
1930年代に祝儀用品の卸売り業としてスタートした株式会社長門屋商店。太平洋戦争によって操業停止を余儀なくされ、戦後の1953年に、法人として再スタートを切った苦難の歴史を持つ。
事業を再開してからは和紙の扱いにとどまらず、需要の拡大とともに徐々にアイテムを増やし、製造や小売業にも業態を拡張。現在までに紙製品と文房具を幅広く扱う専門企業としての地位を確立してきた。
2000年代に3代目の横溝純一氏が代表取締役に就くと、物流部門を拡充するなど経営改革を加速させている。社会的信頼と共生を重んじる横溝代表に、これまでの経歴や今後の経営展望についてうかがった。
大手文具メーカーでの貴重な修業経験を家業で実践した
ーーはじめに大学卒業後の経歴を教えてください。
横溝純一:
大学を出てすぐに新卒として文具大手のプラス株式会社に就職しました。弊社の仕入先だったご縁もあり、将来家業を継ぐ前の修業のためにお世話になった形です。最初に横浜支店に営業として配属されると、エリアで一番のお客様を担当させていただきました。そのおかげで、新人としては非常に手ごたえのある勉強の機会を得ることができました。
先輩社員の方々にも大変よく面倒を見てもらいましたが、中でもお取引先様の社長から直々に指導を受けたことは忘れられません。社長に同行してエンドユーザーを訪問し、叱咤激励を受けながら、お客様とのコミュニケーションの取り方など営業の基本を身に付けることができました。
それに加えて、その方から重要なのは信頼を勝ち取ること、商品を売買する前に人としての関係性を築く大切さを学べたことは、なによりの収穫だったと思います。
ーー家業に戻った際の印象をおうかがいできますか?
横溝純一:
プラス社と違って業務の分化が進んでいない点にフォーカスしました。弊社では、市場で得た商品イメージを持ち帰り、自社で製造してお客様に届けるという広い工程をすべて賄っている状況です。
家内工業から始まったため、そうした多能工的な文化も当時は強みでしたが、一方ではやや非合理的な面もありました。
プラス社で得た知見をベースに私が着手したのは、商流と物流の整備です。それぞれの役割を他社に委ねるべきは委ね、自社で賄う仕事をより丁寧に手掛ける。私が入社してからはそのような経営スタイルに方向転換していきました。
リアル小売店舗を持つアドバンテージをECで活用

ーー貴社ならではの特徴はどんなところでしょうか。
横溝純一:
製造・卸売りを展開しながら、リアル店舗を持っていることですね。都内では文房具店が淘汰されてかなり数が減っており、希少価値が出ていることもあり、小売店舗の売り上げはこのところ好調に推移しています。
もちろん目先の売上高だけでなく、リアル店舗はユーザーの声や要望がダイレクトに伝わるメリットが大きく、EC販売などでニーズに対応した営業を展開するためにも貴重な役割を担っていると言えます。
ーー注力するテーマについておうかがいします。
横溝純一:
現在は特にECセクションの強化に取り組んでいます。社会全体でコミュニケーションの取り方が大きく変化する中、規模の大きな冠婚葬祭の時代が終わり、祝儀袋や典礼品の需要が減退する一方です。
弊社はBtoBの卸売りを中心に展開をしてきましたが、時代を考慮するとその垣根を越えたtoCへのアプローチも不可欠だと考えています。そのため最近では新しい通販プラットフォームを取り入れたほか、SNSを運用して個人客の取り込みに動いています。
さらには、新チャネルとしてEC販売の施策をさらに増やしていくことに加え、今後は新しいコミュニケーションに関連するオリジナル商品の企画開発を手がけていく方針です。
10年以内の代表交代を視野に後継者・幹部の人材育成を図る
ーー人事面での今後の方針について教えてください。
横溝純一:
人事では後継者の育成に力を入れ始めています。10年以内の代表交代を実現するため、次期経営幹部の育成に取り組んでいきます。
最近でも5名の若手社員が入社しているように、新規採用には積極的です。現在は新卒ではなく中途採用だけですが、EC強化に伴ってシステム管理・運用が必要になってくるため、今後ともその分野の経験者を重点的に採用していく構えです。
ーー最後に中長期の展望をお聞かせください。
横溝純一:
弊社の歩みは1930年代に始まりましたが、法人化からまもなく創業80年を迎えます。事業を拡大していくというより、市場価値の高い100年企業として成長を遂げたいと考えています。
そのための施策の一つとして、環境省が策定した環境マネジメントシステムの「エコアクション21」を取得し、環境経営を組み入れた持続可能な企業活動を目指しています。具体的には環境負荷の少ない資材を使用した商品開発を軸に、「植林」といった森林保護活動に参加するなど、地球環境に配慮した経営を推進していきます。
人事面では、ワークライフバランスの充実が重要なテーマです。そのため労働の柔軟性を高めて働き方の改革を行い、人材育成を活性化させ、どんな人が入社しても成長できるような組織づくりに注力していきます。
編集後記
横溝代表は締めくくりに「プラス社で修業したことで新しい販路が広がるなど、家業に大きな転機をもたらしてくれました」と、改めて修業先への感謝の気持ちをコメントしている。
全体を通して取引先や関係者との人間関係と信頼を大事にする、代表の経営理念がよく伝わるインタビューだった。「新しい需要に徹底的に対応して事業を展開する」と誓う長門屋商店の今後に注目していきたい。

横溝純一/1963年東京都生まれ、専修大学卒業。プラス株式会社に入社し、修業期間を経て1990年に株式会社長門屋商店へ入社。2007年に同社代表取締役に就任。地域振興や環境活動にも注力している。