
2022年度から高校での金融教育が義務化され、NISA制度の抜本的改革など、私たちを取り巻く「投資」や「金融」の世界は変化の時代を迎えている。このような転換期において、資産運用をより身近で、納得感のあるものにする新しいサービスが注目されている。
三井物産デジタル・アセットマネジメント株式会社の代表取締役社長である上野貴司氏は、これまでのキャリアを通じて金融/不動産領域で新規事業立ち上げを手がけてきた。今回は、上野氏の挑戦の軌跡と、個人向け資産運用サービス「ALTERNA(オルタナ)」に込めた思い、そして未来へのビジョンについてうかがった。
新規事業への挑戦と挫折。不動産運用の世界へ飛び込んだ転機
ーー創業までの経歴を教えてください。
上野貴司:
大学時代は工学部で機械材料を学ぶも、「物をつくる」ことよりも「事業をつくる」ことに興味があって三井物産へ入社しました。入社当初は、第1次インターネットブームで、「ネットを使ってサービスを提供する」というビジネスが多く立ち上がった時期です。入社2年目から新規事業開発事業部へ配属になり、「金融×IT」のアイデアを出して実行する部隊の一員となります。担当した20ほどの事業はことごとく失敗に終わり、苦い経験をたくさんしましたね。
それから2年後、本社からの命を受けて不動産運用の世界に飛び込んだことが、日本初の物流REIT(※)の立ち上げにつながっていきます。日本における新しい投資カテゴリをつくる新規事業を任せられ、パートナー会社や不動産業者と連携して現場を奔走し、現在までに法人立ち上げを4回、計18年の出向を経験することにつながります。当時、まだ社内だけではなく日本国内ですら黎明期にあった不動産運用事業を立ち上げの段階から、ひとつの事業領域まで成長させられたと思います。
その後、米国シリコンバレーに駐在したのち、2020年に三井物産と株式会社LayerXなどのジョイントベンチャーである三井物産デジタル・アセットマネジメントを立ち上げ、現在に至ります。
(※)物流REIT:主に物流施設に投資する不動産投資信託(REIT)で、投資家から集めた資金を倉庫や配送センターなどの物流施設に投資し、賃貸料や不動産の売買益から得た収益を分配する仕組み。
ーー創業はスムーズに進んだのですか。
上野貴司:
2019年ごろ、当時3回目に立ち上げたREIT運用会社にいた私のところに、本社から連絡が入りました。新規事業立ち上げの打診でしたが、詳細はまったく決まっていない状況でした。その時期にちょうどLayerXからブロックチェーンを使った事業の相談を受けていたので、カタチにできたらおもしろいなと思ったことがスタートです。
オンラインで完結する個人向けの金融サービスとして、構想から10ヶ月程度で創業を果たしました。私を含めて5名しか社員がいない状況で、金融商品取引業ライセンスを取得するのはかなり稀なケースです。苦労することもありましたが、ゴールは明確に見えていたので突き進んでいきましたね。
スマートフォンで完結!納得感を向上させる新しい資産運用サービス

ーー貴社が展開する「ALTERNA(オルタナ)」事業について教えてください。
上野貴司:
ALTERNAは、厳選された不動産に加え、通信インフラなどの安定した収益が期待できる実物資産に個人で投資できるサービスです。スマートフォンで簡単に、最低10万円程度から利回りを目的とした投資が可能です。
ーー他社との違いや強みはどのようなところですか。
上野貴司:
投資というと、株式投資を真っ先に思い浮かべる方が多いのですが、会社の業績と株価が必ずしも相関しないなど、少し「納得感」に欠ける部分があります。複雑な金融商品では、自分が何に投資しているのか、どういうときにリスクがあるのか分かりにくいことが要因です。
ALTERNAは「モノ」と「お金の流れ」の分かりやすさにこだわっています。機関投資家が扱うクオリティの案件を揃え、長期投資に適した安定感のある仕組みを使い資産運用サービスを提供しています。
弊社の最大の特徴は、製販一体であることだと思います。実は金融業界では、商品の製造と販売を一社で手がけている例はそれほど多くありません。ALTERNAは、個人の投資家に直接販売し、コミュニケーションをとっているので、お客様のリアルなフィードバックを受け取ることができます。そして、そのリアルな意見を反映したサービスを提供できるからこそ、リピーター獲得につながっているのでしょう。他の業界では当たり前のことですが、金融業界でPDCAサイクルを健全に機能させられたことが弊社の強みです。
創意工夫とデジタルの力をもとに。開発に向けた取り組み
ーー今後の注力テーマを教えてください。
上野貴司:
まず、お客様の開拓については、弊社だけでマーケティングをしても効率的ではありません。これまでにない他業種とのコンビネーションを確立して市場拡大を考えています。
また商品開発については、現在取り扱っているホテルやレジデンスなど、生活の周りにある身近なものに投資できる機会を引き続き提供していきたいですし、一方で航空機や船舶など今までなかったような投資商品も提供できれば、よりお客様の満足につながると思っています。投資のハードルも下がってより多くの方が投資を始めるきっかけになれば嬉しいです。
そして、この業界ではさまざまな書類作業があるため、かなり多くの時間を要していることを懸念しています。この書類作業はAI技術との親和性が高いので効率化のためにも、DX推進を積極的に取り組んでいく予定です。
ーー最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
上野貴司:
現在、日本には1,000兆円を超える預金があるといわれていますが、世界経済の成長率が鈍化していく状況下で、資金ニーズも多様化しています。「預金」と「融資」のみでは十分に金融機能を果たすことができず、多くの資金が価値を産まずに眠った状態です。
弊社では「あたらしくて、おもしろい!」の行動指針のもと、今後も今まで見たことがない金融事業の地平を切り拓いていきます。刺激的な環境で、能力と熱意にあふれた仲間たちと切磋琢磨することに魅力を感じる方の挑戦をお待ちしています。
編集後記
既存の枠組みにとらわれず、失敗を糧に挑戦を続ける上野社長の姿勢が、現在の三井物産デジタル・アセットマネジメントの基盤となっているのだろう。「おもしろいことをしたい」というシンプルな動機からスタートした数々の挑戦は、ALTERNAという画期的な資産運用サービスの誕生につながっている。上野社長が描く「あたらしくて、おもしろい」金融事業が、どのように社会に価値を生み出していくのか、今後も注目したい。

上野貴司/大阪府出身。京都大学大学院修了。2000年、三井物産株式会社に入社。2005年、日本初の物流REITをIPOさせ初代CFOに就任。シリコンバレーでのスタートアップ投資への従事を経て、三井物産デジタル・アセットマネジメントを創業。2020年より現職。