
ホテルオークラ神戸は開業以来、地域とともに成長し続けるホテルとして長年にわたり信頼を築いてきた。現場の声に耳を傾け、それを経営に活かすスタイルを通じて、顧客満足度の向上を目指すだけでなく、地域社会との連携を深め、ともに歩む姿勢を大切にしてきた。
このような地域に根ざした活動と、宿泊施設としての価値を高めるための取り組みは、多くの共感と支持を集めている。同ホテルの代表取締役社長兼総支配人である石垣聡氏に、経営哲学の背景やホテル業界への思い、さらには今後の展望について詳しく話をうかがった。
現場経験が育んだ経営者としての哲学
ーーホテル業界を選んだきっかけと、その後のキャリアを教えてください。
石垣聡:
大学を卒業後、金融業界や商社などが選択肢になりましたが、就職活動はせず、在学中にアルバイトをしていたホテルオークラにそのまま入社しました。顧客対応や現場運営の実際に触れ、現場で直接働くことのやりがいを実感しました。自分の行動が顧客の満足につながるという面白さを強く感じたことでホテル業界への関心が高まり、1991年にホテル業界への挑戦を決意したのです。この経験が、現場主義を基盤とする私自身の経営姿勢をつくる契機になったと感じています。
入社後は、ベルボーイ、資材管理、調理部門など、さまざまな業務を体験し、現場の課題やニーズに気付く力を養いました。調理部門での食材管理の効率化や、資材管理での物流の重要性など、各部門での経験は、現在の経営においても大きな財産となっています。従業員が抱える悩みへの理解や、お客様への最善のサービスの探求、さらには部門間の連携の重要性など、その頃に現場で培った知識と経験が、現在の経営の根幹を支える礎になっていると感じています。
組織改革がもたらした経営再建への道筋
ーー経営課題に対し、どのような施策を実施しましたか?
石垣聡:
バブル崩壊後の厳しい経営環境下で、私が担当したのは新潟や福岡のホテルの経営立て直しです。従業員や顧客の声を丁寧に拾い上げ、それを経営方針に反映させることで、サービス品質と効率的な運営の両立を目指しました。業務プロセスの改善やコスト削減を目的とした新たな取り組みも行い、従業員の配置を見直し、最適化を図ることによって業務の効率を向上させることができたのです。また、顧客満足度を高水準で維持しつつ、経営を黒字化させ、財務面でも組織を再生することができました。
これらのプロジェクトを通じて得た最大の教訓は、「現場との一体感が経営改善の鍵である」という点です。現在、当ホテルでは、従業員が自由に意見を交換できる定期的なミーティングを導入しています。現場での日々の課題や改善案が経営層に直接届く仕組みを構築したことで、意思決定の迅速化につながり、従業員のモチベーションも向上しています。また、現場からのフィードバックを基にした新たな労務管理手法の導入によって、業務効率化とコスト削減を同時達成できていることも大きな成果です。
現場重視の取り組みは、透明性の高い経営と現場での実行力向上を支える重要な基盤として現在の経営方針にも深く根付き、その効果を発揮しています。
コロナ禍での柔軟な経営と雇用維持

ーーコロナ禍において、どのような取り組みを実施されましたか?
石垣聡:
2020年、世界的な感染症の拡大によって私たちの業界が直面した危機は、これまでに経験したことのないものでした。経営陣として「従業員の雇用を守る」という責務を最優先し、副業制度、短時間勤務や週休3日制の導入によって、一人ひとりが柔軟に働ける環境を整えました。また、外部委託先の常駐スタッフの雇用維持のため、重要な業務を安定的に維持できる体制を保ちました。
これらの施策により、従業員が安心して業務に取り組める環境を守りながら、顧客満足度を維持したサービスを継続できたのです。
さらに、業務効率を高める新たなツールの活用や、顧客フィードバックを活かしたサービス改善により、コロナ明けの需要急増に対応できたことは、従業員が一丸となり、常に前向きな姿勢で業務に取り組んだ成果だと考えています。
この危機を乗り越える上で特に重要だったのは、現場と経営陣の間の密なコミュニケーションと、それを支えた戦略の迅速な実行であり、従業員との強い一体感こそが、組織全体の結束力を高め、困難な時期を乗り越える原動力だったと感じています。
地域とともに描く35周年その先の未来
ーー最後に今後の展望についてお聞かせください。
石垣聡:
2024年にホテルオークラ神戸は開業35周年を迎えましたが、客室の改修や適切な設備の更新を行っています。これらの取り組みは、宿泊施設としての価値向上と地域社会との連携強化という2つの重要な意味があり、大阪万博の開催に伴う宿泊客やMICEの取り込み、地元企業との協業を通じた地域独自の体験の提案などを計画しています。このような活動を通じて、地域コミュニティの一員としての役割を果たし、持続可能な発展の一翼を担っていく考えです。
また、地域貢献の一環として、地元の祭りや文化イベントへのスポンサーシップを通じて地域活動を支援するだけではなく、地元の小中学校で職業体験プログラムを実施し、次世代を担う若者の育成にも取り組んでいます。これらの活動を通じて、従業員が地域の価値を深く理解し、それを日々の顧客サービスに反映できる環境を整えることで、結果として、地域全体の発展に貢献することが、私たちの目指す姿です。
今後も地域に根ざしたホテル運営を続け、お客様と地域の双方にとって価値ある存在であり続けたいと考えています。
編集後記
石垣聡氏の経営哲学には、現場で培った経験を礎に、人材育成と地域貢献にかける強い意志が宿っており、その情熱は、ホテルオークラ神戸の運営方針に色濃く反映されている。35年という長きにわたり地域と共に歩み続ける基盤を築き上げ、「親切と和」を体現する同ホテルの姿勢は、業界全体の指標となる存在だ。地域とともに新たな未来を切り拓こうとする石垣氏の挑戦に、これからも注目していきたい。

石垣聡/1967年北海道生まれ。東京大学経済学部卒業後、1991年に株式会社ホテルオークラに入社。現在は株式会社ホテルオークラ神戸の代表取締役社長兼総支配人および株式会社京都ホテルの取締役を兼任。数々の経営再建プロジェクトを成功させた実績を持つ。