
1923年の設立以来、ケーブルカーやバスの運行によって、六甲山の観光事業を支えてきた神戸六甲鉄道。山裾から山上駅までの1.7kmを、約10分間で結ぶ「六甲ケーブル」は絶景を楽しめる六甲山の名物であり、それ自体が魅力的な移動手段だ。代表取締役社長の川邉直哉氏に、就任の経緯や六甲山の楽しみ方を提供する事業展開、今後の展望をうかがった。
阪神電鉄で多彩なキャリアを積み、六甲山事業の領域へ
ーーこれまでのご経歴を教えてください。
川邉直哉:
新卒で入社した阪神電気鉄道では複数の部門を経験し、不動産開発部門では西梅田開発事業を、鉄道の計画部門では長期経営計画の策定や交通系ICカードの立ち上げにも携わりました。
鉄道の運転部門では、西大阪線延伸事業(阪神なんば線開業)において、列車運行ダイヤの策定や乗り入れ先である近畿日本鉄道との協議などを担当しました。2009年に開業した「阪神なんば線」は、当初計画以上の乗客数を記録したことから、新線計画の中でも稀有な成功例と言われています。
阪急電鉄と阪神電気鉄道の統合後は、神戸高速鉄道の再編業務も担当しました。鉄道の運転部門において、ダイヤの策定や列車の運行管理など、鉄道業界において非常に重要な業務に携わったことは、私のキャリアの基礎にもなっています。
ーー貴社に入社してから社長になるまでの経緯をうかがえますか?
川邉直哉:
2023年に阪神電気鉄道の子会社である六甲山観光の役員に就任しました。六甲山観光は、六甲山で観光・レジャー施設を運営するとともに、ケーブルカーや山上バスによる輸送事業を行っていた会社です。
しかし、経営環境が厳しさを増すなか、車両の更新等に大規模な投資を伴うケーブルカー事業の継続も、従来の体制では非常に厳しいものになりつつあったことから、事業再編に向けた検討が始まりました。結果、2024年に会社分割により、観光事業を担う新たな六甲山観光と、輸送事業を担う神戸六甲鉄道に分社し、ケーブルカーについては上下分離を採用して、関連資産を阪神電気鉄道に移管することとなりました。私はそのうちの神戸六甲鉄道の代表取締役に就任したという流れです。
六甲山と周辺の観光施設を「輸送」で結び、特別な体験を提供

ーー改めて、現在の事業内容を教えてください。
川邉直哉:
メイン事業である「六甲ケーブル」の運営に加えて、六甲山上の東西エリアをつなぐ路線バス事業を展開しています。
山上には、東六甲方面に六甲ガーデンテラスや六甲高山植物園など、西六甲・摩耶方面に六甲山牧場や摩耶山天上寺、など多様な施設があり、弊社の「六甲山上バス」でそれらの各施設を円滑に巡ることが可能です。
さらに、鉄道輸送の知見を活かして「こうべ未来都市機構」様から、摩耶山の山上と麓を結ぶ「まやビューライン(ケーブルカーとロープウェー)」および六甲山頂と有馬温泉を結ぶ「六甲有馬ロープウェー」の二つの事業の運営を受託しています。

ーー「六甲ケーブル」の魅力や楽しみ方もうかがえますか?
川邉直哉:
2両編成のケーブルカーは世界的にも珍しいもので、山下側は展望車になっています。窓ガラスがない展望車は、自然の音を聞いて風を感じ、木漏れ日の中や時には霧の中を進む開放感が人気です。
ホームページやSNSを含め、六甲山の観光情報の発信にも取り組んでおり、近年はレトロでかわいい車両デザインや、季節に合わせた装飾・演出も注目されています。
最も旅情を味わえる、阪神間から有馬温泉へのルートとして、「『六甲越え』で、有馬温泉へ」というキャッチコピーも掲げています。江戸時代に栄えた有馬街道の名残をケーブルカーやバス、ロープウェーでたどり、山頂からの眺めやレジャー施設、食事を楽しんだあとは有馬温泉にゆったりと浸かる。大阪・神戸の観光や有馬温泉への旅程で、ぜひご利用いただきたい観光ルートです。
老舗企業だからこそ、自発的にチャレンジする風土を大切に

ーー仕事に取り組む上で、大切にしている考え方を教えてください。
川邉直哉:
未経験の部署を数多く経験する中、私は常に、新しい挑戦だからこそ、物事を客観的に見るように心がけてきました。経験者の言うことを鵜呑みにせず、おかしな慣習があれば疑問を投げかけます。チャレンジする前からリスクを想定するあまり、変化をネガティブに捉える人は少なくありませんが、私は課題を解決する方法を考え、具体的に行動することに仕事の醍醐味があると感じています。
神戸六甲鉄道は長い歴史を誇る一方で、商号を新たにして生まれたばかりの会社でもあります。長い歴史の中で、経営的に新しいことに挑戦する機会を見出せない時期もあり、ややもすると消極的になりがちな社員のマインドを変えるため、従業員たちに対して自身の前向きな姿勢を見せていきたいと考えています。
ーー社長としてどのような取り組みに力を入れましたか?
川邉直哉:
就任後は会社の状況を把握するため、従業員の満足度を調査するモラールサーベイや、全社員との個別面談を実施するとともに、経営情報を可能な範囲で社員と共有すべく経営計画説明会を開催し、社内のコミュニケーションを活性化しました。
従業員とかかわる中で感じたのは、「この会社は世の中の役に立っている」という使命感の強さです。一時期、設備的なトラブルでケーブルカーを運休した期間がありましたが、多くのお客様にご迷惑をおかけした一方で、再開に向けて励ましの声も多くいただいたそうです。そのような声を直接いただけることがやりがいにつながっています。
組織としては、ヒエラルキーにとらわれず自発的に行動することを奨励し、従業員たちのモチベーションを維持する風土づくりを進めています。
六甲山全体のマネージメントの中で「最初のワクワク」を提供する

ーー今後の展望をお聞かせください。
川邉直哉:
六甲山の観光を盛り上げる上で、特定の事業者だけが繁栄しても意味はありません。山上の各施設の連携が大切であり、輸送事業者として弊社は、六甲山全体をマネージメントする役割を期待されていると思っています。
六甲山全体の魅力を向上させ需要を生み出し、アクセスする手段としてケーブルカーを利用していただく。六甲山での1日を満喫する上で、「六甲ケーブル」が欠くことのできない要素であると、皆さんに広く認知されたいと考えています。
イメージとしては、テーマパークに入場したお客様を真っ先にワクワクさせる最初の導入エリアです。そのビジョンを叶えるためにも、乗車時の体験価値をより強化していきます。
ーー共に働きたい人物像もうかがえますか。
川邉直哉:
六甲山は関西の都市部から気軽にお越しいただける観光スポットであり、多彩な施設が、日々素晴らしいサービスを提供しています。弊社は、お客様の笑顔を通して働くことの意義を感じ取れる、やりがいのある職場です。意欲的な人が輝く土壌をこれからも育てていきますので、チャレンジ精神が旺盛な人に来てほしいですね。
編集後記
未経験の分野やリスクを伴うチャレンジを前に、「どうやってお客様に楽しんでいただけるか」と常に思考してきた川邉社長。そのマインドは今も変わらず、新たなリーダーとして会社の可能性を広げている。周辺施設が互いに関係を深めることで、さらに気軽な観光スポットとして盛り上がる六甲山エリア。その入口であるケーブルカーの存在は大きい。

川邉直哉/1970年生まれ。大阪市立大学工学部電気工学科を卒業。1994年、阪神電気鉄道株式会社(現:阪急阪神ホールディングス株式会社)へ入社。2021年、同社の都市交通計画部部長を経て、2024年より神戸六甲鉄道株式会社の代表取締役社長に就任。経営管理修士(MBA)、中小企業診断士。