
ファッションは、いつの時代も人々の心を魅了し、自己を表現する重要な手段として存在してきた。それは単なる装いにとどまらず、個々の価値観やライフスタイルを映し出す鏡でもある。そんなファッションの力を通じて、人々の生活をより豊かにしたいという強い信念を持ち、ブランドと店舗の価値を継続的に高めている企業がある。それが、株式会社エストネーションだ。
独自の経営哲学に基づき、従業員一人ひとりの力を最大限に引き出す仕組みを構築し、さらなる飛躍を目指す同社。その挑戦と未来へのビジョンについて、代表取締役の大田直輝氏に話を伺った。
理念と情熱の原点、ファッションへの思い
ーーファッション業界を目指したきっかけは何だったのでしょうか。
大田直輝:
単にファッションが好きだったことが、一番のきっかけになりました。ただし、最初からファッションを仕事にしようと考えていたわけではありません。あくまで趣味として楽しむものだと考えていたため、別分野で仕事をするつもりでいました。しかし、就職活動を進める中で、「どのような服を着て働くか」が自分にとって重要なことなのだと気づいたのです。
その結果、自然とファッション業界に引き寄せられる形となり、ファッションを生業にする決意をし、ビームス福岡店、ユナイテッドアローズ福岡店とキャリアを重ねていきました。
ーー同社の業務で記憶に残るエピソードと現在までの経緯をお聞かせください。
大田直輝:
ユナイテッドアローズでは、29歳まで福岡の店舗で勤務していました。その後、商品部に異動することが決まりましたが、東京での店舗経験が必要とされたため、翌年から原宿店を担当することになったのです。当時は同社の業績は好調でしたが、「裏原ブーム」がかげりを見せはじめ、売上的にも大変厳しい局面を経験しました。その中で、お客さまの価値観が大きく変わっていくさまを体感し、より一層、時代対応の大切さを見知ったこともこの時でした。
翌年、商品部に異動し、価値観の変化への対応、いわゆる時代対応に追われる毎日でした。しかし、会社業績が悪化しつづけたことで、通常のMD業務(※)に加えて、週2日、3日の販売業務も課せられることになり、大変過酷な毎日を送る状態となりました。
そのような状況でしたが、自分たちで企画し、仮説を立てて投入した商品群を店頭で直接お客さまに提案する姿勢をとり続けました。そのおかげで、お客さまから正確なフィードバックをいただくことができ、修正点を明確にすることで改善の精度を上げ、加えて仮説の精度も上げることができる状態を定着させることができたのです。結果、数多くのヒット品番を投入することができるようになり、お客さま満足も最大化し、V字回復を実現することができました。
その後、事業の責任者や全社の商品開発責任者などを歴任し、あるときサザビーリーグからエストネーションの責任者としてオリジナル商品開発に着手して、価値を高めながら収益性の改善をはかってほしいとお声がけをいただきました。大変難しい内容ではありましたが、ビジョンに共感し、参画することを決意。同社で店舗運営や事業戦略を学び、分社化という形で独立した現在では、企業価値をさらに高めるため、柔軟で迅速な意思決定が求められる場面が増えています。
(※)MD(マーチャンダイザー)業務:商品開発や販売計画立案、価格設定、在庫管理、販促マーケティングなどを行う仕事
答えは店頭にある、店舗力を重視する経営戦略

ーー企業運営で重視されているポイントをお聞かせください。
大田直輝:
企業運営において、特に採用と店舗での接客を重視しています。
分社化によって、多くの判断が自社に委ねられるようになったことで、採用においても「どのような価値を提供できるか」が応募者にとって重要な判断材料となりました。そのため、単に人材を確保するのではなく、従業員一人ひとりの力を最大限に引き出し、それを企業価値の向上につなげることを最優先に考えています。企業として明確な価値観を持ち、それを発信し続けることが、優秀な人材との出会いにつながると考えています。
また、店舗での接客も非常に重要ですね。実際にお客様と接することで、ブランドの本質や市場のニーズを最もリアルに感じ取ることができます。私自身、店舗での接客を通じて、「すべての答えは店頭にある」と気づいた経験があります。この考え方が、現在の経営方針の基盤です。店舗で得たフィードバックを商品開発や経営の意思決定に活かすことで、より柔軟で迅速な対応を可能にし、従業員が活躍しやすい環境を整えることに注力しています。
ーー店舗主導の経営戦略においてはどのようなことが大切でしょうか。
大田直輝:
お客様が何を求めているのかを現場で敏感に感じ取り、それを社内の施策に反映させることが何より重要ですね。店頭スタッフから日々寄せられる提案やフィードバックは、商品の開発や改善において欠かせない貴重な情報源です。店舗は単なる「商品を販売する場」ではなく、「ブランドの世界観をお客様に体験していただける空間」であるべきだと考えています。そのためには、店舗自体が魅力的であるのはもちろんのこと、魅力あるスタッフが不可欠です。現場と密接に連携することで、ブランド価値をさらに高める店舗運営を目指しています。
ブランド価値を支える独自の強みと従業員のスキル

ーー貴社の強みを教えてください。
大田直輝:
セレクトブランドと自社ブランドのファッションや関連アイテムを提供し、他にはないスケール感と独自の世界観を表現している点が弊社の強みです。この独自性を支えているのが、小回りの利く組織体制と、現場での仮説と検証を繰り返すスピード感です。現場から得たデータやフィードバックを基に迅速に動き、成果を出す。このスピード感も弊社の大きな強みであり、競争力の源泉だと考えています。
ーー従業員が輝ける環境をつくるために工夫されている点はどんなところでしょうか。
大田直輝:
従業員がやりがいを感じられる仕事を提供し、その努力に見合った適切な報酬を確保することです。また、業務の進め方やスケジュール管理を従業員自身に委ねることで、主体的に動ける環境づくりも意識していますね。その一環として、現場に出る時間を確保し、従業員が直接お客様や商品と向き合える仕組みを推進しています。
お客様や商品に最も近い立場にある従業員が現場を主導することで、自分の意見やアイデアを実際に形にする機会が増えます。これにより、従業員はより大きなやりがいを感じ、現場で得た経験がそのまま成長につながる環境が整うのです。このような取り組みが、従業員のモチベーション向上に大きく貢献していると確信しています。
未来を見据えた店舗展開と従業員価値向上への挑戦
ーー今後の店舗展開やブランド戦略をお聞かせください。
大田直輝:
今後、銀座や恵比寿を皮切りにエストネーションから創り出された新業態の出店を予定しています。今年4月にはGINZA SIX(ギンザシックス)に新業態1号店をオープンいたしました。さらに六本木ヒルズ店では今秋新しい自社ブランドをお披露目する予定です。この新ブランドは、従来の価値観を尊重しつつ、現在弊社をご愛用いただいている方々のお子さま世代の視点を取り入れた新たなアプローチをしていることが特徴です。これにより、新規顧客の開拓はもちろん、既存顧客のファミリー層にも新しい価値を提供することを目指しています。
また、既存事業を通じて魅力的な店舗づくりを続けてきた結果、世界中のブランドからアポイントをいただけるようになりました。このアポイント数は、弊社の経営基準の一つであり、企業としての信頼を示すものと考えています。
今後も、弊社の価値観を大切に守りつつ、それぞれの地域に適した独自の世界観を持つ店舗を設計していくことで、より多くのお客様にブランドの魅力を届けたいですね。同時に、従業員がやりがいを持って活躍できる環境づくりにも力を注ぎ、ブランド価値のさらなる向上を目指してまいります。
編集後記
「答えは店頭にある」という言葉に象徴される同社の姿勢には、現場の力を信じ抜く強い意志が感じられる。従業員一人ひとりの可能性を引き出し、顧客の声を反映させる経営哲学は、ブランド価値を高めるだけでなく、新たな未来を切り拓く力を秘めている。次々と展開される店舗や新ブランドが、どのような形で人々の心をつかみ、新しい価値を創出していくのか。その挑戦の行く先が楽しみだ。

大田直輝/1969年生まれ。福岡県出身。小売店の販売スタッフを経て、1996年にユナイテッドアローズ入社。福岡店次長、商品部などを経て、上席執行役員に就任。2018年、株式会社サザビーリーグ エストネーションカンパニーに転じ、2024年分社化により株式会社エストネーション代表取締役社長に就任。