上げました。

東洋医学による身体に負担のない花粉症対策

ーー現在提供されている「My Relief」について教えてください。

スティーブ・チャン:
これは東洋医学でいう「経絡(けいらく)」に着目したサービスです。経絡とは、体内のエネルギーの通り道のことを指します。私たちが生活を送る中で、アレルゲンや汚染された空気、ストレスによる感情の乱れにさらされることで、体内のエネルギーの流れが妨げられてしまうのです。

エネルギーの循環が滞ってしまうと、鼻や目、喉に違和感を感じるなどの症状が起きます。こうした身体の不調を改善するため、特殊な技法で生成された図形を使い、エネルギーの循環を整えるプログラムを提供しています。

スマートフォンに表示されたグラフィックに触れることで体内のエネルギーの流れをスムーズにし、身体の不調を改善する効果が期待できるのです。気の流れを整えることで症状を軽減するため、従来の花粉症やアレルギー治療のように眠気などの副作用がないのもポイントですね。

ーースマートフォン向けのアプリでサービスを展開されている理由をお聞かせいただけますか。

スティーブ・チャン:
もともと経絡の巡りを良くするやり方は、紙に図形を描き、直接指で触れるものでした。しかし、紙を用意しないといけないため、思い立ったときにすぐに試せないのが難点でした。そこで、日頃から持ち歩いているスマートフォンに注目したのです。

また研究を重ねた結果、スマートフォン上でも紙で行ったときと同様の効果が得られることが確認できたので、アプリでの提供を決めました。

未開拓の領域への挑戦を続ける原動力

ーーウイルスセキュリティソフト事業と、現在の事業の共通点を教えていただけますか。

スティーブ・チャン:
このふたつに共通しているのは、まだ世の中に無いものをつくり出そうという試みだということと、社会的課題に取り組んでいることです。ウイルスセキュリティソフトの開発を始めた頃は、コンピュータがウイルスにかかること自体知られていませんでした。

そうした状態でウイルスを除去するソフトウェアを世の中に広めることは、チャレンジングな試みでしたね。今私たちが取り組んでいる、スマートフォンを使って花粉症の症状を改善することも、まさに前代未聞の挑戦です。

また、PCのウイルス対策が無ければ、情報漏洩やシステム障害を引き起こし、社会に大ダメージを与えてしまいます。国内で多くの方が苦しんでいる花粉症も、改善が必要な分野です。そして、どちらも社会的に大きな課題であり、その分ハードルが高いのも同じですね。

ただ、これからもアントレプレナーシップ(起業家精神)を発揮し、未知の領域に果敢に挑戦していきたいと考えています。

ーー苦労が伴うことにあえて挑戦する情熱はどこから来ているのですか。

スティーブ・チャン:
多くの人に課題を解決する「ソリューション」を届けたいという思いが強いですね。こうした強い信念があるので、周囲から理解されなかったり、本当にできるのかと疑問視されたりしても、まったく気になりません。

まだ世の中に無いものをつくり出し、サービスを世の中に広めていくのは、まるで重たい岩を少しずつ動かしていくようなものです。ただ、最初はなかなか成果が見えませんが、
「ウイルスバスター」が世界中で普及したように、いつか努力が報われるときが来るはずです。

私には成功体験があるので、今の事業もいずれ日の目を見るときが来ると信じています。

感情にフォーカスした新機能と研究領域への進出について

ーー今後の展望についてお聞かせください。

スティーブ・チャン:
昨年度の調査では、My Relief使用者の半数以上の方が、花粉症の症状が軽減したと回答しました。そこから改良を重ね、現時点では約68%の方が効果を実感されています。今年中にはサービスの利用者のうち75%の方に効果を感じていただけるよう、さらに改善を続けていきたいですね。

今後のビジョンとしては、不安や悲しみ、怒りといった負の感情を和らげる機能を追加したいと考えています。特に日本では仕事のプレッシャーで精神を病み、休職や退職に追い込まれる方が増加しており、深刻な社会課題となっています。

この課題を解決するため、不安を和らげるエモーションヒーリングサービスを提供したいですね。さらに長期的なビジョンとしては、治療の効果を判定する際に使うバイオマーカーの研究に取り組みたいと考えています。

ゆくゆくは、経絡エネルギーが体にどのように影響しているかを科学的に解明する研究機関の設立を目指しています。これは長期的な研究になると思いますが、私の資産を投じ、優秀な研究者と協力して少しずつ進めていきたいですね。

ーー最後に読者の方々へメッセージをお願いします。

スティーブ・チャン:
AIの普及により、これから今まで人間が行ってきた仕事は次々と代替されていくでしょう。そのため、これからは世の中から必要とされるビジネスを見出していくことが大切です。

そのために価値のあるものを見極める審美眼を持てるよう、常にアンテナを張っておきましょう。一度決めたことは絶対に諦めないこと、そして夢を実現するために恐れる気持ちは捨て、成功をつかみ取ってください。

編集後記

PCが普及し始めたばかりの頃にウイルス対策に着目し、現在はアプリを使った花粉症対策に取り組んでいるチャン代表。他の人にはない独自の着眼点で社会課題の解決に挑む姿は、まさに開拓者そのものだ。非営利財団法人ミンイーはアレルギー症状で苦しむ人々を救い、生活の質の向上に貢献していくことだろう。

スティーブ・チャン/台湾出身。1988年に渡米し、米ロサンゼルスで起業。1989年に来日し、トレンドマイクロ株式会社の前身となる企業を設立。1991年にPC向けのウイルスセキュリティソフト「ウイルスバスター」の販売を開始。2005年にトレンドマイクロのCEOを退任し、2019年に台湾の非営利財団法人ミンイーファウンデーションを創立する。さらに、2024年に日本支部を立ち上げた。