
業務用の惣菜業界で「おいしさ」を追い求め、独自のポジションを確立しているヤマダイ食品株式会社。同社を率いる代表取締役の樋口智一氏は、これまで培ってきた強みを大切にしつつ、家庭向け商品や海外市場への進出にも果敢に挑戦している。
1921年の創業以来、ヤマダイ食品が多くの顧客から愛され続ける理由とは何か。樋口社長の経営哲学や同社の強み、今後の展望などを聞いた。
圧倒的な熱意と変化を恐れない姿勢
ーー社長の経歴についてお聞かせください。
樋口智一:
大学2年のときにヤマダイ食品に入り、営業を始めました。コミッション制だったので、まずは東京で新規開拓からスタートしました。
そもそものきっかけは、大学1年の夏。ふと「自分はどれくらい稼げるのか?」と思い立ち、朝から晩まで働いてみたんです。結果、月に40万円ほどは稼げましたが、これが体力の限界なんだなと気づきました。そんなタイミングで、たまたま先代から「うちの営業をやってみろ」と声をかけられました。販売先の条件は“上場企業のみ”。会社四季報と名刺200枚を渡されて、知り合いもノウハウもない中、完全にゼロからの営業がスタートしました。
今振り返ると、何も知らなかったからこそ飛び込めた部分もあって、まるでロールプレイングゲームのようで楽しかったです。最初は「売りに来ました」とだけ言って、「え、何を?」と驚かれたり。「冷凍惣菜です」と答えると、「それなら商品部だね」と教えてもらって。次の会社からは「商品部の方いらっしゃいますか?」と言えるようになっていきました。そうやって、社会の仕組みやビジネスを実地で学んでいったんです。
大学3年の秋には、「下請けだけでなく、自社で開発して売る力が必要だ」と感じて、営業本部の立ち上げを決めました。当時は新卒採用も知らなかったので、自分自身が就活して、その選考プロセスを学びながら採用活動を始めました。大学卒業と同時に新卒の採用を開始、そして26歳で先代が社長兼COOに、自分が会長兼CEOという立場になりました。
最初は四日市に営業本部を創設。メンバーは4人から始まりました。そこから名古屋、東京へと展開し、大阪・福岡、そして現在は海外にも営業拠点があります。気がつけば、食品業界一筋で30年が経ちました。
国内外のお客様から「おいしい」と言われる冷凍総菜が自慢

ーー貴社の事業内容を教えてください。
樋口智一:
ヤマダイ食品は業務用の調理済み冷凍食品を扱うメーカーです。野菜を得意としておりますが、近年は冷凍フルーツも扱っています。販売先は国内だけでなく、国外にも広げています。
ーーコロナ禍が非常に厳しかったとお聞きしましたが、どのように乗り越えたのですか?
樋口智一:
コロナ前の2020年3月期までは、年平均10%の成長を続け、年商は32億円に到達しました。そして同年1月28日には、総工費25億円を投じ、惣菜業界では世界最新鋭の工場も完成させたばかりでした。しかし、その直後に新型コロナウイルスの感染が拡大。弊社の主戦場であった旅館・ホテル・居酒屋といった業務用市場が一気に休業に追い込まれ、2020年4月の売上は一気に3分の1にまで落ち込みました。
ただ幸いなことに、当時の政府の支援策によって資金を確保できたので、そこから、パン・菓子・スーパーマーケット・高齢者施設・産業給食など、これまで手がけてこなかった新たな業態への挑戦をスタートしたのです。それに伴い、当時は常時100アイテムあったところを、たった1年で200アイテムの新商品を開発・発売しました。
大変困難な道のりで社員の皆さんには本当に苦労をおかけしましたが、結果的に、現在ヤマダイ食品単体で年商42.8億円(2025年3月期)、グループ全体では約60億円規模に成長することができました。そのなかの半分は、コロナ禍で獲得した新しい取引先やビジネス領域です。あの時に事業転換をはかる賭けに出て、今はよかったと思っています。
時代が変化する中でも、新たな価値を提供し続ける会社でありたい
ーー今後、貴社の成長にはどのようなことが必要だとお考えですか?
樋口智一:
企業の成長に欠かせないのは「人の成長」だと考えています。私は本当に「企業は人なり」だと考えていて、スキルだけでなく人間性、つまり教養・誠実・品性をどう高めていけるかが、これからの企業力につながると考えています。
教養とは、「これは誰かの迷惑にならないか」と思いやること。誠実さとは、嘘をつかず、信頼される人間であること。品性は「お先にどうぞ」と譲る、“after you”の精神を持てるかどうか。それに加えて、美しさを感じ取る感性や、日常の会話の質をどう高めるかも、実は人の成長にとって大切な要素です。そうした一人ひとりの成長の「総和」が、企業の文化力・成長力につながっていくと考えています。
First Oneである意味
ーー最後に、大切にしている価値観と、目指す未来について教えてください。
樋口智一:
人が成長すれば、これまで見えていなかったものが見えるようになります。他社の真似をするのではなく、「自分たちが発展することで、世の中をよりよくしていく」という視点を持つこと。その想いから、弊社では基本的に保存料を使わずに商品づくりをしています。以前は“マイノリティ”な価値観でしたが、時代が変わる中で、その考え方の意義が少しずつ伝わってきているのを感じます。
ここ数年は、化学調味料を使用しない商品内容を志向しているのですが、「化学調味料を使わずに」と言うと難易度が高くなり、商品開発のメンバーが辞めていくこともありました。確かに、化学調味料を使えば簡単に味が整って美味しくなる。しかし、私は「基礎調味料から始めよう」と言い続けてきました。
デフレの時代には、その意味が伝わりづらかったかもしれません。しかし今、インフレに突入して、営業のメンバーたちも「なるほど、こういうことか」と実感し始め、本当の強さは技術力の高さだと気づいてくれるようになっています。
そして私たちはその技術力で「今ないもの」を創り出す必要があります。ビジネスモデルでも商品でも、新しい何かを生み出さなければ、結局は“価格競争”に巻き込まれてしまう。そうではなく、世の中にまだない「First One」を、これからも世界に生み出し続けていきたい。それが、私たちの目指すものです。
編集後記
コロナ禍という未曽有の危機の中でも、ヤマダイ食品は歩みを止めることなく、柔軟かつ果敢に挑戦を続けた。1年で200アイテムもの新商品を生み出す開発力、そして時代の変化を捉えた事業転換。どれも、危機をチャンスに変えてきたヤマダイ食品の強さそのものなのだろう。
“保存料のみならず化学調味料を使わない”という信念も含め、企業としての「教養」や「誠実さ」を貫きながら、それでも止まらず進化を続ける姿勢こそ、同社の惣菜が長年愛される理由であり、さらにこれからの食品業界において欠かせない価値なのではないか。これからヤマダイ食品からどんな“First One”が生まれるのか、日本国内はもちろん、海外への展開も含め、今後の動向から目が離せません。

樋口智一/1974年三重県生まれ。学習院大学経済学部卒業。1994年ヤマダイ食品株式会社入社、取締役就任。2000年会長兼CEO。2002年代表取締役兼社長就任。グループ会社は国内9社、海外3社。新興企業への出資支援を数多く手がける。