
クリスマスケーキの上に乗っている食べられるサンタ、ケーキオーナメントと呼ばれる「メレンゲドール」は誰もが1度は目にしたことがあるだろう。アートキャンディ株式会社は60年以上にわたり、ケーキに飾る装飾菓子やギフト用商品の開発・製造を手がけ、国内の主要な洋菓子店に販売している。同社の長い歴史を受け継いだ代表取締役の門倉美英氏は、代表就任前、3人の子育てに追われる専業主婦だった。
経営はもちろんビジネスパーソンとしての経験も持たないまま、それでも父の後を継ごうと決めた理由は何か。2代目の経営者としてどのような事業展開を考えているか。門倉氏に話を聞いた。
1つずつ職人技で仕上げるケーキオーナメント「メレンゲドール」
ーー貴社の事業を教えてください。
門倉美英:
弊社はデコレーションケーキに飾りとして乗せるケーキオーナメント「メレンゲドール」の開発・製造を手がけています。1964年の設立以来、デザインから製造まですべて自社で行っているのが特徴です。商品のアイデアは営業部とデザイナーでアイデアを出し合い、デザインはハウスデザイナーが担当、熊本・佐賀・ベトナムの工場で製造しています。
製造といっても機械には頼らず、1つずつ職人技で手づくりしていることも弊社の特徴です。1つの商品をつくるのに4日もの時間をかけており、お待たせすることもありますが、弊社の商品は、大手洋菓子チェーン店をはじめ中堅、個人経営の洋菓子店まで、幅広い販路を通じてお客さまにお届けしています。
大好きだった商品をなくさないために、専業主婦から社長就任を決意

ーー門倉社長がお父様から経営を継がれた経緯を教えてください。
門倉美英:
私は音楽大学で声楽を学んだあと、音楽活動を続ける予定でしたが、出産を機に育児と家事に専念することに。専業主婦として3人の子育てをしていたのですが、一番下の子が幼稚園に入る頃、当時の役員から「後継者がいないので、跡を継いでもらえないか」と相談があったのです。それまで社会人として働いた経験がない私に務まるのか、非常に悩みましたね。
しかし、幼い頃から弊社のかわいい商品が大好きだったので、父の会社を終わらせたくないと思い、まずは夫に相談しました。すると、家事や子育てを引き受けてくれることになり、父の後を継ごうと決めました。当初、パソコンでローマ字入力すらできない状態でしたが、周囲の力を借りながら仕事を覚え、社長業については自ら学びました。
従業員の居心地の良さを考慮し、新工場を建設
ーー2025年2月の新工場建設には、どのような狙いがありましたか。
門倉美英:
もともとあった佐賀工場は、父の代から建て増しをくり返していて、老朽化が進んでいましたし、生産効率も下がっていました。しかし、私には工場を閉鎖するという選択はなく、むしろ「長く働いてくださっているパートさん、アルバイトさんたちに新しい環境を提供したい」という思いから、無謀と言われても仕方がない設備投資を決めました。
現地に何度も出張して打ち合わせを重ね、楽しんで働いてもらえるような工場づくりに努めました。女性が多い職場ですから、トイレは気分が明るくなる色使いに、休憩室は和めるような落ち着いた色使いにするなど、配慮しています。地震のときには工場に避難すれば大丈夫と言えるほど、耐震構造にもこだわりました。
メイドインジャパンにこだわり、世界進出も検討

ーー佐賀の新工場では、今後どのような展開を考えていますか。
門倉美英:
時期は未定ですが、「スティック型ゼリードール」の輸出を検討しています。佐賀では国産果汁を使った商品を開発中で、メイドインジャパンの商品として東南アジアに輸出できないか、ルートを探しているところです。
商社を経由して、すでに他の商品が海外で販売されているのですが、現地では、弊社の商品を見た子どもたちはみんな笑顔になるとうかがいました。私たちはお客さまを笑顔にしたい一心で、笑顔と夢をのせて商品をつくっていますので、本当に嬉しいお話です。「スティックゼリー」でも同じように笑顔を生み出したいですね。
また、「アイシングクッキー」などの商品を活用して、ギフト市場の拡大も考えています。現在は既存のご注文への対応で手一杯の状況ですが、もう少し状況が落ち着いたら、単価を少し上げて高付加価値のギフトとして展開する予定です。
アートキャンディで働くことを誇りに思ってもらえるような会社に
ーー最後に、今後、貴社をどんな会社にしたいとお考えですか。
門倉美英:
風通しが良く、従業員にとって誇れる会社にすることが私の目標です。今後は、弊社の商品開発で全従業員が提案を出せる仕組みを作っていきます。これは2025年7月からの新しい期で実行予定です。社歴の浅い若手、かわいいものが大好きな男性、誰もが遠慮なくアイデアを出し合う風土を大切に守っていくつもりです。そして、従業員が「アートキャンディで働いているんだよ!」と周囲に自慢できるような会社にしたいと考えています。
3人の子どもたちもすっかり成長し、将来、私の後を継ぐことを見据え、別の会社で経験を積んだり、学業に励んだりしています。子どもたちの思いに応えるためにも、弊社の事業を拡大して、たくさんの従業員が活躍できる場をつくりたいですね。
編集後記
インタビュー中、門倉社長がお客様や従業員の話をするときに笑みがこぼれる瞬間が何度も訪れた。「お客さまを笑顔にしたい一心で、笑顔と夢をのせて商品をつくっている」という言葉からも、お客様と従業員を大事に想う優しさが伝わってきた。こんな笑顔と愛にあふれた企業が、今度どのような事業を展開し、商品を次世代へつないでいくのか、注目していきたい。

門倉美英/東京都生まれ。桐朋学園大学声楽科卒業後、研究科に進み3年次修了。その後は3児の母として10年間家事育児に専念。専業主婦から一転、後継者になる決意をして父親の経営するアートキャンディ株式会社に2009年入社。2013年代表取締役に就任。